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スパジャーFBのアルバムを更新しました!

みなさんはフェイスブックをされていますか?

僕は個人名「河村研二(カワムラケンジ)」と「Spice Journal(スパイスジャーナル)」の2つのアカウントを持っています。

個人のほうは2週間に一度はアップするようにしていますが、たまに1月に1回とか、逆に週に1回とか、適当なペースです。

「Spice Journal」のアカウントは、もうほとんど更新できてません。年に3,4回くらいかな。理由は使い方がよくわかってないからです。

僕の周りはとにかくSNSをやってない人ばかり(笑)

そんな中ではありますが、超久々に『Spice journal』FBのほうを更新しました。

タイトルは『Spice Journal vol.14 胡椒スペシャル』です。

実はこれ、2013年に撮影した写真アルバムでした。主役はカンボジアで一貫した胡椒企業を営むクラタペッパーさん。代表は日本人の倉田浩伸さんです。僕のブログやSNS,雑誌記事などでもよく登場しておられます。

で、この方の農園へ、昨年の2月にお邪魔した時の写真を20枚追加したというわけです。

1月18日土曜日に、梅田蔦屋書店で「THE KURATA PEPPER」新刊トークショーを行うというので、この機会にずぼらな腰を持ち上げてエイヤッー!と更新しました。

この新刊、実は僕も一筆参加させていただいてます!写真もなかなかに使っていただきました。光栄です。嬉しいです!

なかなかいい写真なんじゃないのかな!と自画自賛してます。

FBと新刊、それぞれぜひ一度ご覧にになってみてください!

『Spice Journal vol.14 胡椒スペシャル』2019年2月撮影分追加

『THE KURATA PEPPER』新刊

↑僕も行きます!みなさんもいかがですか!?まだ席が空いてるかも!申し込みはT-SITEページから!(下段「イベントに申し込む」をクリックして購入手続き可能)

★最近、Spice Journal(スパイスジャーナル)の模倣本?冊子?があちこちに出回っているようです。お間違いのないようご注意ください。FBもTwitterも赤いロゴが目印です。

Sjjapan

今年は新たなチャレンジ満開の年でした。

みなさんはどんな2019年でしたか?僕はもっぱら新たなチャレンジをたくさんやらせてもらった年でした。

中でも、それまで出来ていなかった大阪での料理教室とか!料理関係なくってひたすらお話するだけのイベントとか!そういったことへの参加です。

これらがなぜ今までできていなかったのか?というと、それはあえて避けてきた部分もありました。というのも僕は大阪ではライターか飲食業のどちらかという感じで、そのどちらでもない料理教室はなんか違和感があって。関西以外では20年くらいの間でたまにやらせてもらいましたけど。

でも、長年の間ずっとお誘いはうけていました。だんだん時代も、二足の草鞋、いや三足、四足というのがあたりまえ?なんだったらマルチがいい!みたいな雰囲気になってきて、SNSでつるんでなんぼ、それが徐々にイベントなんかで集まってなんぼ、みたいな感じに。

そうか、お誘いを受けるということは時代に乗っている、ということなのか、と感じつつある今日この頃でした。

あえて避けてきただけではありません。というかこちらがイベントなどに参加しにくかった90%の理由。それが、12年間ずっと兼業主夫だったということです。仕事しながらカミさんの送り迎え、犬の散歩、買い物などをするのはなかなか忙しいものでした。

その上、後半はおふくろが認知症になってしまい、週1~4回くらい、出来る限りのペースで片道1時間の道のりを通う生活になっていきました。

だから社会人的な付き合いも殆ど出来ず、気がつけば体重が10キロ落ちてました。身についたのは、近所4軒とおふくろの家の近所のスーパーの傾向と対策、手抜き料理のレシピ、ばーちゃん料理のノウハウなどです。スパイス?僕にとってスパイスは必然です。

ほぼ毎日料理してきました。僕は元来仕事としてお客さんを相手にやり続けてきたわけで、カミさんやおふくろのために料理するのはすごく抵抗がありました。

でも慣れてくると、実はこの2人は店の料理とは異次元の、なんだったらお客より手強い相手であることがわかってきて、新たなテーマが見えてきてだんだん燃えていくのでした。

で、面白いことにこういう経験が今年の仕事につながっていったわけです。

のっけはまさかのテレビ番組「NHKのきょうの料理」出演です。びっくらこきました。誰でも出来るwithスパイスな春野菜料理がテーマでした。

次に家で料理教室をやったこと。みんなやってるんだそうです。この20年間ずっと言われ続けてようやく初めて自分主催でやりました。

その次がグランフロントの『パナソニックセンター』でのスパイス料理教室&トークイベント。クライアントさんあってのエンターテイメントですが、僕にとってはついに大阪で初めての料理教室です。

そして単なる料理教室じゃなく、火は使えない、ショートカットしつつ電気調理器具を駆使、それでも時間が1時間だったっけ?足らないところを動画でカバー、包丁を持てない人にでもわかるようなレシピ、これらを話しながら進めていく、という僕にとっては至難も至難、苦手中の苦手、という大大大挑戦でした。

でも、これがスタッフ方々のおかげでもってなんだかウケた。特にディレクター女史がまたとてつもなく上手く引っ張ってくれる人で。僕は気が付けばその船でYMCAのダンスのように踊りまくっていました。古いか!

その後、『ラダー』という京都のキッチン雑貨専門店でも同様のスタイルでスパイス料理教室。枚方T-SITEでの料理&トーク。同所で住友不動産イベントでの料理&トーク。ららぽーとエキスポシティでは家族連れを相手に1日3回インターバルで料理&トーク。

昨年もやっていただいた三重県松阪の老舗割烹旅館『八千代』さんでのTHALIイベントでは、8品のパンジャブ系インド料理を80食以上作ったことも大挑戦でした。ささっと作れるものではなく、ちゃんとした仕込みが必要なものばかり。僕にとって未踏の領域のオペレーションでした。

最後は今月のナカノシマ大学での講演です。大阪スパイスヒストリーというタイトルで、僕としては珍しく歴史系のトークでした。
ほか料理やトークのイベントなんか抜けてたらごめんなさい。

ぜんぶ、スカイダイビング感覚の初めての体験ばかり。もちろんその分、失敗や反省点もてんこ盛りです。でも、これら全て!のイベントが満席だったことはとても嬉しかったです。全イベント満席なんですよ!これは主催者側、現場のスタッフ方々、そしてお客さんのおかげです。実にありがたかったです。ありがとうございました!

ほか、新たな挑戦はまだまだ続きます。イベントのほか今年は2回も海外取材に出たことも大きなトライでした。いや、今まで何か国かを渡り歩くというのはありましたが、それらは一度の渡航での話。今年は冬と夏それぞれの渡航でした。そうでなくても普段から月に1度も休めるかどうかの状態なのに!でもなんとか時間の壁をこじ開けて飛びました。

冬はカンボジアのクラタペッパーさんへ再訪。今回は農園収穫体験ツアーをやるというのでその体験取材です。これについてはビーパルWebか、ついこの間小学館から発行された『ザ・クラタペッパー』という本にも書きました。

夏はネパールへ。こちらはホームステイさせていただき、そのお宅をはじめ、いろんな民族のお友達の家へお邪魔して家庭料理を取材させて戴きました。これについては一部、来年の「そばうどん」(柴田書店ムック)に書くことが決まっています。

なぜ「そばうどん」かというと、ネパールのある民族の食事に「そば」があるからです。彼らが食べるそばは、日本にあるようなそば切りではなく、そばがき。ふっふっふっ…詳しい話は来春をお楽しみに!

ネパールのそれ以外のパートはどうするか。ちょっとまだ思案中です。

プライベートでも新たなチャレンジあれこれ。甥っ子の結婚式で、乾杯の音頭をとったことです。単なるカンパ~イ!ちゃいますよ。のっけの親族代表も兼ねているので、一言、みんなの前で挨拶をしなきゃならない。で、これがやっぱりポカをやってしまうんです。

20代の可愛い綺麗な女性が山盛りいるもんだから、緊張して言葉を忘れるだろうと思い、スマホにメモを書いてその画面を用意していたんですよ。で、みなさんの前に出たとたんやっぱり言葉が吹き飛んでしまい、慌ててスマホに目をやると、なんとなんとそのメモが消えていたのです!思わずマイク越しに「うわ、消えてしもてる!もう本音で行きますわ」と言ったらなんだかウケて、それが一気に和やかな雰囲気になり、楽しい式が始まったという奇跡。横浜元町でのことで参列者は殆どが関東系。思わず出た大阪弁もウケた理由のようです。

ほか、カミさん、黒柴犬のクロをつれて、何度かハイクにも行きました。今年はたぶん10日ほど休暇をとれたと思うのですが、その大半がこのハイクです。近畿はそもそもが標高が低く、高い山でも1000mあるかどうか。そんな中で500メートル級の小山を中心にトライ。カミさんは両方の大腿骨に人工関節を入れてるのですけど、その2つ目が昨年の12月に手術をうけたもの。リハビリが本来の目的で始めたハイクなのですが、日に日に心も体も頑丈になっていきました。ま、僕はちょっと困ってるけど(笑)

あと、北陸新幹線にも初乗り。10月に長野県栄村(北信濃)でのそば狩りに参加するためです。こちらには何度きたことがあるのですが、今までは名古屋か東京経由。でも今回は金沢経由でいったわけです。車両も駅も最高に快適でした。

さらにおふくろをUSJに連れていく目標も達成できました。認知症と言えどもまだなんとか認識できることもあって、分かるうちにと思っていたので。ま、帰りの車中から「今日は銀座にいって息子とあってきた」となってしまってますけど(笑)

おまけにカレーリーフが初めて種から芽を出したことも私的には初めての体験で超ハッピーです。

このように今年はいろんなチャレンジができて、実に楽しい一年でした。来年はますますカワムラケンジ度数を上げて行こうと思います。これからもよろしくお願いします!

みなさま、たくさんのお付き合いをしていただき感謝しております。どうぞ良いお年をお迎えください!

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12/18の講演は満員御礼!

先日、大阪の堂島ビルヂングで開催された「ナカノシマ大学」に講師として参加してまいりました。

本当に皆さん聞きに来てくれるのかな、という不安は始まってみると吹き飛びました。

なんとなんと、目の前に並ぶ席が全部埋まってるではありませんか!後でスタッフの方に聞いたら60席全席満員で、ほかご招待の方も何人かいて、約70名の方々で埋め尽くされました。

とてもありがたかったし、嬉しかったし楽しかったです。

僕は実は単独での講演って経験がなかったことに今回初めて気づきまして。

今まではシンポジウムという3人くらいでの講演だったり、料理を提供してのトークショーだったり、料理教室とトークがセットになったものだったり。

ただ一人でマイクを持ってどこかの先生みたいに話すなんてのは柄にもないし、そんなこと誰も僕に期待してないというか、まぁご縁がなかったのです。

で、今回は一応ディレクターさんに進行をお願いするも、メッセージを出力する役としては僕一人。

だから全然時間の感覚とか、話せるボリューム感、深さなんかが見えなかったんです。そして実際にやってみたらやっぱり全然時間が足らなかった(笑)

思っていたことの3分の1、いや5分の1くらいかな。いやいや、誰も止めなきゃたぶん8時間くらいは話してしまいそう。30分食事休憩を挟んでの話ね。

また今回のお題が「大阪スパイスヒストリー」というなかなか壮大なテーマだっただけに、もう伝えなきゃいけないことが山のようにあって、お腹いっぱい胸いっぱい。

だからとても勉強になりました。あ、このくらいの感じでもう1時間なんやな、こういう話はじっくりとできたら皆さんも聞いてくれるのかなとか。

最後はお一人お一人にお土産を渡してご挨拶させてもらったのもよかったです。これはスタッフの方のアイデアだったようで。

もうみなさん本当に大喜びで、僕が元気をたくさんいただいてしまいました。「もっと聞きたい!」「絶対次もやって!」「すごく楽しかった」などなどたくさんのフィードバック。

僕は1980年頃から飲食の現場一筋でやってきました。すぐにスパイスに強い興味を持ち、1990年代に差し掛かった頃には何の因果か大勢の南アジア人たちと公私ともに付き合いをするようになり、いつのまにかヨーガや音楽、映画、料理を覚えていきました。

そして同時に物を書くようになり、なんでもかんでも一様にカレーという言葉に集約されてしまうことが窮屈で、インド料理のみならず南アジア全般の料理はもっともっと多様であることから、その当時最も流行らない「スパイス」という言葉を執拗に用いるようになりました。

やがてスパイス料理研究所クラブターリーを造り、ミニマガジンのスパイスジャーナルを創刊し、いつのまにやら世の中はスパイスだらけに。

そんなスパイスは一体どこからやってきて、どうやって大阪と関係を深めてきたのか、ということを今回は語ったわけです。

いやはや、僕にしてはちょっと真面目な出力でした。でも、大勢の大阪の名だたる企業や組織、飲食経営者や料理人などがすごく応援してくださったのも光栄でした。まさかそんなことになるとは思ってもみなかったので。

あぁ、みなさんの気持ちもすごくよく分かったし、その思いを胸に持って今回はお話ししに行かなきゃ、とそんな風な思いでした。

だからとてもとても嬉しかったです。皆さんがあんな風に反応してくれて。僕個人の問題じゃない。大阪はまだまだ捨てたもんじゃない、というか、今回のことでより深い取材も繰り返してきて、自分こそが大阪の偉大さをつくづく思い知った講演でした。

講演から4日経った今でも本当感謝の気持ちでいっぱいです。今回取材に多大な協力をいただいた皆様、笑顔を見せてくださった参加者の皆様、間接的ではあるけど応援の気持ちをくださっていた皆様、本当に本当にありがとうございます。

これからもますますスパイス街道をつきすすんでまいります!

(今回もやっぱり写真は一枚もございません!)

 

『THE KURATA PEPPER』発売!(12/16補足あり)

皆さんご存じでしょうか!?クラタペッパーを。

僕のブログやSNSをご覧になってくれてる方はもうご存じの方が多いかと思います。

最近ではアウトドア雑誌BE-PALのウェブ版でも何話か続けて書きましたし、大阪の老舗グルメ雑誌「あまから手帖」にも。

あ、そういえばつい先日「anan」でも紹介したっけな~

あれあれ!ちょっと待って!そういえばいつぞやANAの機内誌「翼の王国」にも!

それにラジオでも言ったことあったっけ!!

なんや~僕が一番のファンかもしれませんね(^^;)

まだご存じない方、よかったらこちらでも読んでみてください。

BE-PALのウェブサイトにあるカワムラケンジのパートです。さらに一番下に我が『Spice Journal』FBにもクラタペッパー写真アルバムがありますのでこちらもよければ。★最近『SpiceJournal』模倣本が出回っているらしいのでご注意ください!

 人類史上最強のスパイス「胡椒」を求めカンボジアへ

 なぜカンボジアで胡椒なのか

 カンボジアのクラタペッパー農園で摘んだ緑胡椒で料理する

 カンボジアのクラタペッパー農園で摘んだ緑胡椒で料理する2

 Spice Journalクラタペッパー写真アルバム

クラタペッパー代表の倉田浩伸さんの魅力は尽きることがありません。それほど何度書いても飽きがこない方なんです。

そして何よりとてもご縁も感じます。今回、クラタペッパーさんが上梓されたのは小学館。実は先述のBE-PALも小学館なんですね。

今思うとそもそも倉田さんとの出会いが共通の知人からでした。その友人はテレビカメラマンの仕事を辞めて、しばらくスチールのほうで作品を溜めて、傍らでネットデザインをやったり。当時の僕のホームページも彼に作ってもらいました。

で、その後突然、何かに憑かれたかのようにカンボジアへ移住してしゃにむにボランティアをやりだしたんです。

その時に倉田さんと知り合いになったようでした。

でも、それが何で僕とつながったのか、というと、これまた東京のある編集者の一言があったからなんです。テレビかなんかで、カンボジアで胡椒を育ててる日本人がいるとかで、当然カワムラはそのこと知ってるよね?となって、いやそんなの初耳です、と返したら、そりゃ大事件だ!となって、ほんまやな~と。

それから元カメラマン君に、倉田さんてまさか知らんやろ?と尋ねたら、いやそのまさかです、と返ってきた。うぉぉぉぉ!となって、しばらくしてから会いに行ったんです。

その時に密着取材させていただき、当時僕が主宰していた日本初のスパイス専門誌といわれた『Spice Journal』(最近模造品が出まくってるらしい!)vol.14で特集を組んだのです。

これをきっかけにして、あちこち書くのはもちろん、僕自身の料理にもばんばん使うようになったし、イベントに行くときも肌身離さずもっていって、参加者の方々にも話しまくり。

これはもうほとんど無意識の行動ですね。

あぁまた話が長くなってしまった。

というわけで、本の詳しいことを何にも話せてないけど、ぜひ一度手に取ってみてくださいよ。

僕のエッセイ2本と写真もなかなか使っていただいてます。レシピのパートはちゃんとスタッフの方が制作していて、僕の写真はイメージ的なところに使用されています。

12月20日発売!小学館サイトで先行予約もやってますよ!

『THE KURATA PEPPER』

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イベント終了後も体重が減らないのはなぜ⁉️

去る10/20日曜日、2回目となる三重県松阪市の老舗割烹旅館「八千代」さんで「THALI」の会がありました。

通常のイベントとは違い、畳敷きの大広間での食事です。さらに作る料理の数も種類もこれ以上はないというほどの量を用意します。

今回は全8品とドリンク2品のうちどちらかを選択していただき、おひとり2200円!と大阪のインド料理店にも負けないほどの種類の多さと破格ぶりです(笑)

でも松阪は我が「THALI」にとって生まれ故郷。僕がこつこつとスパイス&ハーブについて勉強と店での実践をしはじめたのは二十歳頃からのことですが、ちゃんとインド料理として経営したのはこの松阪が初めてでした。

そして何よりも、命がけだったあの頃。すべてを捨てて行きましたから。もう何もかも。骨を埋めるつもりでした。結果はこの通りですけどあの覚悟があったからこそ、「THALI」は松阪生まれの松阪育ちなのだと、ようするに今があるのだなと痛感します。

やっぱりなんでもリスクがあった分だけ大きなものが手に入りますね。

それはそうと今回のイベントは破格も去ることながら8品のドリンク2品そしてマックス80人分と言う、わかる人が聞けばオー!と言いそうな状況だったにもかかわらず、僕の体重が減らなかったのはなぜか⁉️

まいどまいどイベントがあるたびに2キロほど落ちるんですが、今回は夏のネパールホームステイから帰国して2週間ほどで3キロ増量になってしまって、それ以来ずずっと現状維持。

で、昨日体重計に載ったら1キロ減になっていたわけですが、昨日は一日中運動をしていたからであって、イベントから帰ってきた翌日となる一昨日は現場維持でした。

こんなに働いたのになんで減ってないのかよく考えると、そうか今回は2人の助っ人が来てくれたからなのかと合点いった次第。

この2人は松阪『THALI』の常連客でもあります。2人とも女性で長い間飲食業で働いてきた人たち。ひょんなことでサポートに入ってくれることになり、今回は80人ものお客をさばかなければというのと、そもそもの会場が広大な旅館で、厨房は端から端まで10メートルはゆうにありそうだし、客席となる大広間はくぬあくにゃと曲がりくねって階段を上がった2階に。

なので想像以上にこの2人のサポートが助かりまくったわけです。前回は皆さんの前でマイクをもってのご挨拶のみでほとんど個人的にお話しはできず。でも今回は大半のお客さんの食卓まで顔を出すことができました。

それでも後から館主から聞いた話によると、お話がしたかったのに出来なかった、と言って残念そうに帰っていかれた方が何組かいた、とのこと。

貧乏暇なし人生が長すぎたのでしょうか。僕はついついクソ真面目に目の前の仕事に必死のパッチになってしまう体質が奥深くにまで染みついちゃってるようです。

もういい加減みなさんとコミュニケーションしていかなきゃ、とつくづく思うし、最近ようやく自分はその点が至らなかったのだと自覚できるようになってきました。

よし、次回からはそうしていこうっと!

今回はおかげさまの大盛況でした。まだまだ満たないこともあるかと思いますが、これからも気合入れて行きますんでどうぞ皆さんよろしくお願いしマッスルです❗️

記録

テーマ: インド・パンジャブ・ヒンディ系ベジ一家とロードサイドレストランに行ってもし僕だけ肉を食べてもいいと言われたら、な献立 

メニュー

1.チャナマサラ(ひよこ豆のカレー。赤)

2.パラクパニール(ほうれん草とチーズのカレー。緑)

3.ダールマッカーニ(金時豆や黒い豆のバターカレー。紫)

4.アルゴビ(ジャガイモとカリフラワーの炒め物。黄)

5.ペパーカバブ(肉)

6.チキンティッカ(肉)

7.ジーラライス(クミン入り長粒米)または松阪米

8.ミックスピックル(人参やししとうなどのマスタードのきいた辛い漬物)

9.ラッシーまたはマサラチャイ(今回はパインとヨーグルトのジュースまたは4つのスパイス入り紅茶)

 

全8品+飲み物

おひとり 2200円(下手したらインドより安い)

 

80食以上(予定していた高校生セットは修学旅行で?不在のためおひとりのみ。それ以外は全員大人でした)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調理時間4日間

 

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いよいよ次の日曜は松阪『八千代』で『THALI』イベント

前回の続き今回で第二弾!松阪が誇る老舗料理旅館の『八千代』さんで、帰ってきた『THALI』の会です。

店は松阪の城下町風情が色濃く残る殿町にあります。昔この辺りを何度か歩いたことがありましたが、それは取材のため。一般人が日常的にうろつくような場所じゃないんですね。

だからこそ、駅前などの喧騒からは異次元の静けさが守られています。

今回は1人前が2200円。そして旅館のご主人のアイデアでなんと高校生セットが登場。こちらは1000円です!

旅館の前が実は松阪工業高校なんですね。地域振興のため?教育とは無関係だろうからそんな所かどうかはわかりませんが、アイテムを減らしてのセットです。というかたぶん今どきの合いがけ的な盛り付けになるかな。

それにしても毎度のことですが、イベントは仕込みが大変。

僕の場合は、店名の『THALI』に偽りなく、日替わりインド定食が一番の売りでしたから、松阪つながりのお客さんはみんな「あのステンレス製のプレートにあれこれ載ったインド料理みたいなんを売る店」と言う風に思っています。

1998年当時は「都会ではこういうカレーのようでそうでないような不思議なものを食べとるんや」とみんな思っていたようですが、あの時こんな定食を売りにする店は他にありませんでした。たぶん。

みんな知らない、でもきっと日本人が最も好むスタイルだと確信があったので、ターリーを売りにしたわけだし、そもそも店名を『THALI』としたのでした。

メディアの力もあって、瞬く間に県内中に店名が知れ渡りました。名古屋や東京から来られるお客さんもいました。雑誌ブルータスが密着取材をしてくれたのが大きかったと思います。

僕は決して自分が有名になりたいとか、まさか日本にこんなカレーを広めようなんて大げさなことを考えたことは一度もありません。

単純に、おいしいから、毎日でも食べたくなるから、ヘルシーだから、このスタイルを自分の形にアレンジして売り出しただけのこと。

そもそも当時はインターネットもまだないし、携帯電話も今思うと実に簡易なものだし、すぐに誰もが何でも始められるような、自分がメディアになれるとかそういう雰囲気は一切なかったのです。

とにかく生きていくことに必死。少なくとも僕は。まだ借金も残ってましたし。家族のことも色々あって。僕は自分の過去のすべてを捨てて松阪に越しました。そう、一生この町で住む覚悟でした。

でも、まぁいろいろありましてね(笑)早い話が自分が一番大事に思っていたものを失うわけです。

でもでも、今となってはあの松阪『THALI』があったからいまの自分があるわけだし、なんだか世の中みんなスパイスと言う言葉を使いだしているし。当時はまだ香辛料とかハーブとかいう言葉が主流で、スパイスってなんやねん?!としょっちゅう言われてました。

でも、僕はいろいろ考えがあって、カレーではなくあえてスパイスと言う言葉を強調していました。これは雑誌でも店でもです。

今はすっかりというか、怪しいものも含めて何でもかんでもスパイスになっちゃってますね(笑)

さて、仕込みを始めてもう3日めになります。明日は金曜だからあと二日。間に合うだろうか?店をやっていないとランニングの仕込みがないので、規模によっては新たな店を作るような状態になります。

毎度体重が2キロは落ちる。ネパールから帰国後一気に2キロ太ったから元に戻るだけだけど。

人手が欲しいな~。昔のスタッフはみんなどうしてるんだろう?女の子たちはみんな子供を産んで主婦業をやっているようだけど。ほかはどうだ?

電話番号さがして電話でもしてみるか。みんな忙しいだろうな~

さて、今日の昼はセブンイレブンのサンドイッチだったので、いまから夜ごはんをファミリーマートで買ってくるとしよう!医者の不養生やん!!

 

 

最近は本とネットに出ています

ご無沙汰りんこの、こなさんみんばんは、です。ふるい?

おそらくみなさんも同じことと思いますが、時間が経つのが早すぎます💦 特に東日本では19日の猛烈台風の被害で大変な時に、僕はずずずっと相変わらず地味&小さいことをこつこつと、あ~んどカミさんやおふくろのサポーター(以前よりは楽になったけど!)、黒柴のクロの御守りをやり続ける毎日です。

でも、体重は2キロ増量されたのでやっぱり楽になったのだと実感。結局自分が御守りをしてるつもりが、みんなのおかげで今日の自分があるんでしょうね。いやはや、お恥ずかしい。日々、感謝です。友達や仕事仲間、これを読んでくださってるみなさんにも感謝してます。ありがとうございます!

で、ここんとこのお前の仕事はどーなんだ!?と聞かれればですね、最近はまず、「男の料理完全ガイド」というムックにカレー監修担当として登場しております。これは以前参加したレシピムックからの転用のようですが、ちょびっとだけレシピが改良されております。そんなもん前に買ったで~という方も、立ち読み、いやいや、やすい本だから!ぜひワンモア―ご購入くださいませ!(笑)

あとは、前々から忘れた頃にアップデートされるBE-PALウェブサイトも10/11に更新しました。カンボジアのクラタペッパーさんのことを4話続けてまいりましたが、3話目と今回の4話目はクラタペッパーで育った緑胡椒(フレッシュペッパーコーン)を使った料理の提案です。

緑胡椒は加熱や酸化に弱い、とてもデリケートなフレッシュスパイスですから、簡単であればあるほどその魅力が楽しめるわけです。大層に考えてはいけません。

こんなもの日本はおろか、殆どの国で入手が困難。でもクラタペッパーさんはカンボジア西部の農園から首都プノンペンに直送し、若い女性スタッフたちによる厳しいチェックを経て、洗浄、加工を施し、速やかに空港へ出荷。日本国内でも検品で1日余分にかかってしまいますが、それでも美しくぷりりとした輝きは残っていまして、鮮烈なかさらなのに後口は颯爽と抜けていく緑胡椒特有の爽快感を味わってもらえると思います。

もちろん、フレッシュに媚びず、時間軸を越えたおいしい緑胡椒の楽しみ方を見出すこともできるかもしれません。僕が考えたのはトマトとペッパーのジュレ。これはマリネにしますので、1か月経っても美しい緑色と鮮烈な辛み、香りが残っています。

そのレシピを今回4話目に包み隠さず書き記しておりますので、ぜひぜひご参考にしてください!

スパイスジャーナルのFB久々に大更新!

いやはや、ほんまにFBは難しいです(;'∀')

というかSNSのすべてが難しい(;・∀・)

あれこれいじってたら、わけのわからんものがだだっと前に来ちゃって、せっかく更新したばかりのアルバムがどこにあるかがよくわからなくなっちゃいました。ズビバセン( ;∀;)

タイトルは『Home stay in Nepal 2019 ver.iPhone8(本誌未公開分)』です。

今夏8月に行ってきたネパールの写真集です。今のところ全部で29枚アップデートしてます。

今回はなんとiPhone8で撮った写真だけのアルバム。

なんかね~嫌になっちゃうんですよ~。だって、僕は普段海外などへ行く際は、一眼レフを2台もっていくんですけど、その保険としてスマホでも撮るわけです。

もちろん全て撮れるわけはなくて、極めて一部、片手が動かせる隙があるときだけ。

今回は一眼レフで合計900枚余りを撮影して、iPhoneでとったのはおそらく50カットほど。つまり5%くらいのもの。そのうちの29カットをFBに公開したわけですが、これが悔しいかな、嬉しいかな、どのカットもピントも露出もまずまずいいんですよね~。あ~悔しい嬉しい。

スマホiPhoneの進歩は周知のとおりで、もう年々想像を絶するレベルのクォリティに進化していますね。その中でカメラは特に著しい進歩といいますから、正直、色々トライアルはできるものの何かとリスクの多い一眼レフよりも、スマホiPhoneがいいかも、いや、こっちのほうがいいな。あっ、言っちゃった。

しいて言えば、持ち心地?シャッター音心地?ってそんなこと言ったらもう完全負け惜しみですね~ヒェ~(*ノωノ)

これからどうしようかなって本気で考えちゃいます。

もっと勉強して、一癖も二癖もある写真が撮れるようになれば、一眼レフの値打ちもあるのでしょうけど。

ま、僕の嘆きはこの辺にして、ぜひ、スパイスジャーナルFBご覧になってください。ウェルカムです!!

下記のタイトル、何とか探してください!あ、違うか!リンクがはれるんだ~~~~(*'▽')

Home stay in Nepal 2019 ver.iPhone8(本誌未公開分)

トップページの写真をこちらにも!

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ネパールのホームスティ最高でした!

8月の忙しい最中、仕事仲間の顰蹙を買いながらまるでエスケイプするかのようにテイクオフ。

初めてのクアラルンプール経由とのいうのも心が踊りました。機上から眺めるその大地は、想像以上に緑が多い上にちゃんと整備されたビル街?土地開発?こんな綺麗な町だったんだなと意外でした。

が、今回はわずか4時間ほどのトランジットなので空港の中をひたすら行ったり来たり。で、あっという間のフライトワンスモア。

ネパールにくるのは4年ぶりです。前回は南インドのバンガロールを経由して。ネパールの友人(料理人)と共に旅をしました。今回は日本でいつもお世話になっている日本人男性Aさんとネパール人女性Sさんご夫妻と共に。

で、このお二人はそもそもがすごいんです。通常の国際結婚は男性が外国人で女性が日本人がほとんど。でもこちらはその逆で男性が日本人なんです。

僕は海外に友人知人が多い方だと思いますが、今までこのパターンは東インドの女性と日本人男性という極めて強烈なカップルを除いてお会いしたことがありません。

知り合いのフォトグラファーに元嫁がスリランカ人っていう男性がいますがやはりセパレートしてしまってます。はい今日は英語ちっち多めですねヽ(´o`;

今回お世話になるお二人は一緒になってすでに15年ほどって言ったかな?

僕なんてお二人のことはまだまだわかってないことだらけと思いますが、話の端々からいろんなことをお察しします。その勇気ある決断と行動を。

昔からインドやネパールに魅せられる日本人は多くいます。そして国際間の交流をサポートする人も数多く見てきました。

しかし今回お世話になるお二人は、政治的でも商業的でも、はたまた自己陶酔型でも社会主義的でもなく、とにかく惚れて愛して一緒になった、そしてその後もお互いが命がけで添い続けている、という15年間の寡黙な行動そのものが、何よりも真の意味での国際交流だと思いました。

今回はネパール人の台所を巡る旅。ご親戚や幼馴染なんかのお家を紹介してくれたり、地元で評判の他族のレストランへ行ったり、中央市場へも。

ぜーんぶ楽しかったし見応え食べ応え学び応え特大盛りでした。でも旅を終えて帰国し写真を眺めるほどにこの人たちの凄さがジンジンと伝わってくるのでした。

ある日、カカニというカトマンドゥ市街から車で1時間半ほどの山中レストランへ行きました。実はここ4年前も伺っていて、その道のりの厳しさに驚いた記憶がありますが、今回はそれどころじゃなかったんです。

異常気象は世界中どこも同じ。もともと舗装技術も資金も薄いこの国において、道路が残酷なまでに穴だらけの裂け目だらけの崖崩れまくりなのに、これだけのゲリラ豪雨や風やおまけにPM2.5やらでもう何と言っていいのやら。

一説には世界で最も空気が悪い町とさえ言われています。そう、世界で最も高くて荘厳な山を持っているというのに。

で、チャーターしてた車のドライバー曰く、通常はこの道を通るのは断る、けどもせっかくの日本人客だし、ということであちこちのドライバーから情報を仕入れてくれて、行けるとこまで行ってみよう、ということになったんです。

で、往路は確かにボロボロの道が続き、酷いところは液状化してタイヤが滑りまくる沼のような場所もいくつかありました。天候の急変は日常茶飯事。ドライバーは日が暮れると危険が増すので、とにかく早く帰ろう、と言い脅威の予感が沸く我々も異議なし。

でも、これがやっぱりそうはいきません。こちらの店は案内してくれたネパール人女性Sさんの親戚であり、自分の育ちの場所でもあります。

5年ぶりの再会という実の妹もかけつけ、話は盛り上がり、結局は日が暮れてしまい、ついに雨が降ってきました。わかるけど急げ急げ!とドライバー。

急いで車に乗り込み我々は帰路につきます。が時はすでに遅し。先ほどの液状化した沼道が完全なる沼になってしまっていて、車の底があたってズブズブズブと止まりかけました。

やばい!無理してタイヤを回転させると二度と這い上がれなくなるぞ!どうする⁈とりあえず降りてくれ!とドライバー。

そして我々3人は道を歩くことにして、もしも車が動けなくなったら押そうということになりました。

外はすでに真っ暗。アイフォンの存在が実にありがたいです。ライトを灯し周囲を見渡すと脇の方だけ地面が盛り上がっていてしっかりと見えています。

が、そのすぐ外側は崖。暗くてよく見えませんが往路では数十メートルに高さの崖を何度も見ました。おそらくここも。

すると日本人男性Aさんは想像以上に目が悪かったのです。足腰もさほど丈夫ではないためにとても歩ける状態じゃない。元々視力が弱いことは知っているつもりでしたがここまで厳しい状況だとは。

そこで僕がアイフォンで道先を照らし「先に歩きますんで僕についてきてください」と沼と崖の境となるこんもりとしたヌルヌルの道をゆっくりと進んでいきます。

すると背後からは、一歩足を出すたびに滑ってしまうようでウワーという声が聞こえてくるのでした。そして僕が背後を振り返ったその瞬間まさかの光景が目に飛び込んできました。

なんとネパール人SさんがAさんの肩の下に入りこむようにして、担ぐようにして歩いていたのです。

Aさんは体重100キロ?ほどの巨漢でお腹もぽんぽこりん。これでもかなり痩せたそうな。一方のSさんは体重50キロあるかないか、いやないな、とても細くて小柄で可愛いタイプ。

SさんがAさんの1/2サイズであることは一目瞭然で、子供のような小さな彼女が一所懸命に巨漢の旦那を担いでいるんですよ。

僕が同じ状況だったらカミさんこんな風にしてくれるだろうか?日本人女性が自分の男をこうして支えることができるだろうか?いや、こうなる前にとっとと離婚か。

普段からAさんは言ってます。とにかくネパール人はタフで強い。人の言うことも聞かないしごめんも言わない。強すぎてどうにもなりません。

きっとそれは本当なのだろう。だからこそ、こういう時も肩を貸せる、いやそんなレベルじゃないか、全身を支えようとするんでしょうね。

彼女は本当にAさんと人生の最後まで添い遂げる覚悟ができているんでしょうね。Sさんもまた然り。

ネパールではインド以上に他族の血が混入することを嫌うのだそうです。そこにカーストや宗教も関わってくる。そんな状況だから外国の血なんて論外なのだと。

それを承知でお二人は結婚してしまったんですね。当時は大変だったそうです。人さらい呼ばわりされたそうな。でも親戚のある一人の女性が味方してくれたのだと。

その方が時間をかけて頑なに拒む親を説得してくれたのだそうです。それでもまだまだ踏み入ってはいけない領域があるとも。

元々ネパール人は一度結婚したら、死ぬまで一緒というのは大前提で、片方が早死になんかしたら後を追いかけて自決することもあるそうです。つまり結婚とは生まれ変わりのようなもの。

そんな強固なしきたりの中で、お二人は他のネパール人以上に、もう二度とこの地には帰らない覚悟で一緒になったのだと苦笑いして話してくれたことがあります。

そんな掟破りもいいところの結婚だっただけに、Aさんはずっと惜しみなく親戚中に稼ぎを捧げているのです。

今ではカトマンドゥの郊外に立派なお家が建っています。そこに現在Sさんの妹さんが住んでいます。そして今回僕はこちらにお世話になったというわけです。

AさんSさんのおかげです。えらそうに取材できる場所を案内してください!なんて言ってましたけど、いろんなシーンを見ているうちに、なんだか自分の小ささがどんどん見えてきちゃって。

やっぱ本当にすごい人というのはこういう静かな生き方をしてるんですね〜

今回はそういうことを思い知ったネパールの旅でした。

写真は左から、カカニからの帰路、沼の道を歩いている時に偶然に撮れていた写真。なぜか真っ赤です。2番目がカカニのSさんの親戚がやっているレストランで頂いた鱒のカレーやグンドルック(高菜に似た青菜の醗酵品)の和え物など。ほか2枚はカカニの山の風景。5枚目は今回頑張ってくれたドライバー。

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8/4 京都二条のキッチン専門店『LADER』スパイス料理教室!

さてさて続々ですよ~!今年はPanasonicさんや住友不動産さん、蔦屋枚方さん、パモジャさんなどと盆踊りもまっつあおなくらいイベント盛りだくさんですよ~🎬🎬🎬

『LADER』さんというのはキッチンツールの専門店で、店主の橋本さんがちゃんと目利きしてきた、いいものだけを販売する超こだわりの店なんですよね。彼の繊細な感性に触れた道具だけが結集しているので、そりゃもうどれもこれも逸品ばかり。

店のある場所も最高に素敵なところ。世界遺産の二条城を中心に神泉苑やら御苑やらと、同じ京都でも皇室と武家の両方が入り交ざる、ちょっと特殊なエリアなんですね~。

そんな独特の情緒あふれる街並みの中に店が佇んでいます。

今回は『LADER』さんにとって、料理教室は初めてのことだったそうです。こちらでイベントをやりたい料理研究家は絶対多くいると思います。特に関東方面は好きそうな。ま、向こうはその手のタレント風の人がぎょーさんいてますからね。

橋本さんも慣れないことが多くあったし、でも、いい意味で若くてガッツもねばりもあるしで、僕も本気でかかわることができてうれしいです。

これをきっかけにいろんな料理イベントにつながっていけるんじゃないかなと思っています。

相変わらず、写真は一枚も撮れてません。正確には、別の日にうちの黒柴クロを連れて行った時のカットしかない!

というわけで、『LADER』橋本さんが撮ったカットを、FBから勝手に拝借して、僕のプライベートブログに載せちゃおうっと٩( ''ω'' )و

僕は元々料理の先生志向ではないので、あまり講座は多くやってきていませんが、今年は一気にラッシュしてます。というのも、いままではあえて止めていたわけで。生意気と勘違いされることがありますけど、基本的にお断りしていたんですよね。

ま、正直、家事が忙しすぎたから。カミさんの日々の送り迎え、買いだし、食事の支度…という暮らしが10年ほど続いたかと思うと、今度はおふくろが認知症になり、週2,3回片道1時間をかけておふくろの家へ行き、買い物や料理、掃除をするという日々が2年続きました。

合計12年、兼業主夫です(;'∀')

でも、そのことがあったおかげで、スパイス料理研究家、という役職を編集者から頂き、それはそれで修業だったんだなと、ラッキーだったなと、ちょうどよかったんだな~と思った次第です。人それぞれ人生もそれぞれですね。

で、今年2月からおふくろと同居し、カミさんが介護&一切のこと全面サポートをしてくれるようになり、僕もようやく仕事にもう少し荷重を置いていい時がやってきたわけです。とはいえ買い出しなどは今でも僕の仕事だし、カミさんもそれほど歩けないので、大きな移動は僕がするので100%とはいきません。でも、この12年の中では最も仕事ができるだけの時間を持つことができているのは事実。

さ~て、いよいよ店だぞ!旅だぞ!と思った矢先にこのイベントラッシュ。しかも、上場企業やお世話になってきた書店、パーソナリティ、今回のような素敵なキッチン用品店などと、どれもクライアントさんは本当に素敵で素晴らしい方ばかり。もう光栄の極みです(^_-)-☆

そして何より、セミナー等に参加いただいているお客さんがもうほんまに素敵な方々ばかりで( ;∀;)

みなさん、それぞれ個性的で面白そうな方ばかりなんです。(殆どが女性なので10倍嬉しい!)

本来、僕みたいな普通の料理人の端くれ、ライター業者が何を偉そうにみんなの前に出て教えることがあろうことか、と思ってしまうわけですが、たまたま僕が10代から飲食業一筋できて、80年代からスパイス&ハーブの探求に励んできたことが、みなさんにも楽しんでいただけるというのならぜひお役に立てれば嬉しいです。

昔は変人扱いで、2000年にはいっても2008年くらいまではスパイスなんて言葉はマイナーだから、と言われ続けてきました。でも、最近ほんまにポピュラーになってきたんだなと実感しています。

あーやっぱり話が長くなっちゃった!明後日からはカトマンズへ飛びます!忙しいのにスミマセン!

なのでオンラインショップもちょこっとだけ止まりますのでよろしくお願いします!

ほな、先日の料理講座の写真をどうぞ!Photo by LADER Thanks million !

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