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2011年5月24日の1件の記事

2011.05.24

あの時のチーフの判断は正しかったのかもしれない(長編)

僕は裏町のなにかとスリリングな大衆中華の出身です。ボン中でケンカばかりしていたどうしようもない不良の友達がその店に拾われ、僕も遊びに行くようになったのが出会ったきっかけ。

チーフと呼ばれる主人は、ショートアイパー姿で、鶏にそっくりな顔。白衣を生着していて、何時も腕を組みながら昔は缶ピー、後にロンピーを吹かしていたその姿は、知らない者が見ればちょっとその筋の人みたい。

でも一言しゃべると、これが温厚で優しい感じが溢れてくるのです。

僕が惚れてしまったのは「とり天」でした。唐揚げでなくて、てんぷら。胸肉ベースで、薄い黄色で、クリスピーだけどお婆ちゃんでも簡単に食べられるくらい柔らかい。山椒塩と細いキャべケン、どうでもいいようなトマトのくし切りがひとつ。

僕が16歳当時で600円というのは、高嶺の花で普通の高校生が手を出せるものではありませんでした。

だから僕はとにかくお金を工面して、その「とり天」とライス(合計750円)という至上の食事をゲットしに通ったものです。

働くようになって、本当にいろんなことを学びました。

修行というのは、料理の薀蓄やテクニックなんてのは10%くらいのもので、90%は人間関係や社会との付き合い方でした。絆や信頼というものは、言葉やお金ではなく、我慢と長い時間の中で育つものだということも知りました。

でも、僕らがすっかり大人になって、結婚したり子供が生れたりする時代になったときに、チーフは力が尽きたようにこういいました。

「アカンわ。もうこれ以上店はでけん。料理もあかん。金もない」

人一倍、口下手な人でしたので、その言葉が本気だということはすぐに伝わりました。誰の励ましも安っぽくていけません。チーフがそんなことを言うのは、もう本当の本気なんです。

あのときの「とり天」は、艶を失い、臭みを含み、柔らかではなくただただ軟弱なものに変貌してしまいました。何度食べても光が感じられない。とても寂しく悲しかったです。

こうして30年近く続いたその中華屋は幕を閉じたのです。輝くことと、光を失い枯れること。一つの店でこの両方を見せてもらいました。

この店の厨房で世話になってきた若手の僕らはずっと思っていました。「もっとがんばったらええのに。チーフも根性なしやな」。

数日前、同じ暖簾の中華店へ行きました。昔からその店の存在は知っているのですが、なんだか行く勇気がなかったのです。そこはチーフの兄弟子が経営している店です。

しかし、これが失神寸前の不味さだった。以前に丸焦げ餃子を出して何が悪いみたいな有名ラーメンチェーン店の話を書きましたが、それは人の未熟さゆえの失敗。でも今回は熟練すぎる失敗。

奇跡です。ほぼ、何を食ってもウマイと思ってしまう自分が、これほどに極端に不味いものと何度も出会うなんて。でもこれは何かのメッセージかもしれない、とも思いました。僕は何かをしなければならない。そんなエッセイでも書くべきか、それとも店をやるべきか。

まだよくわかりませんが、とにかく兄弟子の店は酷かった。材料まで悪い。並みの悪さじゃない。規格外です。味付けも濃すぎる。旨味じゃなくて醤油や塩分の話。火も過剰。全部萎れてしまってます。

向こうは僕のことを覚えていませんでした。僕も向こうの顔を覚えていない。チーフとこの店は途中で金のことが原因で縁が切れている。でも、あのときの同じラインの味があると思ってきたのですが、確かに基本技法は同じなのですが、もうすべてが退化してしまっている。というか老化、衰退、倦怠、爛熟。

僕もいろんな経験の中で様々なことを知りました。店が閉店するだけでなく、継続している理由も、実に複雑にいろいろとあるのだな、ということも知りました。

結論から言うと、自分の去り際、引き際、を受容するのは、度胸以外に何もないと思った次第。それは完全にその場を去る、という場合もあるでしょうし、継承という形もあると思います。それは、昔なら弟子入りという形がありました。

でも、なんでも手に入る、特に情報が過多の今はそんなものは皆無に近い。なんだってできる、そんな幻想が現実だと思われる時代。店は料理。料理は味。そんな短絡的かつ頭でっかちな時代になってしまいました。

僕の考えは次世代に「修行」という世界を勧めたいです。我慢と長い時間が必要です。数量で測れないし、形にもならない。つまり自己主張とか金とかとは無関係の世界。でもそのことを知らない人が増えすぎている。

そこから学ぶものは、情報なんかよりも、はるかに価値のある無形の宝です。それは言葉という情報で伝達できるものとは異次元にある。

話をチーフに戻します。あのときのチーフは根性なしではなく、英断だったのだと、あれから10年も経って今ようやくそう思います。老いることで、逆にいい味わいを出す店も多くあります。でも、今回のように場を占拠するかのように居座ってしまっている店もけっこう多い。

僕などはチーフのいったい何を継承できているのか、いや、それは単なる思い上がりでひょっとしたら何もできていないのかもしれない。他の世話になった当時の若手の中で、料理を今の仕事にしている者は一人もいない。

料理人とはいえない性格、といわれた僕だけが、ちょっと変わった形だけど料理道を走り続けている。

その不味い体験のあと、久しぶりにチーフに電話を入れました。

「ちょっと酷すぎてチーフに言ったってどうしようもないけど、思わず言いたくて電話しました」

「ほぅ、そうかいな。あのおっさん、まだハゲとったか!?」などと、チーフは相変わらず、わけのわからない返しをしてくれます。

「あれは不味い法違反ですよ」

「もうしゃーない。歳や。まぁそれはええから、また会おう!」

現在のチーフは鉄道の清掃員をしています。電話をしたときは夜勤だったようで忙しそうでした。そして元気な声だった。

ここに就職したときは僕にこういってました。

「カワムラくん。就職ってええで!ただ働いてれば給料がもらえるんや。旅行にも連れってくれる!ボーナスまでもらえるんやで!」

あまりに無邪気に言うので、あぁそれはそれでよかったんだな、と思いました。

その数年後、今から2年前にあったときはこういいました。

「カワムラくん。わしらもついにリストラの恐怖と隣り合わせや。こないだも何十人かが切られよった。ボーナスも半減や。でもな、それでも給料くれるんや。ええで就職って!」

殆どの人間がサラリーマンであるこの国の社会人からすれば、なんじゅやそりゃ!?な話でしょうけど、僕もそうですが人生は初めから100%自己責任が当たり前だと思っていたチーフから見れば、これほど幸せなことはないわけです。

僕の中ではあのときの、輝きを放った「とり天」が今なお現役で生き続けています。今のチーフが何者であれ、その光を伝承させてくれたチーフはやっぱり料理と店の師匠。いまだ自分の料理を食べてもらう、なんて発想すらありませんし、そんな勇気はない。

怖いと思える人が今でもいるということは幸せです。

●本日の名言『就職したら給料をもらえるんや』 街=大阪・摂津市 発信元=元大衆中華料理店経営者

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