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2012年2月14日の1件の記事

2012.02.14

杉原輝雄さんを偲んで~「あ、スッギンの親父」(長文)

昨年の暮れ、プロゴルファー杉原輝雄さん死去のニュースを見て以来、僕の頭の中はずっと中学時代を回顧し続けいています。

茨木西中水泳部。大阪北部の緑多き町、茨木市にあった古い中学校です。僕らは早朝も放課後も、おそらく365日中355日くらい猛練習に励んでおりました。そんなだから思い出の深さや量は半端じゃないし、教室なんかよりもプールに懐かしさを感じます。

で、プールは学校敷地の隅っこにあったわけですが、そのすぐ隣が杉原さんのお宅で、しばしばパターを持つ姿や練習から帰ってくる姿を見かけました。それをみるたび僕らは「あ、スッギンの親父かえってきた」などと言うのです。

そう、息子さんの一人が我々の同級生でした。だから僕らにとっては「ドン」ではなく、友達のお父さん。

でも、僕らが中学2年くらいの頃、親父さんを見る目が少し変化していきます。

水泳部ではプール以外の練習は、すぐ裏にある小さな山、通称弁天さんか、その横の茨木CCというゴルフ場の脇道をベースとしていました。

前者は有名宗教の中枢地でもあり、その広場や池、供養塔などの周辺、100段ほどもある石の階段などで、走り込みやうさぎ跳び、手押し車、おまけに盗人と探偵なるゲームをやったり、まぁそれはそれでプールと同じくらい厳しい練習内容です。

後者は学校からクラブハウスまでの片道が確か1kmあまりあって、定番のランニングコースでした。ざっと4,50人いたでしょうか。茨木西中水泳部の文字を刺繍した緑色のジャージ族の合間を、時折クラウンやベンツなどの高級車が駆けていく、というような風景です。

そして、これらの場所でよく見かけたのが「スッギンの親父」でした。遠くからでもすぐにわかるんです。背が低くて、少しばかりどちらかに身体を傾けながら、タッタカタッタカと独特のリズムで走っていらっしゃるから。

弁天さんの、特に石の階段でもよく見かけました。僕らは大群をなして手押し車でへこへことその階段をあがっていくとき、上からちゃっちゃかちゃっちゃかと駆け降りて来られる。時折、上の広場でストレッチをしていたり、またときには下から上に向かってダッシュで駆け上がっていたり。

すれ違うとき、たまに目があって挨拶もしてくださるんです。こっちが照れくさそうに「あ、こんにちは」というと、「はい、はい」とか「ほい、こんにちは」などと。ニアミスするたびにキャップのつばで影になっていた目の辺りがはっきり見えて、ゴルフのことなど何もわからない僕は「ほんま息子にそっくりな顔してるなぁ」などと思っていました。

いまでもはっきりと覚えています。怖そうな目、小さな身体、傾く独特の姿勢、小刻みなリズム。そして、やや丸めた感じの背中。

不思議です。特に何かを言われたわけでもないし、授業をうけたわけでもないのに、「スッギンの親父」を見るたびに、とてつもなく「勇気」が沸いてくるのです。

肺が張り裂けそうなくらい息をあげて倒れこんでいると、横を小さな身体のおっちゃんが、1人でホホイのホイホイ~~~って感じで駆け抜けていく。ええっ!?って思います。

「なんやスッギンの親父は?どんな肉体や」「おっちゃんでもあんなに頑張ってるんやから俺らも」「おっさんには負けてられへん」「なにくそっ」。そんな情熱のようなものを駆り立てられるんです。

先ほどネットで調べて初めて知りました。あれは1980年前後ですから、当時の杉原さんはすでに40歳を越していたことを。中学生のトビウオ軍団にびくともせず、お1人で颯爽とトレーニングに励む姿を見るたび、「スッギンの親父」から「杉原輝雄」さんという印象に変化していきました。それは、強靭、不屈、鉄人、という印象です。

今でも骨に刻み込まれたあのときの記憶が鮮明に蘇ってきます。

そして、人というものはとにかく無我夢中・一生懸命に生きることこそが、結果的には計り知れないものを与えている、ということがよくわかります。一緒にいてべちゃべちゃとした関係ではなく、大人が厳しさの中で必死に生きぬこうとしていることに最も心が震えるし、少なくともあれから30余年経った今も、「あのときの勇気」が僕の身体の中から沸いてきます。

これは読み書きや見聞きで頭に入れたものではなく、身体に刻み込まれた記憶だから抜けません。

「子供は親の背中を見て育つ」というのは、こういう厳しい世界に立ち向かう大人の生き様に対して言う言葉なのだと思います。

スッギンは今、会ったら何というかわかりませんが、その昔は「俺は絶対にゴルファーなんてなりたくない」といってました。

スッギンにとっての最愛のお父さん、ゴルフファンにとってはカリスマであり日本プロゴルフ界のドン、そして僕らにとっては格好いい大人。

ご逝去されたことに対する相応しい言葉はなにも見当たりません。僕たちが見た、感じたことは、もちろんご家族やゴルフ界関係者方々からすれば、あまりにもささやかなワンシーンでしかないと思います。

でも、あのときの杉原輝雄さんのトレーニング姿は、強烈なインパクトと、とても大切な何かとして、少なくとも僕の心の中には刻み込まれています。

どうもありがとうございました。ご冥福を祈りします。

 

                      1981年卒・茨木西中水泳部を代表して

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