Recommended book

  • 『絶対おいしいスパイスレシピ』出版社サイト☆送料無料!
  • 『絶対おいしいスパイスレシピ』Amazon
  • 『山海の宿ごはん』(全編カワムラ取材)2005年あまから手帖ムック
  • 『カレー全書』(柴田書店)*送料無料!

カテゴリー

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

« 2016年11月18日 | トップページ | 2016年11月22日 »

2016年11月21日の1件の記事

2016.11.21

『魚河岸鰻遊』第五話「軽子が行く」

カワムラケンジ・アーカイブシリーズ

〖魚河岸鰻遊〗

月刊誌『ソトコト』2005年7月号№73から2006年6月号№84まで全12話にわたって連載。作品性を保持するために時間軸など2005年の執筆当時と現代の相違部分の修正・調整はしていません。

今回は第五話「軽子が行く」(1600W)の生原稿です。

*無断転載等は固くお断りいたします。
 
 
『魚河岸鰻遊』第五話「軽子が行く」2005年11月号№77)

 先日、10数年ぶりにターレーに乗った。ターレーとは前に直系1mほどの円柱型のエンジンがついていて、後ろが荷台になっている市場ならではの乗り物だ。

かつてはガソリンだったが、今では公害問題で音の静かな電動タイプになっている。しかし、道の凸凹を直接拾ってしまう乗り心地の悪さと、ちょっとでもハンドルを切ったりアクセルを開ければ振り落とされそうになるその瞬発力のよさは昔のままだった。

 築地市場場内。

「おぃこらぁ、ケン坊! なに油売ってんだ、この野郎~」という声が聞こえてきた。振り返るとそこにターレーに乗ったシバノさんがいた。このオヤジ、かつては泣く子も黙ればスジの人も道を譲るといわれたほど恐れられていた名物軽子である。

今は白髪が目立ち、少々曲がった背中がさすがに威力の衰えを感じるが、それでも細い目の奥には眼力があり、今にでも蛮声を上げんばかりに下顎は尖っている。僕は古い記憶が身体に蘇り、一気に緊張して直立不動となった。

「いえ、あの……その、先日の取材でお世話になった店に本をもって挨拶に……」

「取材? おめぇ今何やってんだ? その手に持ってるもん見せてみろ!」

 僕は恐る恐るシバノさんに近寄り本を一冊そっと手渡す。すると、がばっと掴み取ってそのまま汗で湿った腕と腹の脇に挟み込み、顎で僕に「荷台に乗れ」と合図する。ブルンブルンブルン……。

僕はすぐさま飛び乗り、シバノさんの背中に張り付くような格好でターレーの鉄棒に?まった。

 時刻はまもなく12時。市場の喧騒が一段落した変わりに、横丁の食堂街は一般客でごった返しつつあった。人の群れを掻き分けるようにシバノさんはターレーを走らせる。

僕は今からシバかれるかもしれないなどといった中学生時代によく感じた恐怖心と、荷台に染み付いた魚の生臭さに対する懐かしさを同時に感じ取っていた。

 しばらくして加工場に到着。シバノさんはゆっくりと地面に降り立ち、指に唾をつけてペラペラと本を開きだす。ピラピラ、ピラ。僕は硬直しながら書いているページにゴメンナスッテと手を挟む。

「ここです! こんなことを書いてます」

 それは魚河岸鰻遊の第一話。シバノさんはそのページの上で5秒ほど固まった後、僕に本を突き返してゆっくりと加工場の方に身体を旋回させた。

「ケン坊はちゃんと字が書けたんだなぁ、てぇしたもんだぁ」

 僕は氷が解けていくように顔を緩め、加工場の中へと消えていくシバノさんの背中を見つめながら、ターレーや昼食に急ぐ人々が行き交う通りで一人立ち尽くすのであった。

 軽子。それは小車やターレーを使ってセリ落とした荷を、店や茶屋まで運ぶ専門の仕事人。今ではその数も激減しているようだが、元々魚河岸では仲買の番頭、捌き、帳場などと各々の役割を持つ職人が存在した。

無数の魚介が勢揃いし、幾多もの業者が往来する雑踏の場内においては築地特有の交通秩序というものがある。信号や警備員ではなく各人のモラルと呼吸が、時に威厳やその人の持つ存在感みたいなものが瞬時にルールを律する。

相手がどんな荒くれた地方のトラック野郎であろうが、刺青のある人であろうが、日本語を話せない謎の国籍人であろうが関係ない。築地魚河岸の混沌を操っているのは間違いなくこの軽子たちなのである。

 シバノさんのような人は魚河岸にはなくてはならない存在だ。書くことを得意とせずとも。文化や秩序というものは理論のみにあらず、こんな人間のすこぶる熱い体温で形成されていくんじゃないかな。

*シバノさんは昨年ご逝去されました。不況と共に晩年はコグルマを引退し番頭として店に立ち続けたといいます。偉そうぶる奴や狡い奴が大嫌い。僕はシバノさんのべらんめぇで何度助けられたことかわかりません。厚い義理人情と高い意気地という心でもって、最期まで築地魚河岸の縁の下を支え続けました。
 

【築地辞典】

●加工場

仲卸商(仲買)の殆どは鮮魚を売るだけでなく下処理作業も行う。場内の店舗は狭いため、場外のテナントなどを借りて加工場を別に持っていたりする。顧客のニーズに合わせて鱗取り、ワタ抜き、活け締めなどを行う。

●帳場

仲卸商店に必ずある。要はお金を扱う場所のことで、電話ボックスのようなサイズとスタイル。中にはそろばんや電卓、各客宛ての伝票などがぎっしりと収納されている。軽子同様、帳場専門の職人が存在し、多くは女性の仕事となっている。

●横丁

新大橋通り(市場通り)に面する正門近くのいくつかの棟を「魚河岸横丁」という。建物の中には寿司や喫茶店、各食堂などがざっと40軒弱、乾物や一般食料品、調理器具などを販売するショップも多く、一般客が気軽に立ち寄れる場所として人気が高い。
 

●文化遺産

小車/koguruma

市場内外でよく見受ける人力台車のコグルマ。人によってはカルコグルマ、ネコ、クルマとも呼ぶ。元々、米や野菜を運んだ大八車がモデルになったという説があるが、現代のスタイルを確立したのは日本橋魚河岸時代(大正期)に創業した(有)桐生製車である。時代に応じて改良を重ね、今のスタイルはどんな喧騒の中でも練り歩くことができて、かつ荷物をたっぷりと積み上げることのできる限界のサイズ、幅約50cm×長さ約2m80cmのバージョンだ。骨組みは木製だが、車輪には鋳物にゴムを焼き付けるという特殊なデバイスが施されており、タイトな魚河岸に対応し尽くしたハイスペックな仕上がりとなっている。そのパフォーマンスに惚れて、一時は全国各地の漁港からオーダーが相次いだこともあるという。豊洲移転の理由の一つに安全でスムースな流通機能というのがあるが、それはトラックなどの自動車をベースにしているので、このカルコグルマは消失する可能性がきわめて高い。

« 2016年11月18日 | トップページ | 2016年11月22日 »

club THALI Twitter

  • club THALI Twitter

club THALI

フォト

カワムラケンジのプロフィール

Spice Journal(カワムラケンジ) Facebook