Recommended book

  • 『絶対おいしいスパイスレシピ』出版社サイト☆送料無料!
  • 『絶対おいしいスパイスレシピ』Amazon
  • 『山海の宿ごはん』(全編カワムラ取材)2005年あまから手帖ムック
  • 『カレー全書』(柴田書店)*送料無料!

カテゴリー

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« 2007年1月13日 | トップページ | 2007年1月29日 »

2007年1月27日の1件の記事

2007.01.27

「西中島を卒業」1月27日

今日、箕面の新しい大家さんの家で契約の儀式を行った。礼金を支払い、契約書に捺印。引越しは2月の末頃になる。これで西中島ともお別れだ。

ところで現在のオフィスを出るにあたり以前の契約書を見ていて驚いたのが、西中島の契約日が2004年2月16日だったことである。ぴったりちょうどジャストちょっきり、3年が経過していたのである。別にタイミングを見計らったわけでもないのにこのキリのいい数字の発見になんとも快感であ~る。

ついでにもっと過去を回想してみれば、その前が十三でジャスト1年。その前は新大阪でちょっきり2年。そのもっと前は三重県松阪市で、インドカレーとチャイの小さな定食屋「THALI」をやっていたわけである。あれれ、待てよ。あの時も確か1月だったな~。12月に閉店準備に入り、1月7日に新大阪へ引越したのだったっけ。

こりゃ~淀川区にぴったりちょっきりくっきりはっきりビタイチモン狂わず6年間いたことになる。凄いな~。

今回、新天地を箕面にした最大の理由はキッチンの併設であった。西中島のオフィスには一応簡易キッチンは設備されているものの、自分たちの軽いまかない以外の料理は禁止である。半年に一度くらいは4~5人程度のパーティが暗黙でOKだったのだが、月に何度かなどとなると話は別。

僕は何よりもまず、自分のコーディネイトしたスパイス料理を食べたかったのである。大きな声ではいえないが、いままでもそれは少しばかりやってきた。でも、月にせいぜい1度か2度。匂いがはっきりと出るスパイスは暗黙のヒンシュクもかっていたのだ。

新天地探しの条件はこうだった。キッチンが造れる場所。つまり料理が可能な場所。となると、金銭利益の追求にあくなき野望を持つ大阪市内では完全に飲食店店舗かテナントとしてあてがわれてしまうのである。というよりも市内の殆どは少しでも能率よく利益を上げるためにむやみやたらとカテゴライズしたがる。少しでも「いや、料理が出来る場所」などというと、「あ、それなら匂いも出るし火も使うから店舗店舗」などとテンポよくいわれてしまうのだ。そうなると家賃はオフィス相場のおよそ2倍。1坪が軽く1万を越す状況下で目標の10坪を借りるのはちょっと苦しくなる。

となると、大阪以外ということで、この6年に及び探してきた場所は三重県をはじめ滋賀県、鳥取県、長野県、神戸、果ては東京にまで及んだ。足元としては茨木、タカツキ、西淀川区など。だが、そんなときのこと。知人の中華料理店が箕面にあってそこで飯を食っていたら「兄ちゃん、もうすぐ隣あくでぇ」というではないか。見ると10坪前後で2階建ての住居付タイプ。古臭くて逆にそれがいい味を出していた。

さっそく問合せるとこれも10万からと微妙に値が高い。箕面といえば昨今は中堅所得層ファミリー向けの住宅やマンションがバブルしている場所。都心に最も近い自然豊富な環境ということで八王子高尾と並び日本初の明治国定公園に指定されたところだ。最もイケテナイところで1坪6~7000円。同市の最先端の場所で坪2万弱。こりゃ下手をすると腐っても大阪市内のほうが安い。

やっぱしあかんか~、とうなだれかけて、ふとその隣のハイツに目をやると「テナント募集」の看板があるではないか。ここは殆ど廃れた感じで人気もない。地元の自動車の抜け道のせいか、細い路地なのに妙なまでに交通量が多い。しかし、隣は一反ほどの田んぼ、裏は15m四方の畑。空は実に広い。あれれぇ、これか~、こいつか~、そうやったんか~、箕面に戻って来いってか~、などと胸の中で忙しく音がなった。

その後、業者に問合せてみると、どんな条件も恐ろしいほどすいすいとクリアされていく。こんなもんやね、向くべきところに向いたときの水の流れ方って。箕面の滝のようにジャバジャバと水が飛び散るように。

というわけで何の問題もなく話はまとまり今日の契約へと無事流れ着いたのであった。

大阪に帰ってきてから6年間。見てきた物件の数は200を超える。少なくとも淀川区の30ほどの不動産業者では顔と名前を知られていると思う。でも、決まらなかった。

箕面はなんだか縁を感じる街だ。僕が始めて独立したのが箕面。あれはもう15年ほど前のこと。飲食店を夢見ていた僕は創作小料理店を創るが場所が悪すぎてまったく客が来ず、悩みに悩んでその道に通じた先輩に助けてもらいながらバーに変業。当然それでもくるわけはないので、界隈の女子大という女子大をストーカーも真っ青な勢いで追ッかけてナンパ調に宣伝していったら1ヵ月後にはなんとやっていけるようになったという話。

なにせ道の途中のカーブの内側に位置するマンションの2階。時はバブル崩壊直後前後の1991年、2年空き店舗にしておきながら誰一人そこを借りる者はなく、管理していた不動産業者が泣く泣く僕に無保証金で貸してくれた場所だった。もちろん、無一文のこちらに選ぶ権利はまったくなし。その不動産業者とは前から知り合いだったのでなにもいえない状況だった。ちなみにこちらは1991年から3年以上に及び15坪ほどの店舗に対し毎月31万5千円を払い続けた。おしっこちびるほどしんどかった。

その後、本当にいろいろあった。でも、まさか自分がまたこの場所に戻ってくるなんて。

というわけで治安は最悪、マナーも最悪、でも美味いものと個性的なお店がいっぱいある西中島を卒業します。とは言うもののこれからもたまにメシ食いにくると思うけどね。。。

« 2007年1月13日 | トップページ | 2007年1月29日 »

club THALI Twitter

  • club THALI Twitter

club THALI

フォト

カワムラケンジのプロフィール

Spice Journal(カワムラケンジ) Facebook