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カテゴリー「プライベート」の記事

どうでもいい話、寄り道したいときにおいでやす

2017.11.10

カレーと音楽

昨夜、ゴスペラーズの黒沢薫氏からお誘いいただき、『Spice for Lovers』なるイベントに行ってきた!これはカレーマニアでもある黒沢薫さん主宰のカレーと音楽のコラボイベントである。

何組かの若手ミュージシャンも共演していたのだが、僕の脳にはひたすら、めちゃ可愛い女性ソロシンガー2人と、これまためちゃんこおもろいデュオの女性シンガーの声がこびりついてはなれない。(男性陣ゴメ~ン)

カレーは『デッカオ』と『サッチェズ』という人気の2軒(もちろん大阪の店)が出店。両店共、人をいたわるような味わいで、とてもいい気持ちになれた。さすが黒沢さんお勧めの2店である。

僕たちはゲストなので椅子は女性客にお譲りして、3時間半ずっと立ったままカレー食べのビール飲みの。大丈夫、大丈夫。立たされるのは小学生からの得意技だから。

大阪は老舗ライブハウスのバナナホールでの開催。他の地域でも開催するらしいが、とりあえずこちらは200人はいるかどうかのややこじんまりサイズ(以前の堂山から東通り寄りに移転)。

その上、自由にカレーを食べながらのスタイルだから、実に和やかな雰囲気に包まれていたのが印象的だった。

人と人の距離が近いのは大阪の特徴。お客のほとんどが女性だったこともあってか、僕は周囲の人々とすっかり顔見知りみたいな感じになってしまい、実に安心感があるというか、なんだか懐かしいような。

はて、なんでこんなに懐かしんだろう? そうだ、かつて僕がやっていた音楽と酒と無国籍料理の店『P・AGE・BAR』だ。

それは1991年の創業。毎週末はレコードやライブ、たまに隠し芸オンパレードの『P・AGE劇場』など、とにかくイベントやりまくりで、警察からしょっちゅうお叱りを受けたが、退屈な郊外の住人たちからは大受けだった。

その中で、当時大阪が誇る名シンガーであり、ジャパニーズレゲエの草分けの一人として名高いKAJAさんの日は特に熱く盛り上がった。

14坪の狭い店に多い時は4,50人動員。椅子は25個しかなかったので、立ち見は当たり前。

そしてよく考えてみたらKAJAさんの日は、『ラスタカレー』なる3色のカレーもセットにしていたのだった。

カレーには、本当はブラックオリーブを入れたかったのだが、当時は今のように輸入食料品なんて簡単に入手できるわけがないので3色とした。

赤はトマトのカレー、緑はホウレンソウのカレー、黄色はターメリックライスを。

僕は当時からカレーと音楽は同じハーモニーの世界だと強く感じていて(黒沢氏も今回のステージで同じようなことを話していたっけ)、特にライブとカレーはしばしば組み合わせていた。

そもそもライターとしてのデビュー作は『カレーと憂歌団』というエッセイ。80年代から90年代にかけて、レゲエがKAJAさんならブルースは憂歌団というのが大阪ミュージックシーンの巨頭。

高級デパートでもスパイスは数種類、レシピブックも見当たらない時代だった。いろんな空想に耽りながら、ひたすら各国料理店や先輩料理人を尋ね歩いている時に、ウォークマンに入れていたのが憂歌団の『Taste of UKADAN』(1998年)というアルバムであった。

特にその中の「夢の印度」という曲は、まだ見ぬスパイスの夢を存分に見せてくれた、僕にとってはまさに迷曲中の瞑曲である。

この話は前に、大阪のFMココロ、ばんばひろふみさんの番組にゲストで出させてもらった時にも話したことがある。

だから僕にとって音楽とカレーは、人生の扉を開けた鍵でもあるし、幸せを呼ぶ優しい芸術でもある。

いやはや、昨夜は黒沢さんに誘われ単純に遊びに行ったつもりが、昔のいろんなことを思い出してじ~んとなったり、あらためて頑張ろうとパワーが漲ってきたりで、すっかり心が新陳代謝。

おおきに!愛たっぷりのハードコアカレーシンガー黒沢薫!デッカオとサッチェズカレーにも癒されたで~ほんま!

2017.11.06

結局、1日病院で終わる

今日は同じ病院でも整形での待ち時間だ。最初にカードを出してからすでに3時間が経っている。もちろん主役はおふくろだ。

それにしても郊外駅前の個人経営にしては大げさなクリニックで疲れる。

11時頃に行って「2時間ほどお待ちください、空いたら電話します」と言われたので、いったん昼食を取りに家に戻って、約束の1時頃をめがけてやってきたのだ。

なぜ、電話がないのにのこのことやってきたかというと、以前にもこちらのクリニックで同様「◯時間後に電話しますから」と言われたことがって、いったん家に戻って昼食を取り終えたところで電話がなり、そこから出かけると、向かう車中で「まだですか?今どこにいらっしゃいますか⁈」と強い語気で言われ、着いたら「ちゃんと側にいていただかないと困ります!」と注意を受ける。

それがトラウマとなって今日は頃合いの時間を狙ってクリニックが入るビルまでやってきたのである。ちなみに家からクリニックまでは5分ほどの距離。

だのに先ほど顔を出したら、ええ!なんで来てしまうの⁉︎的な冷ややかな表情で、「あのぅさっき電話するって言ったんですけど?来てしまったんですか?まだまだ1時間以上かかりますけど?」とハテナアクセント攻撃連発。

定例で行ってるのは歯科と内科と眼科。こちらへは一時期定期的に通院していたけど、なかなか体調が良くならないのと受付の女性が怖いので行かなくなってしまったらしいのだ。

近所の住人たちも同じように「こちらのクリニックは女の人が怖くて無愛想だから行かない。行くなら隣駅の大きな病院へ行くことにしてる」と口を揃えて言うからそうなのだろう。

それにしても、まぁたかがクリニックで、オーナードクターだし大した設備もないわけで、まぁ怖い女の人がいても可愛かったらええやん、と男丸出しの発想で余裕なことを思っていたわけだが、さっき行った時に、顔は綺麗なのに目が怒っているのがわかったものだからこりゃまじで怖そうだと認識してしまった次第。

でも今日は朝10時から歯科医院だったのと、何より、今朝転倒してしまい肩が痛くて動かせないというので、とりあえず手取り早いところでってことで、この整形クリニックへ。

ドクターは打って変わって人の良さそうなオッちゃんで、近所ではヤブ評が高いが、まぁそれでも自営してるくらいだからそれなりに凄いと思うのだが。

いやはや、それにしても整形クリニックの女性は確かに怖そうである。先から年寄りどもを弾くようにきつい語気で片付けていく。

高齢者の転倒は、なんでここで⁈といった想定外で普通に起こり、いとも簡単に骨折してしまうのだとベテラン看護師のカミさんは言う。

おふくろに聞けば、お掃除ロボットを避けようとして転んだと言う。向こうが勝手に避けてくれることはさすがのおふくろでもわかっている。

想定外の年寄りが行けるクリニックが近所にあるだけでもラッキーと思うのがたぶん健康的だ。

おっともう4時間になろうとしてるのにまだ呼ばれないぞー

あーイライラしてきた。あの女性もこんなの毎日じゃ疲れてしまうね。実はぜんぜん怖い人じゃなかったりして。

ふむ、わかったぞ!彼女、遊びが足らないんだ!どうよ、俺といっぺん食事でも、と言いたくてしょうがなくなってきた。

2017.10.31

パクチー祭りと三重の虹

おふくろが通う眼科のウェイティングが長いので今のうちにブログを書いちゃOh!

去る29日の日曜日、三重県亀山であったパクチー祭りは実に楽しかった。

一時は台風直撃で開催が危ぶまれたが、主宰の岡田佳織さんが「台風でもゴー。午後3時までに変更!」と鶴の一声で決行。

僕は今は店を持ってないので、仕込みは丸々100パーイベント仕様。何が何でもやるのだ精神でドキドキのワクワク状態だった。

何を作ったかと言うと…もしかしたら今参加者の中で最も普通?かもしれない、サモサとサラダ。

でもパクチー祭りというのだから、そこんとこはこっそりととことん意識を持ってのアーレンジ。

まずサモサだがそのソースにおいて、多くの場合、特にイベントではケチャップかせいぜいそこに辛いもんをちびっと入れたもの出すものだ。もちろんグリーンチャトニがあったとしても、それはミントや輸入物だったり。

いや、それはそれでバッチリ美味しいわけであるが、早い話がコリアンダーチャトニ(パクチーソース)はコストも高けりゃ仕入れも不安定で、おまけに日持ちしないといった、日本ではなかなか商業ベースに乗せにくいものなのである。

というわけで色々策を講じた。

まず、直前日にフレッシュコリアンダーをどう入手するのか?これはフレッシュ命なので頼りないヘナヘナではもったいない。かといって1キロの元気なコリアンダーはないわけじゃないだろうけど、店をやってないとそのルートにありつきにくい。

そこで大阪のパクチー専門レストランGoGoパクチーに相談してみると、なんと在庫をわけていただけるというのでラッキーだった!

オーナーシェフたぶち氏と久々の再会。お忙しいのにパクチー談義で山盛り開花。心身共に香りが滲みたところで家に帰り一気に仕込みへ。

そしてコリアンダーチャトニを通常の倍量、器に入れて準備万端。サラダについても前夜に仕込んで、当日の早朝に器にセット。こちらも鮮度が命なのでへなちょこコリアンダーではもったいない。

今回のサラダは自家栽培と常食の都ヨナグニ風である。鰹節とポン酢、ダシ代わりのツナが決め手だ。これさえあれば与那国島民の如し丼でパクパクいける。なのでそんじょそこいらのデパートに出しても恥ずかしくないくらいの爽やかグリーン感と量である。

こうしてガッツリと球を込めて、車に乗って三重県へ。

台風と聞いていたが、雨にはあわないし、ちょっと風が強い程度でどうってことないズラ^ ^

が、僕が会場に着いたのは10時過ぎ。多くはすでに準備万端で、お客の姿もちらほらと。

で、必死のパッチで準備していたら、昔の常連客は来てくれちゃうし、キラキラ笑顔で目の前に座ってくれる女性はいるし、最近は80オーバーの超熟シニアまみれでしんなり状態だった僕はもう最高峰の絶好調になってしまって。

何を話しているのか何をやっているのか、挙げ句の果てに何を売ろうとしていたのか、おまけにいくらだったかも思う暇さえないというか、まー頭の中がヘラヘラ一色の空っぽカラカラ。

どうやらお客さんたちも3時までってので急いで来ている模様。が、それにしてもこの賑やかさはスゴイ!

気がつけば、催眠術にかけられたように、スパイスの薬効や使い方を延々と話し続けていて、完全にもう一人の自分が僕を占拠してしまった。

だって、いろんな人がこれでもか!ってくらいグイグイと聞きたいこと聞いてくるものだから。そんなの料理教室でも話すことあらへんレベル。

で、これが不思議なことに、喉は強い方じゃないのに、スパイスの話になると声が枯れることはないから困る。こんだけ質問にこたえて自分一個も買わへんかったら怒るでしかし。

と思ったら、目の前のスパイスをごっそりと買ってくれたり。

でもね、今回の商品はサモサとサラダだけが僕の売り上げで、本やスパイスキット、スパイス各種はどれも他社の委託品。言わば僕はアンテナなのである。

夕刻、どうやら後片付けも僕がビリだった模様。岡田佳織さんや他の面々と外に出たら、なんとなんと虹がばこーっでてるやないの。

こんなに色の濃い鮮明な虹を見るのは初めてだ。さらにぼーっと見ていたら、信じ難いことに今度は虹が3つになった。ほんまかいな⁈

これこそほんまの三重の虹やんか。

それにしてもこの天候の中、決して便利な場所じゃなく、広大な会場でもないのに、あれだけの大勢の人がやってくるのには驚いた。

そりゃどこかの広場でやる巨大イベントとは桁が違う。しかし、その人口密度の高さ、屈託のない笑顔の率は限りなく10割に近い。

また、そこには写真や情報に忙しい人や、我こそは的なオラオラ人種も皆無。地位も名声も徒党も不要。実に安心感があって居心地がいいのである。

その空気感と集まる人々の質に、ただただ岡田佳織さんの人柄がうかがえるのであった。

有難い一日だった。

さて、夢から覚めて現実に戻る。
おいおい、病院についてもう3時間半になるのに、まだ検査しかしてないぞ!診察はまだかいな。

1時を過ぎて腹が鳴く。これが終わっても、次は買い物、その後家へ送ってご飯の支度と掃除。そして今日も方程式のない認知症。

三重の虹を胸に。

2017.10.17

イベントを終えて

高槻 食の文化祭、無事に終了。たくさんの方々にお越しいただき、誠にありがとうございました!❗️

お会いできてとても楽しかったです。

おまけに隣のネイル屋さんからお茶とサンドイッチいただき倍嬉しい。

今朝起きた時に、あれれ風邪を引いたか、と思ったら、昨日喋りまくりで喉が痛かったようです。

が、2日目は雨天であいにくのディスコンテニュー。
というわけで、片付けてから、コラボのオーガニックファームhara君と喫茶店で今度はひたすら唐辛子談義。実は辛みに弱い二人ですが話は熱く盛り上がりました。

打上げはなんとかして行きたかったけど、カミさんが体調壊していて断念。 でも僕は昨日の1日でじゅうぶん元気をいただきましたから心は晴れやかざんすよ。
明日からまた頑張ります!

2017.10.13

14-15いよいよ高槻イベント

大阪の音楽と食のイベントの草分け的存在「高槻ジャズと食の文化祭」。

今回の僕は企業ブースにて物販のみの参加である。

販売メニューは次の通り。

スパジャー本誌、拙著『絶対おいしいスパイスレシピ』、木楽舎製スパイスキット、
インド人スパイス問屋やインドのデザイナーたちと作ったNEWスパイスキット
(めっちゃ打合せしたのにやっぱり最初と最後が違う!)、同問屋のインド直輸入スパイス約20種の販売(意外にも日本に来ているスパイスはインド産のものはそれほど多くない)、同市内で最近頑張っている若手オーガニックファームharaの世界一辛いスパイスと干ししいたけ、三重県松阪市で僕がやっていた『THALI』オリジナルの1998年ブレンドのガラムマサラ、などなど盛りだくさん。

さらに、90年代~やリ続けてきた、オーダースパイスブレンドも久々に。
これは、その場でお客の要望や相談に乗りながらカレー粉を作る作業で、実に面倒くさいのだが、店時代、お客からあまりに頼まれるもので嫌々やっていた(笑)

このように僕の企画はすべて、客とのかかわり(現場)から生れたものばかりであるのが特徴だ。

初日はファーマー末延君が、2日目はインド人君が手伝いに来る予定だが、いかんせんインド人はスペシャルテキトーなのでどうなることやら。

とにもかくにも、明日は久しぶりに若い人と会えるなー!遠足前みたいな気分でこりゃ寝不足になりそう。

2017.10.01

今日は親父の38回目の命日

まー38年なんて長〜い時間がたって偲ぶこともないわけだけど、今日は親父の命日だ。

わざわざブログに書こうと思ったのは、もうおふくろは親父の名前も忘れてしまったからだ。

自分に旦那がいたことも覚えてない。頭の中は、自分の父親が早くに他界したと掛け違えのイメージ。

これを知ったのは先々週のことだった。静岡に住むおふくろの一番上のお姉さんとの会話の中で発見したことである。

今年ついにおふくろは親父のことを消し去ったのだ。

複雑な気持ちにもなったけど、おふくろのことを思うと、これでいいのだと思った。

つらいことはもう全部忘れてしまえ。

そしていい思い出だけなんとか残しておいてもらいたいと。

毎年お盆に行っているお墓は、親父の墓じゃなく我が家の代々の墓と思い込んでいるようだ。

だから自分の旧姓も忘れることが増えた。

こうやって自分のこと、そして家族のこともいつか忘れてしまうことが多いらしい。

それぞれの時間を噛み締めながら進んでいこう。

2017.09.16

10月はイベントですよ!

気が付けば9月も中旬になっている!

最近の僕はおふくろのサポートに奔走しまくりだ。

ごはんの支度や買い物、掃除、生ゴミ出し、いろんな病院へ連れていき、医師から話を詳しく聞いては、また次の予約を入れたり。

おふくろは歩くときは、家の中では歩行器を使う。ほか、階段、玄関、台所に杖を置き、外出時はカートと杖の二刀流となる。しばしば車椅子も使う。

一歩が約10センチ。少しずつ進むので時間はかかるが、完全に歩けない人に比べるとまだ幸せなほうだ。

僕もようやく慣れてきて、要領というかリズムみたいなものが身体で分かってきたところである。

特に問題があるとすれば、会話がじょじょに崩壊しだしていること。これは説明しづらい。

会話のほとんどは質問攻めである。今日はいつなのか?何時にどこへ行くのか?食事して一時間後に食事はまだか?とか。

この質問ありきはなかなか疲れる。そこで僕が生み出した策が、食卓に曜日と日時が移るデジタル時計を置くことと、一定のカレンダーに書き込ませることだった。

といってもそんな簡単なことではない。まず、書くこと自体を忘れるからだ。電話で予定を確認してきて、今すぐ書くように、なんていったって駄目である。電話を切った瞬間にすべてを忘れているから。

ならば、電話中に書かせればいいではないかとなるが、それが二つ以上あるとどちらか一つしか書けない。

これは薬の服用も同じことで、主治医に相談したら、一日1回に変えていきましょう、となった。が、そういうと今度は同じ薬を1日2回飲むようになってしまった。

結局、できる限りおふくろと食事を共にすることと、それができないときは食事時にいちいち電話するようになった。

もちろんケアマネージャーにも相談しながら。そして幸いなことにお節介の友人もいるようで、その方の存在もとても助かっている。このように、なんとかクリアできている。

この上で、大腿骨の手術以来、杖をつきながら歩くのがやっとのカミさんの送り迎えや、できる限り家の食事の用意もしたりしている。

あんまりこんなことばかり書くと周りを暗い気分にしてしまいそうなので、めったと口外することはない。

が、今回は思い切って本当のことを書いてみた。

このような状況であるけど僕はいたって元気である。節目節目で悲観することもあるが、基本的には以上のような生活リズムで忙しいからあまり考える暇がないのと、これはこれで自分にとっては新たな経験ばかりで、きっと何かの役に立つと信じて生きている。

それに、今まで忙しくてなかなか参加できなかったイベントにも、積極的に参加したいと意欲が高くなってきている。カミさんに相談したら承諾を得ることができた。

10月14・15日は『高槻食の文化祭&高槻ジャズライブ』に。インドのデザイナーによるパッケージと、インド人インポーターによるインド産スパイスのコラボを予定。さらに高槻のオーガニックファーマーが作る世界一辛いレッドペパー「キャロライナリーパ」もコラボ販売することになった。

また10月29日は三重県亀山市の『月の庭』にて、パクチー祭りに参加予定。パクチー料理かパクチー商品を仕込んで、さらにここでもまたインドコラボのスパイスの販売もしようかと考えているぞなもし。

双方とも、そりゃ売れたら助かるけど、断然楽しみが優先である。目下、先述のような生活なので、まったく別の世界の人間と会えると考えるだけでワクワクがとまらない。

もうとにかく楽しみで仕方がない。損得関係なく、このような機会に誘ってくれる人がいること、共に楽しんでくれようとする人がいることが、何よりも幸せだと思う。

というわけで、みなさんとお会いできたらめちゃうれしい。久しぶりの方も、初めての方も、双方ともローカルだけど、ぜひ遊びに来てくださいな!

前者は昔ながらのとことん庶民のための祭りで数万人規模と思われる。後者はいちはやく雑穀や野菜に着目してきた高名な料理研究家(岡田佳織さん)の呼びかけによるワンテーマ祭りで、参加者の縁者が中心なのかな。

それぞれ違った個性が楽しめると思う。いずれも僕は『スパイスジャーナル(Spice Journal)」の幟をあげてまってるからね~!

2017.08.30

久しぶりにイベント!14・15 高槻へ

久しぶりにイベントに参加することになった!

スパジャー創刊と同じ年に始まったイベントで何かとご縁があるんだな、これが。確か、初年と二年目(3年目はどうだったっけ?)に参加させてもらった。

ただ、今回は料理ではなく、スパイスショップ&ブック紹介(販売)として出ることに。

これは、高槻の店、あるいは高槻にゆかりのある店?など、とにかく現場ありきのちゃんとした店たちのお祭。

でも、そこにスパイス料理研究家「カワムラケンジ」として、またブック「スパイスジャーナル」として迎えてくれて、めっちゃ嬉しい。

今回は『Spice Journal』の幟をあげて、みなさんをお迎えしたいと思っている。今までのダンボールに手書きのんちゃうよ。ほんまの幟やで!真っ赤な下地にいつものロゴマークね!

商品の内容は次のとおり。

●スパイス各種(たぶん7~8種)

●本邦初公開・初販売のオリジナルスパイスキット各種

(デザイン:インドのガジ氏、スパイス:インポーター『ヴィスワス』、レシピ:カワムラケンジ)

●オリジナルブレンドスパイス各種(1998年レシピのガラムマサラ)

●インドMDH社製ブレンドスパイス各種(たぶん)

●インドMTR社製レトルトカレー(たぶん4種)

●本=スパイスジャーナル各号、絶対おいしいスパイスレシピ(木楽舎)

*もしかしたら木楽舎製のカワムラケンジ監修スパイスキットも販売するかも。

また、久しぶりに、アドリブ調合スパイスキットもやるかも。

これは1990年代から店やどこかの料理イベント、教室などでよくやっていたもので、お客さんの要望を聞きながら、その場でスパイスをブレンドしたりするものだ。

ま、今の時代は、自分でスパイスを調合する人も多くいるだろうから不要かもしれないけど。14(土)に様子を見てから、15(日)にどうするかを決めるというやり方をするかも。

もし、タイミングが合わなかったらごめんやす。

今回は、インドのスパイス商社も協力してくれるとのことで、少量でもリーズナブルな価格で販売できると思う。

もちろん業務用の交渉もつなぐので、飲食業者の方はお気軽に声をかけてくださいな。

今回のイベントの最たる魅力は、庶民の町で庶民による庶民のためのイベントであるということ。

おじいちゃんもおばあちゃんも、ちっちゃな子供も、細かいことはどうでもいいおねえさんも、もちろんこだわり一杯のお兄さんやおっちゃんも、不特定多数の老若男女が集えるところがいいのだ。

だから、どんな玉が飛んでくるかはまったく読めない。同じ趣味の人だけが集う、身内的イベントとは違い、まさにストリートファイター状態なのである。

恒例のライブも同時開催するようである。彼らは長い間、10万人以上を動員する高槻ジャズストリートをやってきている面々だから、きっと最高にハッピーなステージを組んでくれることだろう。

今年はプロレスもやるのかな?ま、詳しいことはまたサイトを見てください。

とにかく、今言えるのはここまで!みんな、高槻へおいでやす!!

2017.08.24

スパジャーのデザイン的コンセプト

さっきパソコンの中を探しものしていたら、懐かしいものと再会した。

我がスパイス専門ミニマガジン『スパイスジャーナル』の、いくつもの表1デザインである。

表1とは表紙のこと。雑誌(書籍も?)は顔で決まる、と編集業界ではよく言われることで、いい顔をしてなければ手にとってもらえないというわけだ。

本が売れるのは、まず存在を知ってもらうことが何より大事で、その次は手に取ってもらうことが大事、云々。

要するに、極端な話、中身よりも何よりも表1が命というわけだ。

で、この命を共に創ってくれたのが、デザイナーN君であった。創刊時、スパイスなんてニッチ過ぎて誰も興味をもってくれないよ、と周囲から言われまくっていた時代に、おっしゃ俺もスパイス世界に一票や!という心意気をもったナイスガイ。

本のコンセプトやテーマ、その後、万が一継続していけた場合(継続は殆ど不可能と思っていた)のコンテンツや構成案などといった編集的な部分をまずしっかりと受け取ってくれた上で、ならこういう感じでどうだと、サンプルをあれこれと構築してくれたのである。

デザインであれ編集であれライティングであれ、この世界には、造りマニアみたいな性格の人が数多くいて、そういう人は総じて人に頭を下げられない唯我独尊、スーパーインテリタイプであることが多い。

その手のタイプは、いかにして自分が凄いか、あるいは相手を納得させるか、などという、つまり説得力を高めるための画策ばかりをしている。

本物のクリエイターとはそんな口八丁手八丁ではなく、依頼主やリーダーの欲しいものをどこまで汲み取れることができるのか、というコミュニケーション能力が最重要なスキルだ。

デザイナーN君は、技術的かつ経験的な部分だけでもそんじょそこいらのデザイナーとは次元が違うのに、多忙な中、何度も何度も僕の話に耳を傾け続けてくれた。

こういう技を誠意というのだろう。

さて、本そのもののコンセプトは、何度も何度も熟考を重ねてきて、もうこれ以上やることはないだろうと思っていたのだが、各段階でしっかりと造りこんでいくと、やっぱり後からまた磨き直しが出てくるものである。

本そのもののコンセプトは以下の通りである。

●内容、付録、体裁、パッケージ、セールスなどすべて、誰もやっていないこと(すでにあったかもしれないが、少なくとも当時の僕らが知る範囲で)をやる。

●どこにも属さない。群れない。一定の人や店、企業等に執着しない。要するにエンロール方式(人を巻き込み多勢化で攻めるやり方)をとらない。

●全コンテンツがスパイスと直接的、間接的、イズム的に深いかかわりがあること。

●スパイスは主役ではなく鍵である。軸は食文化、旅、人間社会、クッキング、身体。

●静ではなく動を誘う。本を読んで納得する時代は終わった。これを見て、自分もやりたい!となってもらえる本作りに徹すること。

●食文化、クッキングについてはインドに固執せず、幅広く見ていく。国境を意識しない本作り。

●誰の後追いや真似も盗用もしない。カワムラの体験から得た技や人の魅力、疑問をテーマとする。仕掛けツールではなく、とことん現場目線(それこそがキッチンに立つ人の目線と思ったから)であること。

●他者(店や企業も含む)の誹謗中傷やネガティブキャンペーンはもちろん、結果的に、間接的に、誰かを侮辱するような言葉や企画は避ける。(100%は無理までも、ベテランクリエイターが数名組むことで、仮に発行日が遅れようとも全員での校正に務めた。だから毎号スタッフ間での熱いバトルがあった)

とまぁこんな感じであった。そしてグラフィックデザインを考えていく中で、どうなっていったかというと、以下のような感じである。(ちょっと専門的過ぎるかもしれないがそのまま記す)

●スパイスのオタク本ではないといえども、判型がA5サイズとあまりにも小さいので(当時はこの手のサイズの本は殆どなかったしデザイン泣かせでもありタブーとさえ言われていた)、メッセージをわかりやすくするために、やっぱりスパイスを主役とする。

●毎号テーマとなるスパイスを選び出し、それを顔とする。

●スパイスは実際のサイズよりも大きく映す。

●英語バイリンガルを優先して、横組みの左綴じとする。

●動の本なので、上品な見返しは不要。表2に挨拶文を入れ、対向にコンテンツを見せ、その次ページからすぐに本編を始める。

●季節感を出さない、頼らない、考えない。なぜならスパイスがそうだから。

●毎号テーマとなるスパイスの簡単な説明を表2またはコンテンツページに入れる。

●発行していくほど、表紙を並べてみたくなるような統一性を意識する。実はアエラをモデルとした!(06号のみコラージュに) 夢はでっかい。

●コンテンツには人情ストーリーが存在するが、表紙は基本的に人情を入れない。

もっと色々とコンセプトを立てていたはずだが、今ぱっと思い出すだけでもこれだけある。

我ながら、判型は小さいが、中身はぎっしりと詰まっていたのではないかと自負している。

もちろん過ぎてみれば、未熟なところもちょいちょいと見えてくる。が、それは万事がそう。

1最後まで悩んだ表1デザイン候補

少なくとも、当時は前代未聞といわれたスパイスというニッチなものに注目すること、またそれをテーマとした本を作ること、さらに出版社ではなく自分たちが手作りする、ということを実際に挑戦したことがとても意義のあることだったなとつくづく思う。この感覚は、なかなか言葉では表現し難いものである。

ま、本当の壁は本が完成してからやってきたわけだが。それも無限に。

何が言いたいかというと、実践と行動は結果がどうであれ素晴らしい経験ができるということだ。

後追い(物真似やパクリ、捏造、他力本願、追随走行など)ではなく、周囲の誰もが反対しても自分がこう思うというものがあったら、ぜひトライすることを勧める!勝利や数以外の何かが手に入る

2017.08.09

震災前のカトマンドゥの写真集を更新

前にネパールの友人と共にカトマンドゥを旅した際の写真集を再整理。

どかーんと写真を増量したので見ておくんなまし。クリックすると画面が大きくなりまする。

カトマンドゥの旅には何かと特別な思いがある。

僕が帰国してから1週間後に大震災があったこともそうだ。

あの時、すぐに友人に連絡を取ると、無事で何よりだったが、旧市街の建物がかなり倒壊してしまったようだった。

我々が歩き倒した、タメルという最も栄えている地区から少し南にいった旧市街はなかなか酷かったらしい。

路地を練り歩き、迫り出した古い建物を見上げながら二人で言っていたのである。

もし、地震なんかあると、これ全部ぶっ潰れちゃうぞ~、と。

すると、本当にそうなっちゃった。

このあたりには、世界遺産の古い宗教施設が多くあり、中でも地域庶民に最も愛されているヒンディー系のセト・マチェンドラナート寺院は思いで深い。

境内にたくさんの物乞いがいて、肌の黄色い僕を見つけるやいなや、だーっと近寄ってきて、銭か食べ物をくれ。友に聞くと、どうやら彼らは本物の物乞いらしく、寺院に供えられる食べ物をあてにして日々集まっているのだという。

確かに、あちこちに置かれているお金には手を出さない。職業乞食ならあっという間だろう。

ということで僕は、ある老人男性にギャラ3ルピーと持っていたミント系の飴で色々写真を撮らせてもらうことにした。
牛の石像をバックに、手を合わせて祈る人々をバックに、その辺にぼてっとしゃがみこむ様とか。そこには、絶望と脱力に染まりきった覚めた目と、俄かでは生れない、野良人ならではの荒れた肌や乾いてもつれた髪の毛が地面に垂れていた。

たぶんこの旅で最高のカットが撮れたに違いない。そう確信していた。

しかし、帰国後、信じがたいことが起こる。ブログでも書いたが、わが家のアホ犬クロが、その3ルピーのスーパーショットの入ったSDカードをくっしゃくしゃに噛み潰してしまったのである。

現代は、データ復旧屋さんというものがあり、腕に自信のありそうなところ何ヶ所かに送ってみるものの、どこも破損が酷くて復旧は不可能という。これはトライするだけでお金を取られるのだが、結局5万円ほどかかった。もう10万円払うと、もっとトライできる、でも復旧の保証はないという、なんだか嘘みたいな誘い文句で誘惑してくる業者もいたが、さすがに総額15万円はちょっと。

それだけ払うならもう一度行ったほうが安い、ということで諦めたのだった。

するとその3日後にあの地震が起こった。

あの寺院はどうなった?他にも巡ったあちこちの寺院は?友に聞くと詳しいことはわからない。でも、かなりやられているはずだと。

あれ以来、ずっと心の奥底に、カトマンドゥの幻がへばりついたままである。

posted by (C)THALI

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