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2016年10月17日の1件の記事

2016.10.17

『カレーと憂歌団』

*これは雑誌や書籍への公開・未公開にかかかわらず、過去にカワムラが執筆した「カレーやスパイス」に関するエッセイコーナー。一部、言葉や文章の誤りを訂正している部分もあるが基本的に当時のままの生原稿。文字ばっかりだけど、どうぞお気軽にお立ち寄りください。
 
 
『カレーと憂歌団』(1994年頃、憂歌団ファン会報誌・公開。2006年加筆・未公開)

 初めてカレーのことを研究しだしたのは19歳の頃(1984年頃)。中華料理店や蕎麦屋などでバイトを重ねた末、とある喫茶店に就職した直後のことだった。それまでルーを使ったフォーマット済みのカレーなら何度も経験があったのだが、スパイスだけで作るカレーは依然謎のままだった。

「いったいスパイスをどうすればあの魅惑の旨い汁になるのだろう。いや、そもそもスパイスってなんなんだ!?」

 小学生時代、レトルトの王道であるククレ甘口に始まり、時折ボンの中辛に寄り道していた。中学時代、キャンプなんかでみんなと一緒に鍋的カレーを作ったり、高校時代なら食堂でカレーうどんをしばいたり。とにかく人生の隣にはいつも色んなカレーがあった。しかーし!そのカレーの素顔はまったく知らない。

 というわけで、多感の上に体力のあまる年頃に、僕はついに茶色い汁の謎に迫る決意をする。グルメだった親父に始まり、家族で行きつけていた洋食屋、ステーキ屋、すし屋などの店主、また高校時代に通っていた喫茶店のマスターからホテルでコックを勤める先輩など、思いつくすべての人のところへ行き、茶色い汁の秘密を尋ねまくる。

 しかし、答えは皆同じ。「スパイスで作るんや」。だからそのスパイスを知りたいのだ。この手で触りたい、一つ一つを嗅いでみたいのである。しかし、皆が皆「カレー粉」や「ルー」の言葉で限界だった。

 時は過ぎ1980年代後半、一本の電話が鳴る。高校卒業後、東京へ移住した友達からだった。
「おい、吉祥寺にお前が喜ぶようなカレー屋を見つけたぞ!」

 この一言で硬化しかけていた情熱に再び火が入る。よし!東京に向かっていざ出陣。そして井の頭通り近くのビルの地下1階にあったRという店に行く。階段の壁や天井にはエスニックの雑貨が飾りたくられていて、入口付近は真っ暗で実に怪しいムード。

 しかし、店内に一歩足を踏み入れてみると、これが今まで行ったインド料理店のどこよりも謎めいたスパイスの香りでいっぱい。右手を見ると、漢方薬局みたいなケースがずらりと並び、その中に溢れんばかりのスパイスが横たわっていた。スタッフはみんな日本人。

 注文すると、1枚の皿の中にボタボタと水っぽいカレーが入っていた。よく見ると肉や野菜以外に葉っぱや木の実みたいなものも入っているではないか。僕はナスカレー、友人は確かほうれん草のカレーを注文したと思う。

 驚いた。スパイスが無造作にも全裸のまま皿の上で弾けていたのである。はじめての舌触りと風味の連続だった。辛いだけでなく、日本語では言いようのない摩訶不思議な風味が渾然となっている。店の飾りにも負けないほど、口中もガンダーラ♪(ゴダイゴの名曲、1970~80年代)な夢でいっぱいになった。

 そこにいいタイミングで友人が一本のカセットテープを僕に渡した。
「ほら、これ聞いてみ。こないだ発売されたばかりの憂歌団のテースト・オブ・ユウカダンというアルバム(1988年6月発売)。ギターがエレキシタールでごっつええ感じやで」。

 聞いてみると、実に幻想的なブルースで、色んなスパイスの形や色、そして使い方のイメージ映像が頭の中に浮かんでくるではないか。僕は気に入ってウォークマン(イヤホンで聞ける小さなカセットプレイヤー)に入れてひたすら聞いた。

 後日、今度は一人で同店に行き、この曲を聴きながら辛いインドカレーを食べ、口中に広がる風味と奏でる音の狭間に意識がすっぽりとはまっていくのを味わっていた。

 この日以来、僕はテースト・オブ・ユウカダンを常音とし、カレーの茶色汁の謎に迫る。渋谷の輸入雑貨屋で何度もタイやインドの本場カレーセットみたいなものを購入しては調理に挑むのだ。

 が、ここでまた問題が浮上する。いくら説明書通りに作ってみても、スパイスの刺激が強いばかりで決して美味くはならないのである。

 そう、単純に調理するだけではウマミというものがどうしても生まれてこなかったのである。ウマミはどうやって作るのか?やっぱりブイヨンや何かほかの調味料などが必要なのか?いや、しかしRのカレーは正真正銘スパイスと素材だけでウマミがあった。

 それから再び長い時間が経った。世の中で旨いといわれるカレー屋やインド料理店をどれだけ渡り歩いたことかわからない。しかし、これらはすべてバターや生クリーム、時にチョコレートやコーヒー、またあるときは熟成などといった、とにかくスパイス以外のものでウマミを表現しているものばかりだった。違う、きっとスパイスだけで出来るはず。

 その後、スパイスには無数の香りと甘み、ウマミ、さらにコクやトロみまでも生む力があることを知ったのは1990年代半ばのことである。謎を追い出した喫茶店時代から十数年が経っていた。そして1998年に縁あって三重県松阪市でインド料理『THALI』を開業する。

 現在はその店も過去となり、僕は執筆や広告の仕事を生業としている。そして時々、こっそりとスパイス研究会を開いたり、ほかの店にレシピを提供したり、たまにインド人コックにスパイスのハウツーを教える講習に行ったりしている。

 しかし、一説にはこの世に200種類、ある学者は2000種類とまで言われるスパイスの世界だから日々、新たな謎と発見が続いている。

  ここであらためて憂歌団の話に。飲食業界にいた僕が文を書くようになったのはN氏との出会いからである。彼は当時の憂歌団の名マネージャーで、僕が経営していたバーに時々飲みにきていたのだ。そして、僕がカレーの研究には「テースト・オブ・ユウカダン」が欠かせないという話をしたら、N氏は大ウケ。

 やがてカレーとのその不思議な話を憂歌団のファン会報誌に書かせていただくことになったというわけだ。そのときのタイトルが「カレーと憂歌団」だったのである。

 それをきっかけに数年後(1995年頃)、僕は物書きとして活動しだした。カレーとライター。各々、困難の多い道のりであったが(今なお茨の道です)、物書き道は憂歌団から始まったと言っていい。

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