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プノンペンの覚え書き

先日、胡椒農園の収穫イベントに参加してきた話を書きましたが、ここで自分のためにもプノンペンでの、あ~これ覚えておいたほうがいいな、というメモを書いておきたいと思います。

もしかしたら、どなたかカンボジア・プノンペン旅行中の方がいたらご参考にどうぞ。

●ホテル

今回泊まったホテルはプノンペンの目抜き通りであるモニボン通り沿いにある「アジアホテル」です。なかなかの老舗で、クラタペッパーの倉田さんは「それって1階にKFCが入っているところでしょ」とおっしゃてましたがもうなくなっているようです。僕が予約したのはホテルドットコムというウェブサイトから。最初はアゴダで予約したのですが、カード決済時に8500円以上になっていたのでキャンセル。

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「アジアホテル」 2/15~2/18(3泊4日) 8277円
朝食バッフェ付き・・・クィティオゥの屋台がおいしかったです。平麺、細麺。フルーツがリンゴとモンキーバナナ。コーヒーはやっぱり駄菓子屋の粉コーヒーの味。これは前回のゴールデンゲートホテルも同じく(宿泊料はゴールデンのほうがかなりリーズナブルです)。ほか、パン類、麺類、煮物も豊富で想像以上に◎
 

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地の利も抜群・・・東に200mほど行けばセントラルマーケットが。モニボン通りは夜は店が少なく暗いです。初日一軒の屋台があったので入ってみると、クィティオ2杯で7ドルとられました。
 

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セントラルマーケット・・・肉類、魚介類、青果、花き、衣類、食器、すべてが集結していて、どこも刺激的です。バンコクほどじゃないけど目が合うと女性の大半は笑ってくれるのが嬉しかったな~(僕がいつもにやっとしているからかもしれないけど)。特に食堂はどこも魅力的。我々が入った店は盛り付けも綺麗だし、料理も丁寧でびっくり一番奥のど真ん中の店。タイル張りのカウンターで昔の大衆食堂風のガラスケースに料理が詰まっています。こちらで二人で腹いっぱい頂いて3ドル。これが正常相場と思われます。
 

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オルセーマーケット・・・ホテルから歩いて10分くらいの市場。セントラルとは違って純粋な地元のための市場という感じ。広場に魚介類、青果が並んでいて、とにかく目が合うと笑ってくれる。もちろん女性。(しか見ていないともいえる)。セントラルと共にこちらにも生の緑胡椒はけっこう置いてました。イカと並べているところと、葉野菜やハーブと一緒に置いているところがあります。

両替屋・・・オルセーマーケットから徒歩5分の場所、シャルル・ド・ゴール通り沿いにあった小さな両替屋で10000円が89.600ドルになりました。レート111.607円です。どなたかのブログでオススメ両替屋の記事を見て行ったのですが、その方の記事では隣にあった両替屋が一番レートがいいと書いてありましたが88ドルと書いてあったので、もしかしたらこちらも高レートなのかなと思いました。(2019年2月16日時点)
 

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ワットコー・・・オルセーマーケットからモニボン通りにでた向かい側にあるお寺。ふと入ったら僧侶と出会って、この方が日本にも来たことがあるという方で、とてもよくしてもらいました。次いったら絶対また行きたいところです。
 

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クラタペッパー本店新店舗・・・以前伺ったときは南のいけてるエリア、バンケンコンにありました。その後一度移転され、不意の地上げのため再度移転。現在はアジアホテルから3.3キロほど空港側に行った閑静なエリアにあります。こちらは車や人も少なく、空気もいいです。アジアホテルからトゥクトゥクで15~20分くらい。
 

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Grabというタクシーアプリ・・・噂は聞いてましたがこれほどに便利だとは思いもしませんでした。旅人にはぜひおすすめします。アプリに登録するにはSMSが通じる電話が必要です。今回僕はWi-Fiだけでいけるだろうと高を括ってスマホ一本でした。でも次回からはどの国へ行くにしてもSMS用に携帯を持っていこうと思います。これは以前にも同様SMSが必要なことがあって。だからやっぱりSIM系は不可欠ですね。

登録後、現在地と目的地の店名なりを入力すると、グーグルマップのように道筋が表示されて、値段も明記されます。それでよければブックをクリックしたら、運転手の写真と名前、ナンバーが明記。今回はどこにいても3分以内で来てくれました。

17日のみ早朝5時出発だったので、タクシーを利用しましたが、それでもホテルからクラタペッパーまで3ドル。トゥクトゥクだと6500リエル(1ドル+2500リエル)です。リエルがちょっとややこしいのですが1ドル=4000リエル。屋台でもUSドルで可能ですが、釣りはリエルで返ってきますから、安価な買い物はできるだけリエルで払うのがいいでしょう。
 

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街の食堂・・・今回は最終日に旅連れと共にクラタペッパー近くの「サファリ・ファームス・トレイディング」というなんだかよくわからない、そして実に怪しい小さな食堂へ行きました。そこで砂肝とピーマンのクルーン炒め?と、味のような魚のマンゴーと醤油?オイスターソース?カピ?煮。それと僧侶からご馳走になった物と同様の、魚と空心菜のようなもののスープを食べました。ここで二人で5ドルだったかな?旅連れのおごりだったので忘れましたがとにかくリーズナブルでした。とてもおいしかったです。
 

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●街の感じ(動画)

モニボン通りからロシアン・フェディレイション通りへ入るシーン
 

カンボジアの緑胡椒!

久しぶりに行ってまいりましたカンボジア🇰🇭!

今回もまた目的はクラタペッパーさんです。代表の倉田さんとはじめてお会いしたのは2012年?2013年?

拙著スパイスジャーナル14で特集を組み、さらに当時のウェブ連載カワムラ商店「職人味術館」にて密着取材せて頂いたのです。

職人味術館 中編

職人味術館 後編

職人味術館 特別編

あの幻の完売号と言われる14号。これこそが各メディアにおいての叩き台にもなっていると倉田さんご本人からも伺い、いやはや実に光栄ですしありがたい限りです\(^o^)/

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単にカンボジアで立ち上げたというだけでもすごいのに、そこに良品質の胡椒と出会い、何より厳しい栽培〜加工〜販売の一貫全てを管理されている点がすごいです。

今では各メディアに登場しすっかりメジャーな存在となっています。昨今では、大阪の朝日放送でしたっけライフというステキな番組で二編に渡り放映され、最近はマツコの知らない世界でも大々的に紹介されたようです。

追いつかないくらいの発注があったでしょうね。素晴らしい!これが出来るだけ高い水準でずずっと続いていけばいいですね!

ぜひ倉田さんのような方が、1人でも多くの支持を受けて永続的に素敵な胡椒を栽培販売されることを祈っております。

倉田さんを介して、奥様、生産者のホー・ブッティさんとそのご家族、スタッフ方々、ついてはカンボジアへの崇敬と言いいますか感謝といいますか、そういう気持ちがひたひたと伝わっていく気がします。

さて今回の渡航はかねてから興味を持っていた、農園収穫イベントです。毎年開催されているようで、今まで何度もお声がけいただいていたのですがなかなか忙殺の日々で^^;

でも昨年末に大阪のイベントで久しぶりに再会した際、ぜひと言ってくださって。あぁ今回こそは何が何でも行くぞ!と思ったわけです。

依然貧乏暇なし。でもこじ開けてでも!という感じで。

結論から言ってめちゃめちゃ楽しかったです。いや前回も同じ農園にお邪魔してるんですよ。なにせ密着取材でしたから。

(前回の取材データ=写真約1160カット。動画12カット。音声444分)

でも今回は他の参加者の方々と一緒になってワイワイ言いながら、胡椒の枝をポキっと。プノンペン本店のスタッフの人たちもお手伝いに来られていて、冗談を言いながら一緒に歩くのは実に楽しいものです。またカンボジアの女性はみんな可愛いし!

気温は連日35度となかなかの暑さです。日本では5〜7度で萎縮してしまう寒さだというのに。

片道4時間くらいでしょうかね。夜は旅連れと一緒に屋台街に繰り出し街をうねうね。

朝はやっぱり市場巡りでこれもまた実に楽しい。

またふと立ち寄ったお寺で僧侶と意気投合し、そのまま宿舎?で食事をご馳走になったり。

さらには兵庫県出身という絵描きの女性と出会ったり。彼女もパワフルで実に面白い人でした。このように人との出会いも今回はたくさんありました。

初日の夜、倉田さんと食事に行きあれこれお話を伺っておりました。

ちょうど体調を崩しておられてようやく復活した頃だったようで。お酒はお預けです。ま、我々はアンコールビールですけど(笑)

初めてカンボジアを訪れたのは1992年の夏のこと。あれから紆余曲折して2004年に奇跡が重なり胡椒栽培に着手。

「知名度が上がったのはいいけど、今もずっとあの頃のように山あり谷ありなのは一緒です。たぶんこれからもそうなんでしょうね」

自分を律してそうおっしゃっているのか、本当に今なお大変なことが続いているのか、僕にはわかりませんが確かなのは倉田さんが発する胡椒は間違いなく美味しいということです。

特にフレッシュの緑胡椒がわかりやすいかも。完熟を黒にしてしまうこともすごいのですが、倉田さん持ち前の徹底したオーガニック栽培〜衛生管理〜品質維持あってこその有難い美味しさがあるのです。

ご存知でしたか?フレッシュの緑胡椒ってボリボリと食べることができるんです。噛んだその瞬間にプリッと弾けて、ほのかな甘みと酸味が飛び出したかと思うと直後に爽やかな辛みがじんわりと。

カンボジアではイカと一緒に炒めるクメール郷土料理がありまして、これはめちゃポピュラーです。ようするに生臭いものとよく合うわけですね。

激しく辛いのではなく、固すぎるのでもなく、プリッ&シュワ〜という感じです。

今は倉田さんが日本へも向けて出荷されています。本物の緑胡椒。日本人ならきっと新境地を開拓することでしょう。というか僕はすでにあれこれと試してきまし、今回もまた新たに緑胡椒を仕入れてきました。

昨日から着々とレシピ実験中です。僕のレシピはパクリとかたまにしか料理をしないなんちゃって料理じゃありません。確実に誰かのために作る毎回が本番料理です💦

また機会を見てみなさんにもご紹介できればと思いますのでぜひ楽しみにしていてくださいね!

知人友人からは今回のカンボジア探検は大変羨ましがられました。楽しさもさることながらやっぱり暑いから☀️

夜25度くらいで、風があるから心地よくて。常夏の国ってたまりませんね〜

ほなまた!

旅を共にしてくれた Noboru Katakura 氏にも感謝!今回もおもろすぎたですairplane

やっぱり山葵にはしびれます

先日とある雑誌のロケで山葵農園へ行ってまいりました。

なんと場所は兵庫県!もうすぐそこは日本海っていう北部の神鍋高原入り口にありました。

前々から行きつけのそば屋さんから噂は耳にしていたんです。在来種の保存会や子供達の見学会をやったりお若いのにとても熱心な方という風に。

実際に伺ったら本当に素晴らしい方でした。やっぱ人間は年齢じゃないですね〜(*´꒳`*)

ここの村は十戸と書いてジュウゴと発音するらしいです。その昔10軒の家が集まっていたことからその名がついたとか。


水路が張り巡る十戸の村

行った先は『北村わさび』と言います。

約3反(900坪!3000平米!)の広さがあります。めちゃ広いわけじゃないけど、こちらなんと60年間にわたり自家採種してるというから卸金ならぬ筋金入りです。

わさびって実はもうほとんどがバイオなのだとよく聞きます。つまり良品質の細胞を使った人工培養。とても不安定なものなので安定供給するために生まれた技術でもあるわけですが、バイオに頼らずおじいさんの代から三代続けて同じタネを継承しているというのはちょっと聞いたことがない!(・oノ)ノ

もはや文化を守るためといったほうがいいですね。それに北村さんの生き様は自然保護運動にもつながっています。

わさびって神がかってるんですよ、ほんと。その生態は理解できても生息システムまではちょっとやそっとでは作れない。

まずきれいな水じゃないと。でも綺麗なだけでは大きくならない。人間が食べるのはいわゆる根茎という部分で、根じゃなく茎なんですね。

だからいくら根が張って葉が伸びようとも根茎が育たないと意味がない。

かつて、天然わさびを求めて料理人さんや山の番人、編集者たちと北陸のある山を探検したことがあるのですが(スパイスジャーナル10)、けっこうあちこちにわさびの葉はありました。(と言ってもそれなりに秘境)

ただ根茎が太く育っているものはまずないんです。その山も乱獲防止のために立ち入りの管理がしっかりされてる山なのに。

これはいつになったら食べれますか?なんて野暮なことを聞くと、「さてはて、それは自然が決めることやから誰にもわからない。もしかしたら来年大きくなってるかもしれないし、あと3年かかるかもしれない」と言われました。

わさびの根茎が育つにはいくつもの奇跡が必要と言います。

まず清流であること。次にその水に栄養があること。わさびは水の中の栄養分を吸い上げて育つのです。ミネラルがたっぷり入ってないとダメ。

次に根が生える隙間が必要。わさびの根ってすごいボーボー(笑)根茎の倍くらいのふくらみがあり、ヒゲのように細いです。それほど栄養分を吸い上げないと根茎までは育ってくれない。

そして水温。8〜16度とも~18度とも言われます。まー平均して13度かそれちょい以下でないと。

さらにさらにこの水が流れ続けてないとダメなんです。わさびってデリケートなスパイスだからすぐに腐ったり育つのを止めたりするらしいです。

単なる水たまりではダメ。形状によっては自分の抗菌作用で自ら中毒を起こし、生育を止めるか時に枯れてしまうことも。

ね、めっちゃ日本っぽくないですか?

僕なんかが思うのは、あーやっぱり日本は水の国なんだなとつくづく。スパイスで見ていくと面白いんです。世界はどこも油だから。でも日本だけは水。そして世界に代表するスパイスがわさび。いやーまさにココでしょう。

北村さんを取材中、足元に落ちている種の話になりまして、ゴマほどの小さな粒があちこちに落ちていて、よく見ると芽を出しているものもあるんです。

生まれて初めて見ましたよ!わさびの芽。

今まで静岡のわさび農園を取材したことがありましたが、あの時は豪快なワサビ田と調整作業、わさび製品などを見ただけでした。

でも今回は若芽!しかもその辺の足元に。こんな小さなものに感激は特大です。

この村では年間13度平均の水が計測できないほど延々と湧き出ていると言います。あとでネットで調べたら十戸滝というのが農園のすぐ裏側100メートルも行かない場所にあるようで、これこそが兵庫県を代表する水の里なのだそうです。

ましてやこの辺りは数万年前に火山が爆発して溶岩でできた裾野と言います。ようはミネラル分たっぷりの水が溢れまくっているというわけです。


あの向こう側に尽きることのない滝が

この万年レベルでの地球の呼吸と言いますか、そう言った我々人間にはどうすることもできない次元の力でもってわさびというスパイスが育つのだと思うともうしびれまくってしょうがないのであります。

その自家採種という伝統と、奇跡の自然を守るために日々働いているのが北村さんです。単なるわさび農家じゃないとビンビン肌に伝わってきます。

最近は同じ水を使って自生クレソンを守る活動もされています。これもまためちゃくちゃおいしかったです。

クレソンの持つ辛味も実はわさびと同じシニグリンという成分。つまり細胞を崩すと酸素に触れ、そこから辛味が出るわけです。


北村わさび農園の淵にも自生わさびが。こちらは土に生えている、いわゆる畑ワサビというやつ。種は同じです。

わさびもクレソンもとても薬効ナブル(カワムラ造語!)なスパイスです。その源が水。水は綺麗な土壌と溶岩石などの条件が揃うことで栄養豊かになります。

その源は火山と雲。まさに地球ですやーんsuncloudrainthunderグレイツっ!

いや大げさじゃなく、わさびは本当にそのことを凝縮して伝えているスパイスだと思います。スパイスはどれもナチュラルなものばかりなのですが、その先にあるものを見ていくともっと深くて面白いと昔からそう思ってきました。

健康で美味しいわさびをこれからも食べたかったら、何をすべきかよくわかる話ですね!

 

最高でした!北村わさび農園という学び舎。みなさんにもぜひ一度行ってもらいたいです。

 

神鍋高原は年中素晴らしい自然美が溢れている場所です!

 

ほな!



落ちている種から新芽が


わさびの根や葉を綺麗に調整していく北村さん。一本のわさびを何分もかけて手入れしていく。

同じスパイスでも各社違うもので




先日、雑誌の仕事でスパイスのテイスティングをやりました。スパイスですからちょっと味を見るだけではありません。

1日1回こっきり。同じルーティーンを3日間続けます。もちろん料理にも使う。

その上で例えば同じターメリックでもメーカー?ブランド?によってどう違うか、という話です。

僕は以前から、同じ種類のスパイスでも質は多様という話をよくしてきたのですが、それは農作物だからということが前提。要するに農地環境や収穫時期、管理状態、品種などによって変わりますねということです。

でも今回の雑誌の企画はメーカー別なのでちょっと訳が違います。

で、何であれとにかく一度テイスティングしてからということだったのですが、これが想像以上に違い驚きました。

日本の会社の場合、ブランドが違ってもきっと商社や問屋は同じ、つまり同じラインのスパイスってこともあると思うんです。

またいくつかのラインのものを少しでも均質化させるためにブレンドしているところもあるのではないでしょうか。茶やそばがそうであるように。

つまり何が言いたいかというと、各社で方向性があると思うんです。はい、そうだと信じて今回のテストに挑みました。

そこでやっぱり見えてきました。各メーカーの方から直接聞いたわけではないですが、ははぁこの社はこんな方向性なんだななどと舌の上から伝わってくる。

同じチリでもそれがアジア料理向きなのか、ラテン系なのか、はたまたややラテン系だけど世界のどこの料理にも使えそうに特徴をあえて抑えているとか。

コリアンダーなら香り重視で味は軽めとか、双方ともに控えめとか、逆に双方ともに押しが強いとか。

基本的なスパイス4種について調べたのですが、最も特徴がないといいますか、どの社もほぼ同じと感じたのがクミンパウダーでした。やはりクミンはタフだなぁとあらためて思いました。クミンは生命力の強い植物のはずだから。

ここまで差が歴然とあるとなると確かに使い方もコントロールしたくなってきます。

今まで長年の間直輸入ものばかりを使い続けてきた僕ですが、その品質の良否、ばらつきに悩まされてきました。

が、日本メーカーの場合はそうではなく、特徴に合わせて使いこなすという世界観は大いにありそうな。

日本の場合はまず間違い無く品質については完璧でしょうから、スタート地点が僕が使ってきた直輸入ものとは違います。

そういう意味で今回あらためて日本の企業の努力というか凄さがひしひしと伝わってきました。これはおべんちゃらでも気づかいでも無く言い切れます。

質は十分、後はどう使いこなすか、です。詳しくはその雑誌を見ていただけると嬉しいです。

雑誌の名は『モノクロ
1/19発売の3月号です。

ご期待ください!

今年の?も!?抱負

スパイス観について僕の場合、昔から言ってることがほとんど変わらないわけですが(進歩がない!?)、せっかくの正月だし、僕のことを知らない人たちに知ってもらうという意味でも、昨夏に幻冬舎から出した『おいしい&ヘルシー!スパイスレシピ』の書店用ボードをブログに貼っておきたいと思います。

旧知の友やお客さん、読者方々はもうご存知かも、ですが、ところで君なにやってる人?って方々にご一読いただければ嬉しいです。

書店用ボードの原稿なので、写真やテキストが上のほうに偏ってます(笑)

このようにごく普通の一般人の僕が本なんぞを書かせてもらえるなんてのは、皆さんの応援あってのものだと日々痛感するのと同時に、とても光栄なことだと思っております。

ただただ感謝しています。ありがとうございます!

ほな、これからも仲良くしてね!🐗🍳pc📚
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謹賀新年2019

今年もよろしくおねがいします。

みなさんはどんな年末年始をお過ごしでしょうか?

僕の年末はずっといつも通り。仕事と家事に追われたままです😅

お勤め人の多くが29日(金)で仕事を終えているというのに、30日(土)に「カンボジアへ行きませんか⁈」などと数人の編集者にショートメールを送るという空気読めないっぷり。
返信があったのは一人だけでした(笑)

いつもとちと違うとすればカミさんが25日に入院したことくらい。でも全然本人は元気でして今回は病気じゃなく整形外科で。

前々から計画していた股関節の人工関節手術です。片方は2年前にすませていたのですが、もう片方が痛くてしょうがなかったみたいでずっと杖が手放せない状態でした。

26日に手術して31日にはなんとか歩いています。ますますターミネーターですね〜

本格退院は一月末の予定その後はリハビリが待っています。なので僕はまだお抱え運転手続行の運命。

僕は残り物を捨てられないタチでして、12月はおかげさまで多くの料理の仕事もさせていただきましたが、その分食材も多くありまして。

そこで入院中のカミさんにあれこれ作って持って行ってあげるわけです。ついでに看護師さんたちへの差し入れも。

こうして結局いつもと同じ、料理研究、家事諸々、執筆という生活です。

さて2019年の楽しみといえばまずこれ。1/5-6に梅田蔦屋書店にクラタペッパーの倉田さんがやってくることです。

倉田さんはスパイスジャーナル14やネット連載の職人味術館で密着取材させていただきました。

プノンペン本店がせっかく移転したというのに、立ち退き?かなんかで再び移転を余儀なくされているとかで正月早々大変なようです。

でも僕としては4年ぶり?3年ぶりにお会いできるのが楽しみで。

あとは14日にピーエイジバー時代にもよくライブに来てくれたコング桑田氏の芝居があること。

今は亡き中島らもさん率いるリリパットアーミーのマスコット的?存在で、声優、パーソナリティ、舞台俳優として大きな舞台でも活躍中です。

作者はいつも珠玉のストーリーを生み出すわかぎえふさん。役者との噛み合わせが毎度絶妙で楽しみです。

仕事もおかげさまで忙しくさせてもらえそうな感じです。というか2019年は今までのようにべったりと炊事係をやってる場合じゃないというか。

プライベートごとですが、2月には居を今の吹田から西宮の山手へ移します。おふくろの認知症がどんどん進んでまして💦

カミさんもいよいよターミネーターいや丈夫になるはずなので、今年からは仕事を退職して家事というかおふくろのサポーターに。

とこのように今年はますます慌ただしい1年になることは間違いありません。

まーそんなことで相変わらず反復横跳びの試練が続きますが、今年も懲りずにお付き合いいただけると幸いです。

昨年は僕の周りではご不幸があった方が多くいらっしゃいました。特にそういう方々にはいいことがたくさんありますように!!

地元の嬉しい華の料理屋『心根』

まずもって店情報をブログなどに書かない僕ですが、今回はちょっと嬉しすぎるので。

僕の地元は大阪北部郊外。豊中市や箕面市、吹田市、茨木市など7市を北摂と呼び、中でも高槻市は最も山林面積が広い(約48パーセント)上に、繁華街も大きく活気に満ちており、鉄道も新快速や特急も止まるような超便利なところなのです。

この街の北部、京都亀岡との境に位置する明神ケ岳(標高約523m)の中腹に、今年12月『心根』という料理屋ができました。

店主の名は片山城さん。元は枚方山手で店を開き、縁あってこの地、樫田集落に移転されました。40代前半のバリバリの盛りです。

開業前の片山さんについて、同じ樫田地区の熱い人たち3人を取材した記事もありますので、ぜひ読んでみてください。→あまから手帖2018年5月号

レセプションに続き、昨日は本番営業時間に客として遊びに行ってきました。

枚方時代からお噂は聞いていたのですが、なかなか行くことができず、ようやくのフルコースです。

料理は次の通り。

濃厚なお茶で始まり、まさかの前菜ご飯


うっすらふんわりの海苔、鯖、銀杏、ブロッコリー味噌漬けなど


シマアジ


まったりねっとりの芋


香ばしい鹿肉


隣家のしいたけ

Photo by Midori Sawano

セコガニと木の芽ソース、ビストロガノミー的ムース


猪肉とレア削り節


綺麗な菓子と茶




以上、一人15000円(税別)。

外はしっとりと雨が降っており、屋根が黒光りしていい味わいでした。

料理を一つ一つ噛み締めていると、片山さんの持つ華は森が舞台なんだなぁとつくづく。

大げさな話じゃなく、ただすぐそこに佇む木々や草花の息が器の中から聞こえてきそうな感じ。

今年5月の取材時にはアマゴなど河川の生き物も作っていただきました。今回は鹿肉やセコ蟹がお出まし。木の芽のソースやガストロノミー的ムースも見え隠れし、和の域を超えつつ、でしゃばらない程度の斬新さも。

季節感、自然の恵み、ご縁、といった今ではなかなか目には見えにくいものがびっちりと詰まっていました。

普通は大阪キタや京都でやるかという感じですが、片山さんはあえて自然の真ん中へ飛び込んでいきました。

高槻市街から車で約40分。JR高槻駅からタクシーだと5000円くらい。店から2キロあまりの場所に市バス樫田校前という停留所があり1日9便出ています。

ふと、森を見たくなったら車で3、40分で行ける、というのは北摂共通の感覚。

一帯は平安時代にはすでに集落が存在していたと言われ、明神ケ岳の樫船神社や通称城山の臨済宗妙心寺派桂香寺、すぐそばに神宮寺など数々の寺社仏閣が鎮守。

片山さんがきずく森の息吹。単なるグルメとは一線を画した世界の誕生です。自然あってのそれは古の蘇りとも言えるかもしれませんね。

現在この一帯には他にも面白い人たちがいろいろやり出していて、じんわりと盛り上がっています。

2018年版ニュースページを更新しました

カワムラケンジの2018年版のニュースページを更新しました。

こちらは主にメディアに取り上げていただいた情報を記録しています。今年はラジオが多かったです。

各メディアの方々、お世話になりありがとうございました。来年も少しでも注目していただけたら幸いです。

キッチンを掃除していよいよ自作の食器を




久しぶりに我が家のキッチンを掃除しました。
といっても家そのものでなく、あくまで僕のモノを大掃除しただけなので中掃除。

今までやってきた店やキッチン&オフィス(かつてのスパイス料理研究所)のかなりのモノを人にあげてきたわけですが、それでもまだまだ小さな店くらいなら出来そうなほどモノが溢れています。

そこで取捨選択を生き残ったものとして、自分が焼いたへたっぴな食器があります。

飲食業の道に入ったのが16歳。そして食器に興味を持ち出したのが20歳の頃。最初は食器を飾るインテリアとしての鉄細工から始まり、その道の作家さんの工房に通い出し、次はガラス工芸作家へ。その方は僕が勤める店のワイングラスを作っておられました。

その後はボーンチャイナのプレートにどハマり。ナルミやノリタケは支社のショールームまでなんども通って見惚れたものです。

23歳で生まれて初めて自分の料理のための食器を作りました。当時は高級スポーツクラブのラウンジ運営を委託で請け負っていて数々のヘルシーメニューを開発しまくっておりました。

その中に、茶そばや手作りわらび餅などの膳「竹取物語」なるメニューがあり、その食器もオリジナルに徹したのです。

あれこれ考えて調査を経て、竹細工をすることに。竹そのものも自分たちで収穫します。産地は店からほど近いクラブの会員さんが所有する竹やぶ。

スタッフたちと共に5、6本切ったでしょうか。それを持ち帰り、好みの形に整形していくんですが、ど素人だからそれでは全部割れてしまいます。

竹は硬くて丈夫だけど縦にすぐに割れてしまうので、よくよく乾燥させてから細工しないといけないんですね。

地主の方に説明してあらためて収穫に。いろんな方が教えてくれました。こうしてこれくらいになるまで乾燥させるのだと。

そこで準備ができた竹から細かく切っていきます。これがなかなか硬い。なんとか大中小のパーツを整えます。

やや曲線を持ちつつも長細い形の皿は副菜やデザート用に。幅1センチほどの棒はタコ糸で編んでそばを載せる簾に。細い部分は輪切りにして上部を薄く削ってそば猪口にしました。

素人なりにこれがまたいい感じで実に好評でした。

こんな風に僕は常に食器への思いが料理と同じくらいあるわけですが、2007年には兵庫の陶芸教室まで行って、ターリーというインド料理を載せるプレートやプレート、お椀、小皿などを何度も作成。

教えてくださった方は、下手くそがいい格好したがったものほどダサくなって、下手くそでも素直に焼いたものほど少しずついい味が出てくるものだ、と言うのですがその言葉がようやくわかってきたような気がします。

今回掃除してて、これは捨てられないと思ったことはもちろん、今までも使ってはいたけどあくまで補欠的存在だったものを、これからは最前列にしようという気になりました。

というのも今でもたまに食器は見にいくし、取材でもしばしば注目しているのですが、自分が焼いたものって否が応でも超オリジナルであることに気づきました。

それに何より、陶芸の先生が言うように、捨てずに残してきた自作の食器はどれも実に味わい深いものだと思えてきたのです。

あえて指や手のひらで整形したものばかりで、色は基本的に白色ですが、釉薬をつけてないものもあって、それらは薄茶色。

とはいえスパイスべったりだとやはり染まってしまうので、それも今まで料理を選んできた理由です。が、何枚かはスパイスが染まってしまったものもあり、それはそれでまたいい風合いになっているようにも思えます。

というわけで、今後は遠慮なくスパイス料理にも使っていこうという心意気です。

来月は3回合計20ほどの料理を作成する予定ですが、積極的に自作の食器を使おうと思います。

ウッシッシ〜楽しみです(^ω^)



執筆と料理の秋

昔から秋は食欲とか読書とか言われてきましたが、完全アウトサイド街道を生きてきた僕にはまったく無縁でした。

それどころか、16歳から料理を提供する側になり、20代後半からはものを書く側になってしまい、いやはや人生はやっぱ不思議の連続ですね。

しかもこの10年は家事にも追われるというさらなる不思議な状態に。10代はバイクで駆け抜け、20代は酒と女と博打に…というと引かれそうだからこの辺でやめといて。

それが今のカミさんが大病して以来、ジャンル的には10代から変わってないけど、立ち位置が正反対になりましたね。

もっとも身近な家族であるカミさんのために食事を作り、買い物、送り迎えもセットでやるのが毎日の仕事に。

掃除は半々というか力仕事は僕で、細かいのがカミさんに。ただ、彼女は元々読書の虫で、僕は教科書すら売っちゃうようなアウトサイダーですから、まさか書く仕事なんてするとは誰も思ないわけですが、そんな僕の不器用すぎる文章をカミさんは偉そうに校正の上の校正をしてくるのです。

それって何かというと、通常の編集者はアカや指示を出してくれるものですが、カミさんの場合は、あーつまんない!とか、むつかしい!とか、飽きる!とか、お前それじゃ僕が勤めてた超ガラの悪い、でも澄んだガラスープが自慢の中華屋の超わがまま客と同じじゃないか、と。

アホなこと言うな!となるのですが、お客と同じだと思うとそれこそが一番大事なフィードバックとなるわけで、悲しいかな言われ放題の現場で育て上げられてきた僕としては否が応でも必死になってしまうのです。

で、こんなムカつく生活の中で今度はおふくろが認知症になってしまうのです。

これはもう説明不可能。うちの場合は進行がなかなか早い方のようで、外見的には兄貴の嫁さんと同居なのでよかったね、となりそうなもんですが、実はその逆で、それがもしかしたら原因で認知症になっちゃったんじゃないかと言われるような状況で。

具体的にはおふくろや義姉のプライバシーのために黙っておきますけど、とにかく杓子定規な物の考え方は全く当てはまらない。

医療関係者や介護福祉関係者の友人に相談すると、これは完全に要介護上位レベルだそうで、対策としてはケアマネを変えるのがいい、とアドバイスを受けるも、その権限は僕にはない。

土壇場が続き、自分なりにいろいろ考えました。本当この10年、特にこの2年はますますハードに。何度逃げ出そうかと思ったかわかりません。

でも、元アウトサイダーだから、僕にとっては時と共に内側に、家に、ここでは家族に目を向けて行く運命にあるのだろうなと、思うわけです。

子供の頃、どれだけ憧れても手に入らず、完全に諦めて脳回路から排除した夢の数々。

文頭にあったように、自分の人生は世間と逆だと言うことをすでに悟っているわけですから、今はわかっています気付いています。

今では家事こそが料理研究のための何よりものいい仕事現場になっています。おふくろのための食事もさらに幅を広げて底を深くしてくれています。

言いたい放題のオバハンと、自分の歯が4本しかなく頭がぶっ飛んじゃってるお婆さん。お客は僕に選べないのは当たり前で、その上全く遠慮のない究極の2人が毎日の客。

逃げたら、人生そのものを否定することになってしまう。受け入れざるを得ませんね〜(^_^;)

ここに来て、今年も例に漏れず、著述が多忙になる秋。文才なんてかけらもない僕ですからズズッずっと勉強です。偉そうに若手を引き連れるなんて人生はたぶんこの先もないのでしょうね。

昔は常に人が周りにいて、長い間いろんな人間と共同生活をしてきましたが、今思えばあれほど楽しい時間はなかったな〜なんてね。

今は孤独が仕込みの第一歩みたいな仕事をしちゃってます。孤独がないと著述は難しい。やりたいことやって、食べたいもの食べて、いつも誰かとベタベタしていると、自分を俯瞰してみることはできませんから。

ただ、その俯瞰されたものが人と共有できなければ売れないわけですけど。今はみんながとにかく誰かとベタベタする時代になっていると言う仕事仲間もいます。確かにそんな気配もあるな〜

SNSでいいね!押してないと干されちゃうとか。本当かな?と思うけどどうやら若者の間ではそれがイジメにも繋がっているのだとか。

なんだかよくわかりませんが、そう言う人が増えていくと、そう言うものしか売れなくなっていくのは当然のこと。

でも、まだまだたくさんいると思うんです。まずはちゃんと俯瞰して、推敲と校正を重ねてこそ成し得る、真っ当なノンフィクションといいますか、時に演出もあるでしょう。とにかくプロの作芸に面白みを感じる人が。

ま、僕は世の中や他人を評論する立場にはいませんし、とにかく自分自身のことで精一杯というのが現状。

さて、大きな企画が一本終わって、ちょっと一息つけるようになった今週。来週からまた次の企画に向かって走っていかなければなりません。

読書は今なお苦手ですが、その分お前は書け!食欲の秋だから人のために家族のためにうまいものを作り続けろ!

そんな風に神様から言われてるみたいな。
あぁ〜誰か僕とデートしてくれへんかな〜







9月10月と、

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