Recommended book

  • 『絶対おいしいスパイスレシピ』出版社サイト☆送料無料!
  • 『絶対おいしいスパイスレシピ』Amazon
  • 『山海の宿ごはん』(全編カワムラ取材)2005年あまから手帖ムック
  • 『カレー全書』(柴田書店)*送料無料!

カテゴリー

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« 2012年4月11日 | トップページ | 2012年4月29日 »

2012年4月26日の1件の記事

2012.04.26

旧友とあらためて(長編)

先日、久しぶりの友と飲みました。

こやつ、中学時代は僕といつも一緒に行動していて、同じ水泳部の釜の水を共にした仲間でもあります。

それが、人生というものは一人一人違う道をもっていることを知るたびに、縁が遠のき、すっかり別次元を生きるようになっていたのですが、これがまたまた神様はいたずらをするものでありまして、ひょんなことから縁がつながっちゃったというか、腐れ縁というのか、いやいや改めて出会いなおすシナリオがあったとしか思えないような、そんな不思議な再会にいたりました。

僕は、避けていたわけではないのですが、なかなか時間の都合がつかず、こやつは元々ナイーブなところがありまして、俺のことを避けているのか、なんて思ったりもしたそうな。

でも、そこんとこは昔と違い、ダメもとで何度も声を掛けてきたのであります。

あまりにも慣れ親しんだ仲というのは、良くも悪くも、相手のことをわかった気でいます。でも、お互いが少しずつやはり変わっているようで。

僕などは過ぎると一切振り返らない、いや振り返る能力がない性質で、周囲も「ケンジは行ったきり戻ってこない男」として完全に認識しておりました。でも、2~3度の連絡をもらった時点で、単なる返答ではなく、「ならばこの日でどうだ?」的な逆提案を。

こうして、二人は元戦場?心の故郷ともいうべく中学の近くの焼鳥屋で串をつきまくり、酒を浴びるほど飲んだのであります。

久しぶりですが、こやつはもっとアホになっていました。痛風や糖尿や、ほかなんだかんだ、聞きたくもない爺習慣病だらけなのだとか。そのくせぐびぐびと立て続けに。

俺も長いこといろんな人と付き合ってきたが、おまえほどのアホを観たことがない。勝手に飲んでとっとと死ね!

何を言うか!お前も俺と同じペースで飲め!俺はむかつくけど嬉しいんや!

ボケ、勝手に飲んでろ。お前の5分間隔のションベンの間に帰ってやるから。

そういって、ビール中ジョッキサイズのハイボールをお互い7杯目まで来たあたりから、なぜだか僕の頭の中は、ありもしない志摩の若い海女や、どこかの漁師の嫁さん、リバーサイドホテルで美人と手を握ってチューをしている幻想に見舞われだしたのです。

いったいなんでかな、と思っていたら、こやつのあだ名がナマズだったことを思い出し、おい、おまえ!おっちゃんになってもナマズのままやな!いい加減に河へ帰れ!で、可愛い女性を俺に紹介しろ。お前はもう来なくていいから!

相変わらず勝手な男だ!お前のおかげで、おれがどれだけつらい人生を送ってきたと思ってるんだ!今のお前があるのは半分は俺のおかげだ。いつも楽しそうな顔しやがって!

ほか、さすがブログにさえも書けないような、ひどい言葉のキャッチボールが延々と続きます。

そして気がつけば午前1時40分。我々が入店したのは夜7時半。

こら、お前の顔を見てたら吐き気がしてきたから俺はもう帰る。今度合うときは綺麗な女がいないと酒が不味い!

俺だって家になんか帰りたくない。お前を送ってやる。

アホ、嫁さんと娘がいるからお前は幸せなんだ。それがわからんのか?ほら、気持ち悪いから離れろ!

なんやねん、何十年ぶりやと思ってるんや!?

年月なんて関係ない。俺にとっては昨日のことや。

それがお前の悪いところや。

違う、お前や。いつもそうやって何かを待ってる。お前の責任で歩け!

それができたらどんだけええか。。。

え~どちらが僕で、どちらがダチかは想像してください。

そして、懐かしい駅近くの道をふらふらになって歩きながら、やつはこういうのです。

あのな、もう10年以上前のことになるけど、うちのオヤジが肺がんになって、あっという間に死んでしもうたんや。。。俺はなんもできへんかった。。。お前のオヤジは確か中学2年で死んでしもたよな。俺ら、お前を勇気付けようと思っていろんな言葉をかけてたけど、あれ、なんもわかってなかった。悪かった・・・

僕は一気に涙が溢れそうになりました。わが父は、本当に神隠しにあうように、ある日突然他界しましたから。でも、そのときの辛さはそのときに体感できなかったのです。僕はこういいました。

おう、知ってるよ。お前らみんなの気持ちはよう伝わってた。でも、最初の頃はみんなに解ってもらいたかったけど、無理やな、いや、これが俺の人生か、ということがすぐにわかった。だから、自分の問題としてずっと抱いてきたんや。

いや、俺は親父になにもしてやれんかった。一人っ子で大事に育ててもろたのに。。。お前、つらかったんやろうなって・・・・・

お前、おっさんのくせして泣くなや!仕事場で偉そうな顔してるんやろ!?(彼は立派な不動産関係の仕事です)

ほんまに、解ったような気してた。勇気付けられると思ったんや。悪かった、悪かった。

ぼけ。。。でもな、ほんまに親父の死を悲しめたのは、俺が28~9歳の頃や。親父が死んでから15年が経ってた。自分でも怖くなったわ。当時の嫁さんに対して、自分でも驚くほど涙がでてな。そりゃもう俺じゃないくらい辛い気持ちが溢れてきた。親父が死んだとき、とにかく俺はずたずたになったオフクロを勇気付けようと思って、ずっと長い間、元気を装ってきた。不良みたいな行動もぜんぶそうや。悲しみっちゅうもんは身体のどこかに染み付いてるもんなんやな。

おう、わかる、いまならわかる。・・・・・・おい、もう一杯だけいかへんか?

は? いやや、帰る。お前も帰れ。

なんやとっ!久しぶりやいうのにその態度はなんや!?

ぼけ、かす、屁こいて寝ろっ!

意味不明の会話、いや絶叫に近い声が、駅前のビル街に反響していました。

やっぱり親友は何よりも大切ですね。 シーユーアゲイン!

« 2012年4月11日 | トップページ | 2012年4月29日 »

club THALI Twitter

  • club THALI Twitter

club THALI

フォト

カワムラケンジのプロフィール

Spice Journal(カワムラケンジ) Facebook