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2017年7月30日の1件の記事

2017.07.30

「働く意欲」はどこからくるのか?

先日、めちゃんこおいしい餃子屋(餃子バー?)のご夫婦からある話を聞いて驚いた。

それは「今の子はもう働く意欲そのものがない。うちにバイトに来てる若い子たちはみんな良い子ばかりだけど、こちらからお願いしてきてもらわなきゃいけない立場。まぁ働く理由がないから仕方がないよね」というのだ。

僕を連れて行ってくれた人も飲食店経営者で、大きく相槌をうっている。

「うちは店が何軒もあるから、毎月シフトを組むのが一苦労。ええ子もいるけどそうでない子も隠れていたりするから困る。面接のときはええ感じやってんけど、いざとなったらぜんぜん仕事でけへんとか」

餃子屋のご夫妻の言う「今の子」というのは具体的には大学生らしい。こちらの店では忙しい日だけバイトを雇い、しばしば中国人も雇用するとか。

日本にやってくる中国人といえば、少なくとも僕が知る飲食業界では、その多くが勤勉でよく働くイメージがあるが。

「いやいや、それは昔のことで、この10年で落ちてきたね。だんだん日本人に近づいてる。僕らは一人一人のお客に来てもらってなんぼの小さな餃子屋やから、情熱がないと仕事にならんねん」

決して、蔑んでいるわけではない。つまり「人はアテにできない」という話である。そう、最近あちこちで耳にする「後継者問題」へと話は流れていく。

こちらのお店は開業してから今年で17年目になるという。一時は右腕を育てようとしたこともあったようだが、やはりうまくいかなかった。

蕎麦屋や寿司屋ほどではないが、中華界もかつては厳しい世界だった。が、今はちょっと小技を盗んだらすぐに辞めて独立してしまう(できてしまう?)のが普通みたいで。中には大樹に寄らばと、どこかの企業に転職したり。

この手の話はあちこちで耳にするが、やはり安泰安定を求める人が多いのだなぁ。

みなさんが将来の不安について話し合っている間、僕の頭の中ではずっと「働く意欲がない」と言う言葉が駆け巡っていた。

「働く意欲がない」という言語自体が斬新過ぎるのである。想像もつかない言い回し方だと。

餃子屋の奥さんは話していた。

「今はお金も家もあるからなんの危機感もない。親がもってるのよ。現金でなくとも、土地や資産という形で。だから働く理由がないのよ。その分、趣味が贅沢なわけ。美容室や服、コンサート、食べ歩き、なんだってできる」

ふむ、あちこちの飲食店で同じような話をよく聞かされる。特にこちらのような、世間では有名な店で(食べログの点数もなかなか高いらしい)。

後継者がいない上に、身体を壊したり、思わぬ事故に遭ったりして、閉業を余儀なくされる店も少なくはない。

ましてや、こちらのように支店を出すことなく、ご夫婦の二人三脚で、こだわりの味を貫いている店は年々減少の一途だ。グルメ雑誌が最も尊ぶパターンの店である。

僕もずっと目指していた形だけに、とても他人事とは思えない。

ただ、それにしても「働く意欲」という言葉は凄すぎる。これは言い返せば「なぜ働くのか?」ということである。

今まで目立つことのなかった素直な疑問符だ。

よく考えてみれば、僕らの世代も多くが働く必要性ってそこまであったのか、と思うほど豊かな家の人が多かったように思う。

周囲のほとんどは何の疑いもなく大学を受験し、安定した企業に就職することを目標として生きていたように見える。仮に企業就職せずとも、家が土地を持っていて、そこに自分の店を建てるとか、家業を継ぐとか、そういう人もいたようだが。

僕などは中学と同時に、人のことを羨むことも卒業。高校時代は、いかにして生きていくか、と自分主体でしか考えていなかったので、周囲がどうなのかと考える発想もなかった。

でも、それは人生を諦めているわけではなく、その、いかにして生きていくかという中に、自分の好みをどこまで重ね合わせられるかということがポイントであった。

また「好み」はどんどん進化していくから忙しい。

「好み」とはそもそもが我ままに似ている。いわば自分主義だ。ということは、遅かれ早かれ必ず挫折がやってくる。

で、挫折を何度か繰り返すとやがて絶望の境地に至る。絶望は時によって、また回数が多かったりすると、様々な不信を招く。精神病なんて普通にかかる。

だが、そこを何度でもブレークスルーしていくと、いつしか「好み」は「得意なこと」へと進化する瞬間がある。

そうだ、「得意なこと」と出会うために必要なのは、自分勝手を卒業することなのだ。言い換えれば、人のために役立てることができる、ということ。

ブレークスルーとは、とても痛みが伴うもの。普通に心が壊れる。でも、ぶっ壊れ度数が高いほど、立て直せるチャンスも増える。それはつまり、新たな考えを構築できるわけでもある。だから痛みの伴っていない成長なんてありえないわけで。

自分を振り返ってみると、僕の「働く意欲」の中身は、金を稼ぐことは当然で、この「学び」や「成長」があるからなのだと思った。

「学び」とは「成長」の準備である。

「働く」というのは凄いことで、例えば飲食業で言うならば、こちらは客を選べない。誰が来て、どんな注文をして、どんな態度で、どんな過ごし方をするかなんてさっぱりわからない。

同じ趣味でつながるなど似たような者としかコミュニケーションしないのとは正反対の世界である。初めての人と、無条件で、目を合わせてやりとりをするのである。

ましてやカウンター商売だったら、その人が過ごす間、ずっと正面で立ち続けるわけだ。先述のようにお絞りで鼻をかむ人もいれば、すぐに常連客ぶる人もいるし、メニューにないものをオーダーしたがる人も昔から数多い。大阪なら他の客を邪魔するかのように、大声で話してくる人も山ほどいる。

僕は裏町の下町育ちだから、泥酔している者、荒くれ者、流れ着いてきた者、ネガティブ中毒者、不倫中毒者、ばくち打ち、どう見てもヤク中、カタギじゃない者など、そういうダーティな人たちが周囲にたくさんいた。

働いてきた食堂や飲み屋などが僕にとっては教室みたいなもので、まぁたいがいのヤバイ世界や本物の筋?筋違い?の人たちを見て育った。本当に危ないモノ・人は都心よりも、少し離れた場所をうろつくものである。

でも、こうして人のゴミをもらうことで、少しずつ強くなっていくこともできた。そのしんどさを知れば知るほど、人は何とかして這い上がろうとするものである。

おいしいトマトは苛めなければ育たない(あえて厳しい環境におくことで自らが成長しようとしていいトマトが成るという話)、というがそれと同じように。

じゃあ成長して何かいいことがあるのか、と問われれば、それは大有りだ。一言で言うと、幸せになれるのである。

幸せとは形や目に見えるものではなく、感じるものである。これが意外にも、50歳60歳を越している大人でもわかってない人が多い。

そういう人の特徴は、次から次へとあらゆるものを身につけていかないと生きていけないことである。モノや人、最近では情報とか、自己承認欲求とやらの「いいね」とかも同じ類だろう。

人脈や技を、アクセサリーや武器のように扱ってしまうのだ。

でも、自らが成長すると、自分以外のものに依存する必要が減っていく。それを誘うのが成長というやつである。これらはどれも目には見えない、計れないものばかり。

このように、ちゃんと自分がほしいものを心に決めた上で、しっかりと働くということは、もうめっちゃくちゃいいことだらけである。それさえあれば自分が何者などと考える必要もない。

ふむ、働く意欲は、お金はもちろん、学び、成長、そして幸せになりたいという欲求から生れてくるのだ。だから紆余曲折して当たり前だし、それは旅と同じで終りがない。

若者よ、躊躇せず、がんがん働こうぜ!俺も頑張るし~

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