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2016.01.24

『スパイスジャーナル誕生秘話 ②なぜバイリンガルにしたのか』

 当誌のコンセプトはいくつかありますが、その根っこに「シェア」というものがありました。

 言葉ばかりで、実は宣伝が目的、というものではありません。たとえば1人のインド人が新聞を読んでいて周りから覗いてくる者がいるとしたら、自分が読み終えた面から破って覗き込む者たちに手渡していくあの感覚のことです。どんなんや?(笑)。

 つまり、ただ共有していくだけ、ということです。これ、実はけっこう難しいと思うんですけど。

 僕が1990年代後半にやっていた日替りインド定食屋『THALI』には多くの外国人も来店してました。みなさん実に多様です。インド(ムスリムやヒンディ、ノンベジ、ベジ)、スリランカ(ブッディスト)、カナダ(クリスチャン)、アメリカ(黒人)、オーストラリア(白人)などなど。

 そこで彼らの多くがいつもこうもらしていたのです。

「もっと日本の普通を知りたい感じたい。みんなと同じことで笑ったりエキサイトしたい」と。

 例えばジョージア出身の黒人女性Kは学校で英会話の教師をしていたのですが、ある日、自分の誕生日に生徒一人一人からプレゼントをもらい、その「お返し」に困っていました。

「ニッポンでは、もらったらそれと同じくらいか少し下の価値のあるものをカエスと聞いた。ワタシのクラスの生徒は30人以上。一人一人にカエス?」

 アメリカ人でもプレゼントを頂いたらお返しするのは当然のようにあると聞きますが、彼女は日本には独自の風習「儀礼」というものが存在していると考えていたのですね。

「儀礼」なんて今では死語扱いされているかもしれませんが、多くの日本人の根っこには根強く存在していると僕は思っています。そういう意味では何かお返ししたほうがいいのでしょうけど、確かに30人以上の、しかも小学生の子供たちが相手ですからどうしたものやら。

 僕も一緒に悩みました。「ほんまやな~難しいな~」。で、結局は何もお返しをせず、子供たちと今まで以上に和気藹々と触れ合っていけばいい、なんていう実に抽象的な答えに行き着いたことをよく覚えています。

 ほか、カナダ女性二人組みの場合はこう。日本料理が出来るようになったから、と家に呼んでくれたのですが、その時に出てきたものが、厚揚げ豆腐の炒め物? 豆腐がやや焦げていて、醤油味が強く、バターの味がするのです。彼女たちは不安と期待が入り交ざるかのようなまん丸の目でこちらを見ています。

 僕は好奇心がとても強い性質なので、とても前向きに感じました。また新たな発見をしたとさえ思いました。が、彼女たちはこれを日本人の僕に試しているのです。何度も、これはちゃんと日本の味になってるだろう?と聞いてくるので、この知識の仕入れ先を尋ねたら簡易な惣菜レシピ本でした。

 開いた頁を見ると、そこには厚揚げ豆腐の煮物が。なんだなんだ、煮物か。味付けは昆布とカツオの出汁と醤油になっています。で、なにがどうなったらバターになるんだ?

 聞くと、何度か試してみてどうしても厚揚げ豆腐が焦げるとのことで油を添加すればいいと思い、ならばコクのあるバターを、となった模様。彼女たちのちょっとしたアレンジだったのです。さらに昆布をみつけられなかったそうで(おそらく見てもわからない)、鰹節を単に混ぜただけの状態に。

 とてもおいしいのだけど、彼女たちはとても不安な表情になってしまいました。何が違うのか、どうしたらいいのか。この料理を食べたくても、どこへ行けばあるのかがわからない。

 確かに、厚揚げの煮物なんて通常は外食でまずお目見えしない。また、そもそもが煮物なんて一見は簡単に見えるけどこれほど難しい料理法はない。僕は一所懸命に説明しましたが、僕自身も言葉としての認識が薄く、上手に伝えることができませんでした。あぁライター失格だななんて。

 結局、後日に昆布をプレゼントして出汁の取り方を教えに行った次第です。そう、彼女たちにしてみれば、本に昆布そのものの写真は載っていても、スーパーなどで置かれている状態がわからないのです。

 他にも、このような例は山ほどあります。だからどれだけの年月日本に住んだかが問題なのではなく、どれだけ日本人と日常を共にしたかが重要なわけですね。

 これ、逆も一緒だと思います。日本人がどこかの国へ出かけてどれだけの和を食べ歩いたかではなく、どれだけその国の人と深く触れ合ったか。言い換えれば文化を共有したのかと。

 とにかく外国や外国人に類希なほど強い興味を持ち続ける日本人。でも、その殆どは彼らを特別扱いするか、逆に自分たちの国が、自分たちが、そして自分がどう見られているのか、どう思われているのかばかりが気になってばかり。

 ただそこにたまたま肌の色と言葉が違う人間がいるだけ、という感覚にはなかなかならない。大げさなことではなく、ただ共に感じる、という技術も知識も要らないフィーリングを味わいたいだけなのに。

 実はこのことを僕はずっと前から感じていた、というのも彼女たちがとっつきやすかった原因かもしれません。20代前半の時にはアメリカの黒人と白人が仕事仲間にいたことや、20代半ばではアメリカ人のガールフレンドがいたり。20代後半は友人の黒人ダンサーと共にDJとしてクラブ巡りをしたり。

 日本は外国に認められたいばかりでそれ以外のことが見えなくなっているのか、それとも元々そういうことが苦手なのかはよくわかりません。

 僕としては彼女彼らを特別扱いするわけでも逆に強がって見せるわけでもなく、もちろん仲間なんて言っては取り込むわけでもなく、ただ友人として、隣近所のその辺の人として、フェアに付き合えればいいな、とずっと思ってきました。


 それが『スパイスジャーナル』をバイリンガルにした最大の理由です。

 創刊した2010年3月当時、わずかでも英語訳を載せている雑誌はあるのはありました。しかし、それらはどれも一部を翻訳しているだけ。少なくとも僕が調べたものはすべてがそうでした。でも、それじゃ意味がない。この本は2wayでなければと。で、考えたのが完全並列デザインです。見る写真も一緒。めくるペースも一緒。タイトルやキャッチも、テキストのすべてを英語と日本語で。

 おかげでたくさんの外国人から好評を得ました。ただ、当初は海外での販売を主としたかったのですが、僕も勉強不足で、特に日本の本の世界は排他的かつ閉鎖的極まりなく、いろんな意味のわからない制約やハードルがあり、とてもそれは乗り越えられませんでした。

 というわけで、国内の、外国人でもいける場所、ということで、大阪茶屋町にあるMARUZEN&JUNKUDO書店梅田店などへ営業に行ったわけです。こちらはどこよりも数多くの洋書を取り揃えており、数多くの外国人がきそうだったから。

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