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2014.09.17

徐々にわかってきた我が家のルーツ

我が家は、ルーツを殆ど知らない稀有な家であることを、30歳を過ぎてから気がつきました。いや正確にはうすうす気付いていたのだけど、確信として感じたのがそうなのです。

三重県松阪市に3年ほど住んでそう思いました。あの町の殆どの人は両親と共に暮らし、おじいちゃんやおばあちゃんが近くに住み、親戚の居場所や顔も知っています。そんなの誰でもそうでしょ?とよく言われました。でも違うんですよ、まったく。

いや、さすがにおじいちゃんおばあちゃんは会ったことはあります。でも、父親側と何度かのこと。母親側は殆ど記憶がないし、話したことはあるのだろうけど、なにひとつ知らない、覚えてない、顔も知らない、名前も知らない。

僕はすでに父親よりも5歳年上です。43か44歳で急逝。当時は労災対象どころかそういう概念すらもないので、過労死は実に死に損でした。

それに伴い、それまで主婦でしかなかったおふくろは死に物狂いで働きに出ました。でも、忙しいのによく手料理を作ってくれました。僕の親友はみんなどこからどうみても不良ばかりなのに、そんなアホな子達を相手にじゃんじゃん料理を作ってくれたんです。

この手料理のおかげで僕はぐれずに食の世界へと入っていくのですが、文頭の様に、じいちゃんやばあちゃんの顔も名前も知らないというのはちょっと稀有だな、とやっぱり。

で、そういう話は我が家ではでたこともないのですごく違和感があるのですが、おふくろと話をするようになって(僕は18歳くらいから30歳くらいまで母親と殆ど話したことがなく、兄貴もいるけど年に1度くらいしか会わないし挨拶程度の言葉しか話しません)から、勇気を振り絞って聞くのです。

あのね、お袋の親ってどんな人だったの?っていうかどこの人?すると決まってこう返ってくるのでした。

「そんなこと覚えてない。知らないね~」

こういう質問はそう多くはできません。年に1度くらいかな。で、また3年くらいが経ってから聞くのです。静岡のどこ?親戚は?じいちゃんていくつだったのか?ばあちゃんてどんな人だったの?

「そんなことはどうでもいい。過ぎたこと。興味もない。私が気になるのは今と未来だけ」

いや、確かに苦労してきたのですよ、おふくろは。人は悲しみを背負っている人ほど振り返らないということも知ってるつもり。でも、そんな次元じゃない。10年くらいの時間がかかりましたね、お袋の生まれ育った場所を知るのに。そう、あれは確か亡き親父の三十回忌のときでした。

「これでようやく私の役割は終わった。もうお父さんの弔いはしない。すべて終わった」

わかる、とてもよくわかる。でもちょっと待ってくれ。我が家の、あなたのルーツの話をしておくれ

すると、このときは涙を流して怒りましたね、おふくろ。

「あんたになにがわかるのか!?なにもしらないくせにっ。もう何にも思い出したくない!いい思い出なんかひとつもない!尊敬できる親を持ちたかったっ。私にルーツなんてない!」

これ以来僕は二度と聞いてないのです。お袋側のルーツについては。

それがですよ、数年前にお袋の姉妹の長女がこっそりと教えてくれたのです。

「元はお江戸の人で市谷あたりから徳川さんと共に駿府に越してきたらしい」と。

おおぅ、すごく具体的ではないか。それをお袋にいうと「おねえちゃんは頭がおかしいから忘れなさい」とひと言。すごいでしょ。この対応。問いただせば「おねえちゃんは好きになれない」のだそうです。いったいなにがったんでしょうね~

ま、とにかく僕はそれだけを知ってまた3,4年の時間を経ます。で、つい先日、そう1週間前のこと。なんと驚くことに、ついにお袋から話してきたのです。

「なにやらお爺さんのお爺さんだか、そのまたお爺さんだかしらないけど、東京からやってきたんだよ。うちはずっと医療の家系と聞いてる。爺さんもヘタクソな歯科医だった。お江戸の爺さんは侍だったらしい。でも医者だったと聞いている」

なぜ突然思い出したかのようにいうのか?僕はしばし言葉を失いました。

そうか、侍で医師だったのか。。。

親父のほうの爺さんは袴を作る職人だったことは間違いないのですが、その先はおそらく農民ではないかという噂だけは聞いていました。

ま、双方ともいずれにせよ物静かな家系であることは間違いなさそうです。うるさいのは僕と兄貴だけ。そう我々だけが大阪生まれですから。え、大阪はみんな声がでかいし、素振りも大きいんですよ。

いやはや、時間を要します。お袋はまもなく79歳になります。僕はその30歳下。親父の三十回忌を過ぎたくらいに、お袋の生れた町や幼少期を過ごしたお宮さんなどを聞き出すことに成功して、そこに連れて行ってあげたりもしたのですが、とにかく老いぼれる前に我が家のルーツをもっともっと引き出しておかなきゃと思っています。

カミさんはずっというんです。子でも立ち入っちゃいけないことがある。お母さんが泣くような質問をしちゃいけないと。でも、しかし。。。

今回は稀少なお袋側のルーツの一端を。メモ代わりとして。

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