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どうでもいい話、寄り道したいときにおいでやす

つぶやきウィークリー

さっきちらっとツイッターにも書いたのですが、ポルトガルやスペイン南西部でも異常熱波らしく、ここ数日は気温45℃を超えているとか。

地中海のマヨルカ島は僕にとって料理のイマジネーションの巣窟のような場所。

油や漬物、スパイス、酒、カフェなど影響を受けたものは数え切れませんが、特に惚れ込んだオリーブがどうなってしまうのかと心配。

マヨルカ島のオリーブが世界に誇る超一級品に育つのは、アフリカからの乾いた風が理由だと島民は口を揃えます。

でも最近は熱風なのだとか。多くの植物は発育に適温というものがありますね。オリーブは大丈夫なんでしょうか。

いまだスペイン産にオリーブとオイルしか使わない僕としては心配でしょうがないです。

さてそろそろ本題へ。

6月の新刊売り出し以来、プロモーションと仕事が重なって時間が超特急で走り去ってしまいました(涙)

というわけで恒例の写メつぶやき方式でもってここ最近を振り返ってみたいと思います。


7/13 那覇から船で約20分。近場の穴場の沖縄離島にやってきました。最高に美しい空と海と風で一切の邪気が浄化された気分です(*゚▽゚*)


7/15 書店トークショーを終え、夕刻発の飛行機で大阪へ。台風や豪雨など自然が厳しいところだけど、このように穏やかに晴れると本当引っ越しちゃいそうになります(๑˃̵ᴗ˂̵)


7月下旬。新刊のプロモーションが一段落したところで、次の仕事へ。大阪で本当に愛されているカレーとはどんなものか?やっぱりインディアンカレーは偉大だなぁ。


ネットもSNSも情報誌もぜーんぶ無視してひたすら自分の足で歩き続けるのが僕のスタイルですε-(´∀`; )


知ったつもりの店ほどわかってないもの。あらためて距離をもって頭を空っぽにして体験していきます。


自分に嘘はつけないな〜と思い、素直にその店のその国に日常食。まったくメディアもブロガーも騒いでないけど、これが僕にはしっくりくるな〜

他にももっといろいろ食べました〜
10日以上をかけて食べたカレーは15食。閉まっていた店は4軒(涙)

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食べ疲れて知人のスパイス問屋でインド製クルフィとチャイをご馳走になる。あ、新刊でもいろいろ協力してくれた「サルタージ」のシャーム社長です。

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再び大阪カレーを食べに行きます。

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ラジオ出演のため神戸へ。打合せはインド料理店。よく年間何百食カレーなんて自慢してる人がいるらしいけど、僕は20年以上前から数え切れない状態になってます(OvO)。僕みたいな人は日本に五万とは言わないけど、5000...500人はいると思います。どうってことないです。

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新刊プロモーションを忘れ、ついつい脱線してしまいます。これ高槻で作られている世界トップクラスの辛さを誇るキャロライナーリーパーというレッドペパー。カップ焼きそばに半端なくあいますねん‼︎ (グッドフォーヘルス?!)

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お世話になっている柴田書店から本が届きました。あらためての蕎麦の薀蓄本。この本のせいで1日だけランチをカレーじゃなく蕎麦になっちゃった。

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あてにしていた今時のヤングいカレー屋が閉まっていて呆然と灼熱の中を歩いていると、まさかな場所にカレーの看板。これがとてつもないオリジナリティとクォリティに感動!

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僕が監修した姫路信用金庫発行「ひめしんSmile」が届く。想像を絶する写真&デザインのクォリティにこれまた感動(*゚▽゚*)

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周囲の人々は「あ、あそこは…」とありきたりの枠を言いたがるけど、僕にはカテゴリーを吹き飛ばすパワーを感じました。日本橋の「黒岩伽哩」さん。スパイスの引き算をわかっていらっしゃる。

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神戸でFM那覇の収録!ラピス和尚さんという方は本物の和尚さんでした。文化は何よりもの癒しであり供養なのかもと気付かされました。

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またナニワへカレー…今日はいつやろ?(-。-;

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ようやく取材始まりました。カメラマン氏と共に炎天下を行脚。撮影後のごっつあん会。

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一週間あいてしまいました。おふくろサポート。猛暑の中、腐ったご飯を食べちゃってました。もう気づかないんですよね。とりあえず何回分かのニューご飯を炊きまして、おかずもあれこれ作りました。もちろんスパイス尽くし。

ざっとこんな感じの今日この頃です(*゚▽゚*)

いまだまっすぐにしか泳げない

テレビを週に一度10分くらいしか見ない僕だが、日大と関学のアメフト問題はカミさんから教えられて以来ずっと気になっている。

というのも中学の時からアメフトには格別の興味があったから。しかし当時はアメフト部がある高校が少なく、僕が住む校区では一校のみ。

ちょいワルのちょいチープだった僕は進路を決める3年のとき、駄目元で担任教師にその高校の名を言ったら「お前に行けるわけがないやろ!」と大笑いされたことをよく覚えている。

その高校は、北大阪では知らないものはいないであろう、山手のおぼっちゃま私学である。

正直な教師の言葉に覚醒した。頭も金も足るわけがなく、それは淡い憧れで終わった。

アメフトの何がいいのかというと、一つは身体そのものが武器であること。

ガキの浅はかな目線で恐縮だが、その肉弾戦ともいうべく全身でぶつかる姿を見て、これだと思ったのだ。しょうもない駆け引きも小技も不要に見えたのである。

僕は昔からややこしいことが考えられない。特に人の裏とか嘘とか操作とかそういうやつは脳内のギヤが錆び付く感覚になってしまう。

得意なのはなんというか、風や雨、海の様子、気温と湿気、人の気迫や軸みたいなものに対してはとてもわかりやすい。

ラグビーではあかんのか?と教師に突っ込まれたが、ラグビーはなんだか賢そうだ。アメフトは頭より身体そのものというイメージがあった。ごめんアメフト選手。

あとはチアガールのイメージもあって…

中学の3年間、僕は水泳に明け暮れた。朝も夕方も日が暮れるまでクラブ活動一色だった。くそまじめなものではなく、部員が家族のようなものだった。練習もイタズラも、辛い話も楽しい話も全部分かち合えた。

もしかしたらそう思っていたのは僕だけかもしれない。でもそれは大した問題じゃない。中学2年の時の親父の急逝によるショックを救ってくれた場所だった。

どんなスポーツでもそうだろうが、肉体だけではなく精神も同じだけ重要な武器である。

その質はスポーツによって様々だと思うが、水泳はまず孤独との付き合い方がものを言う。味方も敵もない。

そして次に余所見や寄り道はあり得ないということ。サッカーのようなフェイントもなければ、野球のようなチームプレイもなければ、マラソンにように景色が変わることもない。

ただひたすら耳を劈く水の中で、全力を振り絞り、でも距離やその日のレースによってペースを考えつつ、ただただブレずにまっすぐ泳ぎ続けるだけなのだ。

たまに考えることがあるとすれば、弱点や悪い癖を克服できているかということくらい。入水ポイントはより遠くでできているかとか、バタ足は膝を曲げずに波打てているかとか。

水泳ってそういう意味では、かなり職人世界なのかもしれない。

アメフトに憧れた中学3年当時。僕は真っ黒に日焼けしていて胸囲は1メートルのマッチョ体。趣味はレッドツェッペリンのギターコピー(超下手くそ)と音楽テープの編集だった。

国語の授業では本が読めないし、音楽の授業では泣き出してしまうほど人前に出るのがなによりも苦手で引っ込み思案。

なのに水泳部では部長というアンバランスさ。2年の時から受賞役や選手宣誓もやらされてきたし、水泳部新聞も書かされた。新入生およそ500人を前にして水泳部の話もさせられた。そのたびに心臓と精神が壊れそうになったものだ。

良くも悪くも神の仕業に違いない。

そんな中で、宣誓はやりすぎて今でもはっきりと覚えている。

宣誓!
我々は、スポーツマンシップに則り、最初から最後まで正々堂々と戦いぬくことをここに誓います!
ナンガツナンニチ!茨木西中水泳部カワムラケンジ!

三つ子の魂百までか。頭の中がいまだにこのままで困っている\(//∇//)\

親はどこまで行っても親だった

以前に少し語った親のサポートの話。

その後は色々家庭の事情がいい方向に整いつつあって、以前ほど拘束されることはなくなった。

現在は片道1時間を週に1〜2回ほどのペースだ。

不思議なことに、そうなってくると仕事が多忙になって、家のことでいっぱいいっぱいになると同時に自分個人の生活についてももうあかん!ってところで救われた感じ。

日本の介護システムの一長一短が垣間見れてとても勉強にもなった。

本当杓子定規じゃないことを痛感するばかりである。特に要介護や要保護などの認定の部分については不可解なことだらけだ。

ピンピンしてるのに厚遇な要介護や要保護の資格を持つ者がこの世にあふれているのはなぜか?とか。

昔住んでいた団地に、普段は車椅子に乗って駅前や病院をうろついているのに、団地敷地内に入るやいなや車椅子を降りのびのびと上を向いて歩き自分で先まで乗っていた車椅子を押して部屋に入っていく兄ちゃんがいたが、まぁそう言うことである。

ネガティブな話は以上にして、とにかく最近のおふくろはますますヨシモトなんて目じゃないくらいボケが冴え渡っている。

そんなある日カミさんがポツリ。
「そろそろあんたは距離を置いたほうがいいよ」だって。

なんじゃそりゃ?
「どこまで行ってもおかあさんは母だから尊重してあげて」

最初はちんぷんかんぷんであったが徐々にわかってきた。

色々あるが、早い話がシモのことである。大人のオムツなるものがあるのだが、そっちの方の話。

娘の場合は色々な関係性があるそうだが、息子と母親の関係における限界点はだいたいそこなのだとカミさんは言う。

その先は実は他人がよろしいことは医療業界でも常識的なのだとか。

「あんたがやってきたことは片鱗でしかないから。本当の介護はこの先」と言われて、ちょっと愕然となった。

そうか、僕が今までやってきたことは本物の介護の準備程度のことだったのかと。

だんだん介護師や看護師のすごさがわかって来たぞ。

他人だからこそ成し得ること、介護を受ける側にとっても楽になることは多々あると言う。

僕ができることは自分の想像してることよりはるかに少ないようだ。

自分ができること、今やっていることを大事にしていこうって改めてそう思う今日この頃。

山あり谷あり楽しいバージョン

ここでは同じ山あり谷ありでも気持ちのいい話。

ちょっとでも油断するとブログはおろかSNSさえも忙殺の彼方へ消えゆく今日このごろの僕。

でも現代はスマホなんてものがあるおかげで、ごっつええ感じの写真は撮れるわ、最近はQUICPayの方法もわかって便利だし、食後でフーなんて言ってる間にこうして書けるわで凄すぎ。

まー物書きとしては、なんで休み時間にまた書かなあかんねんと紙一重なわけだが。

3月は結局休暇を2日、そして今月は今のところ1日とることができ、なんとか人間らしいプライベートを送ることができた。

例によって写真で一気に。


3月中旬になんだっけ?生駒山系⁈あ、二上山だ!登って来ました。なかなかポピュラーなハイキングコースらしいが、岩場の頂きを超えたり、高さ30センチかそれ以上のきっつい落差の階段も多く、こんなんでチャラいのが登れるんか?と思ったら、向かいから上着を肩にかけた白髪の70歳くらいの人や、バッグを持ったこぎれいなおばちゃんとかとすれ違う。うっそー⁈

するとダチが、山頂近くまで車で登れて駐車場があるからそこに車をおいて弁当だけを食べにきとんねん、だって。

そうか、足腰の弱い人でも車と助っ人さえいればこの景色が楽しめるんや。ええがな!



カミさんの好きなレストランが神戸にあると言うのでいざ。東京時代によく行ってた店なんだそうな。ふと港を見ると、ボーッと黒い影が目に入る。潜水艦や!イカツイわ。



箕面へ買い物に。うちのカミさんは身体的な壁で移動が困難なので日々の買い物はこうして僕がバイクでチャチャっと行く。仕事の合間の息抜きとして今はいい時間と思えるようになった。



近所の公園。平日からガキと小マダムと大マダムが溢れとる。



茨木の弁天さんで夜桜やってると言うので行ってきた。インスタ映えっつーんですか?こういうの。



鬼瓦をいかにして笑わせるか、まだ芸が未熟なので桜の力を借りに、兵庫の読売カントリー桜ショートコースへ。リハビリにしてはきついかと思ったが、歩き切りはりました。



桜を追いかけに摂津峡へ。この後、先日の桜コースで自信がついたからという理由でハイキングコースへ。でもカミさんの荷物全部持って、一段一段肩を貸して。
僕はまるで罰ゲームか虐められつ子のようだった(〃ω〃)

以上!
ほなまた。

大げさでなく人生を変えるエキスポシティ

興味のない人にはどうでもいい話だと思うけど、いやすごい!エキスポシティのバリアフリー環境。

なにがすごいって、まず車をどの駐車場ブロック(ABCなどと棟が分かれている)に止めても、そこはすべてバリアフリーで、車いすも楽々のエレベーターもばっちりそろっていて、なんとなんと各エレベーター付近にちゃんと車いすが完備されている。

これは建物の入り口付近にも配置されていて、なおかつコイン式(100円を入れてロックが解除されるもので持ち出せないようになっている)で安心して利用できる。そして何より台数がめちゃんこ多い。(通常は2,3台置いてあるだけで、単に置きっぱなしなので、停車場所にないことが多い。さらに汚かったりボロボロだったり意外に荒れているところが多いのである)

さらにエアロパーツ的な抵抗の少ないかっちょいいいタイヤで、シートもちゃんと安定しているうえ、厚すぎない程度のクッション入り。

ブレーキも柔らかだし、機動性もしなやか、かつ軽快である。めっちゃ詳しいわけではないが、これほどに質のいい車いすがある施設は今のところ他に知らない。

殆ど勘のないうちのカミさんが、年に一度か二度の鋭い勘で、ここが多分一番いい、と選んだのがエキスポシティだった。なにせ三井不動産のプロデュースだから、そういった人の暮らしの環境のことは熟知しているだろうとの読み。

通路も樹脂製で乗り心地もいいと思われる。

さらにさらにもっと嬉しいのは、通路が広いこと。

これ、おそらくちゃんと計算されていると思われる。

メインが最も広くて、マナーの悪い大阪人でもいつのまにか右か左側を通行してしまう流れを誘導していて、そこから一歩店内に入ると、車いすでいえば3台分くらいの道幅があり、せせこましいはずのスーパーでも棚と棚の間でも2台くらいがゆうに行き交える道幅になっている。

これ、おそらく今どきのどでかいベビーカーを考えてのことだと思うが、それと車いすが絶妙に同調できているというわけだ。

エキスポシティのある場所は丘陵地がゆえに、なだらかな斜面となっているが、ここにうまく建物が配されていて、同時にバリアフリー用のエレベーターもちゃんと各ポイントに配置されていて驚いた。

昨日はニフレルに行ったのだが、こういう場所でもちゃんと車いすの目線で楽しめる高さになっている。これも偶然ではなくおそらく計算されている気がする。それくらい何もかもがちょうどいいのだ。

最初の頃は、道が慢性渋滞になってしまったし、行っても別にどうってことないし、不要なものを作りよったなぁとしか思っていなかったけど、車いすを転がしてみて初めて、あぁこれほど年寄りと子どもに配慮した場所は他にない、と感動した次第。

飲食店などのテナントはまだわからないが、少なくとも本館3階にあるフードコートも、完全バリアフリーな上、車いす(ベビーカー)も楽々入れるスペースと、テーブルのセッティングになっている。いやぁすごい。

元々活発な性格でひとりであちこち行ってしまうような行動派だったおふくろ。

でも年齢による衰えだけでなく、若いときに背骨を骨折して、それが前傾していく背骨にS字の曲がりが加わり、内臓機能にも影響をもたらしている。

大好きだったデパートはもちろん、駅前のスーパーも、近所のコンビニや郵便局さえも行けなくなってしまった。人は動けなくなると、生きる自信そのものを失ってしまうようで、僕がいくら誘ってもどこへも行かなくなってしまった。理屈や杓子定規で打開できるような綺麗ごとではない

その直後に認知症となったのである。今もなお、というか日に日に状況はしんどくなる一方。

そうやって自信が奪われていく人生を送るようになって3,4年が経つ。

そんなおふくろが昨夜、「エキスポシティへまた行きたい」と言った。これは革命的なことだ。

ほんと感動してしまう。

人は目線を変えるだけでこんなに世の中の見え方が変わるんやな~。

スマホウィークリー

いつのまにひな祭り過ぎたんや⁈

相変わらず時間空間がなくなりつつあるカワムラです。

みなさんいかがお過ごしでしょうか?

僕は依然長く険しく、いくつかの企画をひた進行中ざんす。自惚れ企画ちゃいますよん。僕は今も昔も地味な仕事人で、はい。

てなわけで今回も今時スピード技で、スマホの写真を一気にアウトプット。



取材先のデータ用。って日本酒は全然関係ないのだけど。やっぱりうまいですね〜日本酒はアブナイ。


何年間も写真を飾ってくれてる箕面のインド料理店「SOL」。いま展示してるのは昨年のラジャスータン特集です。テーマは火。僕としてはサモサ職人がお気に入りです。


とあるインド人コック調理技術披露会へ。彼は元世界的な高級レストランのシェフを務めた経験の持ち主。シェフとはチーフのことで飲食業界では一般的に調理長のことを言う。料理人はシェフとは言わない。一応。いい勉強になった。


アマゴとヤマメの違いがようやくわかった。って多分何十年も同じこと言ってるよ。今は誰でも楽ちんネットがあるから覚え書きも楽。体に朱色の斑点がある方がアマゴー!


ホタルイカのこういう昆布締めの方法があるのか!味覚的にはほぼわからない。でもないと足らない。そういう目にも舌にもわからないところを手当てする人が本当の料理人なんやなといつもそう思う。

最近はスマホ自体を使えない状況になることが多い。
となると最後はやっぱり文章やね。

ほなまた!

は〜るよ来い

先日久しぶりに赤ちゃんを間近で見てちょードキドキした。

おふくろん家のお向かいさんの娘さんが産んだばかりの赤ちゃんを抱いて散歩していたのだ。

不思議なもので、今日も明日もわからないおふくろが、ベロベロバー!とやると赤ちゃんも負けじとウッへ〜と笑みを見せてしっかりとコミュニケーションが取れている。

人は最終的に食欲だけが残るなんて言うけれど、新生児に触れる喜びもずっと残るんじゃないのかな。

それにしても赤ちゃんはやっぱ可愛い。ほっぺたがぷくぷくで、大人の指をぎゅっと握りしめて、足をばたつかせ、近づくだけで熱くなってくる、生命パワーの塊だ。

どんな福祉や介護サポートよりもこうやっていろんなジェネレーションが無欲に混じり合っている方が絶対にボケに効くと思った。

治癒することは永久になく、発症すると長くても10年生きられない、と言われるアルツハイマー。

最近はようやく家族の態勢が整いつつあって、僕個人の動きはかなり楽になった。この一年でまた何が大切で何がどうでもいいかがより振り分けられた。

昨日の朝いつもの公園へ行くと紙芝居をめくったようになんかいつもと風景が違う。

毎度の朝ヨーガでふと上を見ると、おおっと空が入れ替わっとるやないか〜

空気はまだまだ冷たいけど、この空はもう春にスイッチオンやなぁ。

ということは海ももう変わってるはず。うわぁ昨秋から一回も行けてない。魚釣りに行きたーい!


タイムトンネルから抜けて2

なんでか知らんけど、前回の日誌で後半写真が掲載できなくなったので、別ページで続きを。




26日。うちにある食器を並べていくと、椀タイプが25種、プレートタイプが30種ほどあった。




27日。大阪でも初雪。キュッキュとなる雪は珍しい!掃除機みたいに食べ歩くクロ。




2月2日。沖縄2日目の朝。一人で抜け出して北谷の海を見に行く。この美しさから有事はとても思いつかない。




インスタにもアップしたけど日曜からの七日間で全54種類のカレーを作る。わかる人にはわかってもらえると思うのだけどこの日数でまったくベクトルの違うカレーを54種類はなかなかトライアスロンじゃないかと。
口癖は「料理はスポーツ」。久しぶりに筋肉痛になった。いやほんま。

ほなまた!

タイムトンネルから抜けて

気がつけば2月も半ば。いやはや、今年ももう終わりやねー( ;∀;)

みなさん大変大変ご無沙汰しておりました。いかがお過ごしですか?

僕は完全にスタートレックか宇宙戦艦ヤマトかの時間の概念がよくわからない世界にいました。

人は計画を立てるほどに時間が早くなる、みたいなことを聞きますが確かにそうかも。あー時間が年々マッハになる。いやだいやだ。

僕は有名人でもなんでもないけど、あいつどーしてんねん?とちょっとくらい思い出してくれる人もいるかもしれないので、そういう人に向けて、今年一年の?今年一ヶ月半のダイアリーを写メで一気に上げてみようっと。



1月2日の日の出。というか普通に朝。ええお天道さん拝ませてもらいました。おふくろん家の近所にて。



6日。京都のとあるお店の厨房で鯖寿司をいただく。こういうつまみ食いがまたご馳走感山盛りで。



12日。血圧上昇&精神テンバリ状態が続く忙殺真っ只中(ありがたいことだけど)、ふと隣を見ると日向ぼっこの番犬クロを見て血圧低下。




13日。原稿など宿題満載だった正月地獄を駆け抜け、ようやく今年初の休息日。カミさんを連れて淡路島をドライブ。練り天食べて地酒と魚の干物買って。おばはんは飲むことしか考えていない。



20日。静岡の法事に10年ぶり?に参加。おじさんから親父が寄稿しているという広告業界誌ブレーンを手渡される。親父がどんな人だったのかをちょっとだけ知れて嬉しかった。本は昭和54年11月1日発行。この一ヶ月前に親父は他界している。



24日。取材先でレアな酒をご馳走になる。いまは本当飲まなくなったが、この時はなぜだかシツコクなってしまった。

謹賀新年2018

みなさま、2018年もよろしくお願いします!

どのような年末年始をお過ごしですか?!
僕は相変わらず出来が悪いので、やっぱり今年も宿題だらけ。もうほとんどのことは諦めモードだけど。
こんな時代のせいか、同じ書くのでも重責が伴うことがどんどん増えていく。
売れりゃそれでいい、というクライアントではないことがほとんどなので、その分、暇さえあれば裏とりか確認作業に追われる。
場所が近いと当然、遠くたって、現場でないと理解出来ないと判断したら、経費がでなくても飛んで行ってしまう。
あれ!また来たの!?なんて驚かれるのは日常茶飯事。数歩歩くと、あ、そうだ、もうひとつお聞きしたいのですが、とやっぱり刑事コロンボだとしょっちゅう言われる。若い人は知らん?
年々遠慮知らずの体質になってきているので、ずけずけとどこまでも聞いてしまう。相手は犯人でもないのに疲れるだろうな~。逆に元気になっていく人のほうが多いかな。
でも、さすがに年末年始はみなさん帰郷したり、家族と過ごしたりしているので、ちょっと、とはいかない。
だから今度はレコーダーを聞き続けるのだ。今年はどうだろう。今回の取材では、長い人で4,5時間。短い人で1時間半くらいだろうか。
それが8人分あるから、あー計算するのが嫌になった!
僕のレコーダーは10%刻みで200%までスピードを変換することができるもの。でも、早けりゃいいわけじゃなく、大半は要所を3,4回聞き直すことになる。
そうやってメモを書き起こしてから、さてどのような文体と構成にするのかという流れになり、ある程度まとまったら今度はレイアウトとの戦いだ。
レイアウトは血も涙もない。もともと、かも&だったりの200Wくらいのチャラ文だと、えーそれってなんのこと!?とチョーお気楽なわけだが、人様の人生がのっかった取材を、何千もの文字数でもって書く仕事の場合は、レイアウトの関門はちょっとした博打である。
必死のパッチで書き起こして文章を組み立てたというのに10000Wあったとしたら実際の白場は2000Wなんてことは普通だ。
もっと酷いと歩留まり5%なんてのもざらにある。
デミグラスソースでいえば、ここまで手に豆ができるほどじっくり煮込み続けてきたのに、実際にソースとして使えるのはその半分とか、へたすると1割、いや5分という感じである。
この作業が最もストレスフルなのだ。この歩留まりでは、言葉の差し替えなど小手先では話にならない。
早い話が、ほとんどを捨てるのである。どこまで斬れるか、という断腸の決断を何度も繰り返すのだ。
素人ほど、言い聞かせようとして文章が長くなるもの。だらだら書くのは愚の骨頂、というのは僕が初めてコラムを書き出したときの、とある雑誌の編集長の言葉。
たくさん書いてしまう僕はまだまだひよっこだ。
だから、深い取材をすればするほど、いろんなことを知れば知るほど、行間に託すことが増えていく。
時代は行間とかけ離れていくばかり、らしいけど。
今年も間違いなくマイペースになってしまうと思われますが、みなさん、今後ともよろしくお願いします!
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