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カテゴリー「プライベート」の記事

どうでもいい話、寄り道したいときにおいでやす

2017.08.20

おふくろ日誌8/15

日に日に認知症が酷くなっていく。

僕は週1ー2多い時で週3のペースで、買い物や食事、薬の管理、病院付き添い、たまに泊まりこんでの付き合いだ。

たった今も、僕の着替え用のポロシャツとパンツを洗ってしまった。昨夜自分で出しておきながらだ。そして一度洗い終わり、ベランダ側の窓を開け再び洗濯機に戻り、先洗ったものをまた洗ってしまったのだと笑い嘆く。

このように単純な一つの行動の中にいくつもの掛け違いが起こりそれが急激に増えていってるのが今の状態なのだ。

でも僕からするとこれについてはよく気付けたと思った。洗濯機を2度回したことにだ。

おふくろは日に日に歩くのも難しくなっていて、昨年は杖一本でなんとかだったのが、今では家の中でも杖二本で歩幅5センチずつ前進か、歩行器を使って歩幅10センチかである。

こんなだから洗濯機からベランダ往復もなかな時間を要し一仕事であるから、その間に洗濯機の状況を間違えることはなさそうでありそうなことである。

今朝は帰省中の兄貴が早朝に二階に来て、何やらボソボソと話してから駐車場の僕の車を動かしていたのを僕は気づいているが、おふくろの頭活性化のためにあえて、今朝兄貴が二階に来たのか?と聞くと、ん?来てないよ、と。

ま、いつものことと言えばそうだけど、そんなだから、よく気付けたなという風に思ってしまう。

さて今朝の食事について。先日、自分で買ったくせにまったく記憶のない余った野菜をどうするか、といういつもの僕の着眼点から、玉ねぎとミョウガとキュウリを使って、これまたいつものアドリブ料理を。

キュウリ二本は潰して玉ねぎ小一個は太めの薄切りミョウガ二個は薄切りにしてやや多めの粗塩でもむ。水分を捨てて、アップルビネガー大さじ2~3?メープルシュガー小さじ2~3ジンジャーパウダー少々、粗挽き唐辛子少々を入れてよく混ぜる。塩けや甘みが足らない時は土佐酢などで補うといいかもしれない。

これをおふくろが見て、あーミョウガのいい香りだね、うまそうだねと。実際に食べて、やっぱりおいしい。香りや美味しさに反応するたび、これが人間の最後の認知力であることを情報として知りつつ、あーまだ一応人間やってくれているんだなぁというちょっとした安心感みたいなものがよぎるのである。

が、この料理を仕込んだのが8/13のこと。昨日14日に僕がやってきて一晩越して今朝のこと。

朝食はご飯と二日前に焼いておいたシャケの再焼き、そのビネガー&ジンジャー漬け、昨晩作った小松菜の茎の炒め煮、同じくオクラのペパーサラダなど。ちなみに昨晩は、小松菜とひじきの味噌汁(会津味噌)、牛肉とタマネギの煮物など。

すると、一人でご飯にがっつき、次に手を出したのがそのビネガー&ジンジャー漬けで、これ、わたしこれ好きなのよ、いつのまにか冷蔵庫にあって毎日食べてる、だって。

そして今また。この携帯は音が小さくていけない、と言うので、設定したらいい、と言うとそんなん知らん。僕が鳴らしてみるとかなり大きな音が。すると、あれれ今のは大きい、いつもはもっと小さいと言うので、ならば自分で設定したんでしょうと言うと、そんなことできない、いつもは小さいと言うので、そんなこと言われても俺は知らんと返すと、いつもはもっと小さい!と切れてくる。

このような崩壊トークは日常茶飯で、その掛け違い方や質はますます想定外なものとなっていて、さらにワンセンテンスの中にいくつもの掛け違いが詰まってきているのである。

誰といつ合ったのか、どこで何を話したのか、今日は食事をしたのか、最近はたったいま食事をしたかどうか、いま自分は何をしているのか、今日は暑いのか、いま自分は何を食べたいのか、そういうことがもうわからなくなっているのである。

が、まれに何かの拍子につながることがあるからその時はちょっとだけ安心する。

でも心配なのは自分である。これは精神的になかなかきついものである。精神崩壊に引っ張られていくうち、こっちまで崩壊してしまわないかという不安がある。せめてもの救いはアホ犬クロが居てくれることである。

こいつの存在は想像以上に大きい。犬はすごい。というかクロがすごい。おふくろとの相性もバッチリだ。これは奇跡である。たぶん我が家は守られている。そのことをちゃんとわかりながら、自分が出来得ること、なすべきことをこれからもやっていこう。たぶん僕は大丈夫だ。

I wrote it on iPhone

2017.08.09

震災前のカトマンドゥの写真集を更新

前にネパールの友人と共にカトマンドゥを旅した際の写真集を再整理。

どかーんと写真を増量したので見ておくんなまし。クリックすると画面が大きくなりまする。

カトマンドゥの旅には何かと特別な思いがある。

僕が帰国してから1週間後に大震災があったこともそうだ。

あの時、すぐに友人に連絡を取ると、無事で何よりだったが、旧市街の建物がかなり倒壊してしまったようだった。

我々が歩き倒した、タメルという最も栄えている地区から少し南にいった旧市街はなかなか酷かったらしい。

路地を練り歩き、迫り出した古い建物を見上げながら二人で言っていたのである。

もし、地震なんかあると、これ全部ぶっ潰れちゃうぞ~、と。

すると、本当にそうなっちゃった。

このあたりには、世界遺産の古い宗教施設が多くあり、中でも地域庶民に最も愛されているヒンディー系のセト・マチェンドラナート寺院は思いで深い。

境内にたくさんの物乞いがいて、肌の黄色い僕を見つけるやいなや、だーっと近寄ってきて、銭か食べ物をくれ。友に聞くと、どうやら彼らは本物の物乞いらしく、寺院に供えられる食べ物をあてにして日々集まっているのだという。

確かに、あちこちに置かれているお金には手を出さない。職業乞食ならあっという間だろう。

ということで僕は、ある老人男性にギャラ3ルピーと持っていたミント系の飴で色々写真を撮らせてもらうことにした。
牛の石像をバックに、手を合わせて祈る人々をバックに、その辺にぼてっとしゃがみこむ様とか。そこには、絶望と脱力に染まりきった覚めた目と、俄かでは生れない、野良人ならではの荒れた肌や乾いてもつれた髪の毛が地面に垂れていた。

たぶんこの旅で最高のカットが撮れたに違いない。そう確信していた。

しかし、帰国後、信じがたいことが起こる。ブログでも書いたが、わが家のアホ犬クロが、その3ルピーのスーパーショットの入ったSDカードをくっしゃくしゃに噛み潰してしまったのである。

現代は、データ復旧屋さんというものがあり、腕に自信のありそうなところ何ヶ所かに送ってみるものの、どこも破損が酷くて復旧は不可能という。これはトライするだけでお金を取られるのだが、結局5万円ほどかかった。もう10万円払うと、もっとトライできる、でも復旧の保証はないという、なんだか嘘みたいな誘い文句で誘惑してくる業者もいたが、さすがに総額15万円はちょっと。

それだけ払うならもう一度行ったほうが安い、ということで諦めたのだった。

するとその3日後にあの地震が起こった。

あの寺院はどうなった?他にも巡ったあちこちの寺院は?友に聞くと詳しいことはわからない。でも、かなりやられているはずだと。

あれ以来、ずっと心の奥底に、カトマンドゥの幻がへばりついたままである。

posted by (C)THALI

2017.07.30

「働く意欲」はどこからくるのか?

先日、めちゃんこおいしい餃子屋(餃子バー?)のご夫婦からある話を聞いて驚いた。

それは「今の子はもう働く意欲そのものがない。うちにバイトに来てる若い子たちはみんな良い子ばかりだけど、こちらからお願いしてきてもらわなきゃいけない立場。まぁ働く理由がないから仕方がないよね」というのだ。

僕を連れて行ってくれた人も飲食店経営者で、大きく相槌をうっている。

「うちは店が何軒もあるから、毎月シフトを組むのが一苦労。ええ子もいるけどそうでない子も隠れていたりするから困る。面接のときはええ感じやってんけど、いざとなったらぜんぜん仕事でけへんとか」

餃子屋のご夫妻の言う「今の子」というのは具体的には大学生らしい。こちらの店では忙しい日だけバイトを雇い、しばしば中国人も雇用するとか。

日本にやってくる中国人といえば、少なくとも僕が知る飲食業界では、その多くが勤勉でよく働くイメージがあるが。

「いやいや、それは昔のことで、この10年で落ちてきたね。だんだん日本人に近づいてる。僕らは一人一人のお客に来てもらってなんぼの小さな餃子屋やから、情熱がないと仕事にならんねん」

決して、蔑んでいるわけではない。つまり「人はアテにできない」という話である。そう、最近あちこちで耳にする「後継者問題」へと話は流れていく。

こちらのお店は開業してから今年で17年目になるという。一時は右腕を育てようとしたこともあったようだが、やはりうまくいかなかった。

蕎麦屋や寿司屋ほどではないが、中華界もかつては厳しい世界だった。が、今はちょっと小技を盗んだらすぐに辞めて独立してしまう(できてしまう?)のが普通みたいで。中には大樹に寄らばと、どこかの企業に転職したり。

この手の話はあちこちで耳にするが、やはり安泰安定を求める人が多いのだなぁ。

みなさんが将来の不安について話し合っている間、僕の頭の中ではずっと「働く意欲がない」と言う言葉が駆け巡っていた。

「働く意欲がない」という言語自体が斬新過ぎるのである。想像もつかない言い回し方だと。

餃子屋の奥さんは話していた。

「今はお金も家もあるからなんの危機感もない。親がもってるのよ。現金でなくとも、土地や資産という形で。だから働く理由がないのよ。その分、趣味が贅沢なわけ。美容室や服、コンサート、食べ歩き、なんだってできる」

ふむ、あちこちの飲食店で同じような話をよく聞かされる。特にこちらのような、世間では有名な店で(食べログの点数もなかなか高いらしい)。

後継者がいない上に、身体を壊したり、思わぬ事故に遭ったりして、閉業を余儀なくされる店も少なくはない。

ましてや、こちらのように支店を出すことなく、ご夫婦の二人三脚で、こだわりの味を貫いている店は年々減少の一途だ。グルメ雑誌が最も尊ぶパターンの店である。

僕もずっと目指していた形だけに、とても他人事とは思えない。

ただ、それにしても「働く意欲」という言葉は凄すぎる。これは言い返せば「なぜ働くのか?」ということである。

今まで目立つことのなかった素直な疑問符だ。

よく考えてみれば、僕らの世代も多くが働く必要性ってそこまであったのか、と思うほど豊かな家の人が多かったように思う。

周囲のほとんどは何の疑いもなく大学を受験し、安定した企業に就職することを目標として生きていたように見える。仮に企業就職せずとも、家が土地を持っていて、そこに自分の店を建てるとか、家業を継ぐとか、そういう人もいたようだが。

僕などは中学と同時に、人のことを羨むことも卒業。高校時代は、いかにして生きていくか、と自分主体でしか考えていなかったので、周囲がどうなのかと考える発想もなかった。

でも、それは人生を諦めているわけではなく、その、いかにして生きていくかという中に、自分の好みをどこまで重ね合わせられるかということがポイントであった。

また「好み」はどんどん進化していくから忙しい。

「好み」とはそもそもが我ままに似ている。いわば自分主義だ。ということは、遅かれ早かれ必ず挫折がやってくる。

で、挫折を何度か繰り返すとやがて絶望の境地に至る。絶望は時によって、また回数が多かったりすると、様々な不信を招く。精神病なんて普通にかかる。

だが、そこを何度でもブレークスルーしていくと、いつしか「好み」は「得意なこと」へと進化する瞬間がある。

そうだ、「得意なこと」と出会うために必要なのは、自分勝手を卒業することなのだ。言い換えれば、人のために役立てることができる、ということ。

ブレークスルーとは、とても痛みが伴うもの。普通に心が壊れる。でも、ぶっ壊れ度数が高いほど、立て直せるチャンスも増える。それはつまり、新たな考えを構築できるわけでもある。だから痛みの伴っていない成長なんてありえないわけで。

自分を振り返ってみると、僕の「働く意欲」の中身は、金を稼ぐことは当然で、この「学び」や「成長」があるからなのだと思った。

「学び」とは「成長」の準備である。

「働く」というのは凄いことで、例えば飲食業で言うならば、こちらは客を選べない。誰が来て、どんな注文をして、どんな態度で、どんな過ごし方をするかなんてさっぱりわからない。

同じ趣味でつながるなど似たような者としかコミュニケーションしないのとは正反対の世界である。初めての人と、無条件で、目を合わせてやりとりをするのである。

ましてやカウンター商売だったら、その人が過ごす間、ずっと正面で立ち続けるわけだ。先述のようにお絞りで鼻をかむ人もいれば、すぐに常連客ぶる人もいるし、メニューにないものをオーダーしたがる人も昔から数多い。大阪なら他の客を邪魔するかのように、大声で話してくる人も山ほどいる。

僕は裏町の下町育ちだから、泥酔している者、荒くれ者、流れ着いてきた者、ネガティブ中毒者、不倫中毒者、ばくち打ち、どう見てもヤク中、カタギじゃない者など、そういうダーティな人たちが周囲にたくさんいた。

働いてきた食堂や飲み屋などが僕にとっては教室みたいなもので、まぁたいがいのヤバイ世界や本物の筋?筋違い?の人たちを見て育った。本当に危ないモノ・人は都心よりも、少し離れた場所をうろつくものである。

でも、こうして人のゴミをもらうことで、少しずつ強くなっていくこともできた。そのしんどさを知れば知るほど、人は何とかして這い上がろうとするものである。

おいしいトマトは苛めなければ育たない(あえて厳しい環境におくことで自らが成長しようとしていいトマトが成るという話)、というがそれと同じように。

じゃあ成長して何かいいことがあるのか、と問われれば、それは大有りだ。一言で言うと、幸せになれるのである。

幸せとは形や目に見えるものではなく、感じるものである。これが意外にも、50歳60歳を越している大人でもわかってない人が多い。

そういう人の特徴は、次から次へとあらゆるものを身につけていかないと生きていけないことである。モノや人、最近では情報とか、自己承認欲求とやらの「いいね」とかも同じ類だろう。

人脈や技を、アクセサリーや武器のように扱ってしまうのだ。

でも、自らが成長すると、自分以外のものに依存する必要が減っていく。それを誘うのが成長というやつである。これらはどれも目には見えない、計れないものばかり。

このように、ちゃんと自分がほしいものを心に決めた上で、しっかりと働くということは、もうめっちゃくちゃいいことだらけである。それさえあれば自分が何者などと考える必要もない。

ふむ、働く意欲は、お金はもちろん、学び、成長、そして幸せになりたいという欲求から生れてくるのだ。だから紆余曲折して当たり前だし、それは旅と同じで終りがない。

若者よ、躊躇せず、がんがん働こうぜ!俺も頑張るし~

2017.07.18

81歳おふくろのスパイス日誌


おふくろが認知症になってどれくらい経ったか思い出せない。あれれ、僕もうつったか?カミさんにニンチキショウというあだ名をつけたのが10年前。僕までボケるとうちの家族はもう終わりである。

ところで、おふくろが僕のスパイス料理なら食べられると、ボケたなりでもそう言ってくれるのがけっこう嬉しい。

おふくろは片道一時間ほどのところに住んでいる。料理のみならず、家事の際はそのつど通っている。

三ヶ月に一回、一ヶ月に一回、二週間に一回とだんだん増えて、今では一週間に多ければ三回行く。

なかなかたいへんになってきたので、最近は色々と頭を凝らして、我が家で寝泊まりさせるパターンも出てきた。

こうすると僕は何かと活動しやすい。

だって、おふくろの家では毎回残り物がお題目となって、アドリブ料理の連続だから。

得意とかそういう次元ではなく、これはなかなかしんどいものである。

でも自分の家なら、勝手が違ってくる。なにせ素材が多いのだから。

以前はいろんなジャンルをやっていたが、我が家ならますますインド系が増える。

そんな中で今のおふくろが最も好むのがダルだ。

これもまた今まで幾度となくやってきたものだが、一つの公約数みたいなものが見えてきた。

それは豆はクセの少ないムングかマスールであること。水分は多めであること。スパイスはとにかくシンプルで控えめであること。なんでもかんでも足さないこと。

今まで本当に色々な料理をしてきたけど、これが一番飽きがこないし、入れ歯を忘れても平気だし、胃はもたれないし(おふくろは背骨がエスの字型に折れていて、小さくなってしまっているので胃が圧迫されている)、程よい塩気とポタージュ感で食べ応えもある。

スパイス使いについては、僕の勝手な願いで、ターメリックのみか、それを中心とした三種程度。

スパジャーで人気だった近大薬学博士が、ターメリックは認知症に効果のある可能性も否めないといってくれたからである。むろん、それは予防段階での話だし、認知症の治癒薬なんぞ世界のどこにもない。だからこのレシピは祈りが調味料。

でも、実はこのシンプルなダルについては、僕も一番好きな料理である。

仕事柄もあって、まぁ大概のものは食べてきたし、飲食道30余年の間で総数3000をゆうに超える創作レシピがあるけど、その中で感じていることである。

ダルはそのままでもいいし、インドの薄焼きパンであるチャパティと食べるとなおうまい。

おふくろの家の冷凍庫には、常にチャパティを5、6枚入れてある。まぁ僕自身がしょっちゅう作るからだが。

もちろん米とも合うが、意外なところで食パンともよく合うのだ。さらにもっと言えばパンのヘタ(ミミ)が最高である。

ちょっとコシの強いパンならなお。

昨日はパンのヘタと合わせた。おふくろは歯が弱いので、ヘタをちぎってダルに染み込ませてから食べてもらった。

すると普段は時間も居場所もわからないおふくろが、この食感いいね、とか、辛くなくて豆の旨味があるのがいい、とか、生のショウガがきいてるね、とか、ちゃんとその場にアクセスが出来て、まるで常人のようにすらすらと話だすのである。

目下、僕にとっては、大物を釣ることと、このおふくろのナウアクセスが最大の生き甲斐である。

認知症の中でも、食は最後に残る認識とされているが、それにしてもおふくろは自分で言うのもなんだが、さすが僕の母親で、美味しいものにはピーンと来るようで。

あとどれくらい、おふくろのために料理ができるかな。




写真はマスールダルと大根の煮物。そしてパンのミミ!

2017.07.14

夏の神戸港が格好いい

また釣りの話だと思わないでくださいな。

そりゃ僕はそっちばっかりだけど、いやはや、もったいないやら、めちゃええ感じやら、僕ならここを選ぶなぁ的な話である。

神戸港ってみなさんご存知だろうか?

ってそんなもん知ってるわい。だね。

違います。もしも僕が、夏の夜に女の人と歩くならここを歩くなって言う場所があるのだ。

それがポートアイランド北公園である。

ここ、実は関西の釣り好きの間では知らぬ者はいない、と言われるほどのメインポイントなのだ。

本土とポートアイランドの間がめちゃ近くて、つまり潮の流れが早いので、まーいろんな魚と出くわす可能性が高いというわけだ。

魚は映画ニモでもわかるように、潮の流れと共に活動する生き物だから。

普通なら沖にいるツバスやサワラなんかもしばしば上がっている模様(ふん、僕は釣ったことないけどね)。

ツバスってブリの出世名の関西弁。大きくなるとハマチ、メジロ、ブリ呼び名が変わる。

ちなみに東京では、ワカシ、イナダ、ワラサ、ブリとなって、少なくとも築地市場の古い仲買たちは、ハマチというと養殖魚のことを指す。おそらく元は蔑視を含んだ隠語と思われる(関西人遺憾!)

黒潮に乗って回遊する太平洋の魚が、日々狭いとこでセコセコ生きている我々の住む都心のど真ん中を、オリャオリャオリャ〜!ってものすごいスピードで泳いでいることを想像するだけで、僕なんかはちびりそうになる。

とまぁ魚の話はおいといて、歩くならの件。

昨日は北摂は暑かった。豊中で35度超え。西宮や神戸も、大阪というより北摂(北大阪)と気候が近くて、やっぱり猛暑だったよう。

でもこの北公園には、めちゃくちゃ気持ちいい風が吹いていた。

風を楽しむのにベストな時間帯ってものがあって、それは夕方6時頃から8時頃と思われる。

むろん、楽しかったら夜が更けるまでいればいい。

またこの時間帯に潮が上っていくようだったら、潮の匂いも満喫できる。満潮に向かうほど海は海くさくなるのだ。

そしてこの場所の最大の魅力は、埋め立てポートアイランド側から、神戸と六甲山を見渡せることだ。

観光客でなくても、多くの人はおそらく本土側から海を眺めていると思う。

でも埋め立て側から見る景色もまた斬新で絶品である。だって手を伸ばせば届きそうなところに、街と自然とうまくいけば夕陽があるのだから。

左手にモザイクやメリケン広場が、中央に赤いブリッジとポートライナーが、そのすぐ両脇がフェリーターミナルで、右手には倉庫街の上を阪神高速がジェットコースターみたいな感じで映し出される。

北公園はひろーい!(と思うのは狭小中毒の大阪人だけかもしれないが)

赤いブリッジ下を中心に海に向かって赤い煉瓦が敷き詰められ、右へ向かうと200メートルほどの波止場がある。左手はもっと長い波止場になっていてぐるっと回りこむような形をしている。

端から端からまで歩くとおそらく30分はかかるだろう。いちゃいちゃしながらだと1時間なんてあっという間だ。

手前には、芝生やベンチ、噴水など整備されたエリアもある。弁当を持って昼間に来てもいいだろう。

で、アクセスなのだが、車の人は駐車場があるからそこに置くべし。

でも出来れば三ノ宮からポートライナーで行くのが面白いんじゃないかと思えてならない。

というのも昨夜も、この巨大な赤いブリッジを歩いている人ジョグしてる人自転車の人がけっこう多くいるのである。

マップで見ると、本土側すぐのところにポートターミナル駅があるのと、さらにポートアイランド側北公園より3、400メートル向こうに中公園駅というのがある。

この間約1キロあまり。ってことは歩いたってしれた距離だ。

帰路、夜10時過ぎ、北公園から2、300メートル行った先のコンビニに立ち寄ったところ、なぜか若い人たちがたくさんいた。

どうやら近くに大学があるらしい。みんな同じ方向へ歩いていくのを見ると、どうも中公園駅か、橋を越えておそらくポートターミナル駅まで行くのだと思われる。

この子らは毎日ロマンチックな通学路だなぁ。

北公園は、土日はさすがに人が多い模様。でも平日は意外にもって感じ。

大阪では考えられない、ゴミが少なく整備された公園と、カラフルで美しい景色、そして澄んだ空気の海岸(大阪はほとんど立ち入り禁止で色はグレイ一色のイメージ)。

潮風と神戸港の夜景を見ながら歩くと気持ちいいだろうな〜



ポートアイランド中公園駅へ向かうポトライナー



僕の竿が写り込んでるね




2017.07.06

イエローな夜の海

いつになく仕事が忙しくてブログが留守になってしまった。

みなさんいかがお過ごしですか?

僕は多忙になるほど?海に行く隙を伺ってしまいます。

目的はもちろん釣り。と言っても、片道1時間半圏内(つまり阪神間の悲しい色やね的港湾)の半夜から深夜までという残業タイミングで、なおかつ既存のおんぼろルアーかエサはせいぜいシラサエビ一杯500円という相変わらずの下町ビンボーフィッシング。

格好いい道具もファッションもまったくなし。船なんてのは取材でしか乗ったことがない。竿と仕掛けだけを手にもって、ガツガツと防波堤や港を突き進む。頼るのは勘と体力のみ。ガキの頃から生々しいストリートファイターそのままなのである。

僕の店の元スタッフであり親友でもある現在魚屋君の執拗な誘惑も海に駆られてしまう大きな原因だ。こやつ昼間は仕事であらゆる魚を捌き、休暇になると海へ行って今度は生きた魚を捕獲しようとする根っからのフイッシャーマン。

ま、僕は僕で仕事の移動中に釣具屋に立ち寄っては、550円の破格ルアーなんかを買って、早く試したくてウズウズしているわけだが。

で、昨夜久しぶりに海へ出かけたのである。

昨日の阪神間の海は夜7時半頃が満潮。だが満ち引きがいまひとつ弱い中潮である。

最初は淀川の阪神電車高架近くへ行く。到着したのは8時頃でちょうどいい感じで海へ向かって水が流れている。こういうときは流れに逆らうようにルアーをぶっ込むと底を探ることが出来る。

が、いつもより風が強くて思うように投げられない。この辺りは平常時は西風が吹くのものだが、昨夜は南西や南に急変してしまうのであった。

そもそも昔は日暮れと共に風がは止んだものである。が、温暖化のせいか最近は夜になっても風が弱まることが少ない。

さらに強弱や風向きが実に不安定。地球温暖化も問題だが、個人的には道具が少な過ぎることが目下の問題。

いつどんな局面でもこんな状況だから、あれこれと工夫を凝らすしか道がないわけだが、ここまで自然が荒れてしまともうどうすることもできない。

というわけでとっとと場所を変える。風の影響を受けにくい場所というものが存在するのだ。西宮方向のとある浜へ。

普段、釣り人がけっこういる浜なのだがこのときはなぜか皆無。潮はまだ引き続けているというのに。

潮は止まると魚の動きも止まってしまうもの。いくらそこにいてもエサを食わなくなってしまうのである。

潮が止まるであろう干潮時間は大阪で22時40分頃(西部はそれよりも少し遅い)だから、それまでの勝負だ。

時刻は9時をまわっていた、と思う。今度は風がなくルアーを投げやすい。さらに魚影が濃い。とは言え狙いのスズキよりも、ボラやその他の雑魚の気配。

他の魚を釣ってしまわないように、巻き上げるスピードや深さを調整しもってチャレンジし続ける。

釣れそうで釣れない。橋の下にいってみたり、ずっと向こうのヨットハーバー付近まで行ってみたり。

時刻は10時をまわっていた。潮がかなり穏やかになっていた。このままではあかん。魚が覚めてしまう。

今度は真っ暗な逆方向へと突き進む。すると対岸200メートル先の浜から、「きゃーこそばいやん!もうマジやめて〜!」などとカフェバーで騒ぐ女の黄色い声が海岸一帯に響いていた。

さらにその100メートル隣の浜ではバーベキュー?しながら「ち◯こー!」などとガキ用語を叫ぶ若者たち。

間に立つ10階建くらいのマンション住人はせっかくのブランド地帯に住みながらも毎晩これを聞かされているのか、などと思っていると、ふとカフェバーから放たれる鋭い光に揺れる水面に気がついた。

おおぅ、そこに光と影があるやないか〜

手前は光が照らされている面。そして向こう側が影となっている。こういう光と影の境目もポイントなのだ。ポイントとは釣れやすそうな場所のこと。ナンパでいうナビオ前や高島屋前やね。古いか。

境目をめがけていろんな角度でルアーを流してみる。

と思ったら竿がブルブルと揺れる。

おお!やっぱりいてる。今の感触はスレ(たまたまぶつかるように引っかかること)じゃなく、アタック(敵と思って攻撃してくる感じ)にちがいない。

何度かやっているうちにあたりがなくなる。特に都会の魚はスレているからすぐに学習してしまうのだ。

あかんか。ほなこれでどうや。

今度は思いっきり真っ暗な方へ投げて、ゆっくりと手前の光の面にめがけて引いてみた。

そしてルアーが光の面にさしかったその瞬間、ググググィッと引っ張られた。

おっしゃ!完全捕獲の感触。

なかなか引きが強く、何度も抵抗してくる。あれれ〜これはスズキの引きじゃないぞ。まさかボラじゃないやろな。それだけは勘弁して(ボラは力が強いし体がでかいし臭いし何よりも気持ち悪い顔をしている。外道の代表魚)、いったい誰やねん⁈

するといきなりジャンプした!
見えた!こいつはなんとチヌではないか。なかなかデカイ‼︎

キリキリと音をってながらようやく取り込むことに成功。大きなキビレチヌであった。ヒレが黄色いからこの名がついた。美味な高級魚である。



これ、スズキ狙いの折にたまに釣れる。というかこだわり派の釣り師の間では本来こちらが本命魚とされる。スズキはタイミングさえ合えば簡単に釣れる魚と思われているが、チヌは繊細で警戒心が強く獰猛なため、駆け引きと技が不可欠とされる。

ま、僕らはどちらもほとんど釣れないが。

記憶ではキビレチヌは10年くらい前に淀川で釣った以来。あの時もこれくらいのデカイやつで、その引きの強さにえらく興奮したものだ。

僕らにとっては本命ではないが、実に嬉しい超久々のヒットであった。あ、嬉しいのは僕だけか。

釣り上げてからふと背後に気配を感じ振り返るとそこにはうじょうじょと数十匹(十数匹ではない!)の猫が座り込んでおり、こちらをギョギョッと凝視しているではないか。

そうか、腹減ってるんやな。ということで、べしっとしばいて失神させてからプレゼント。すると奥の方から体のデカイ黒猫が絶妙なタイミングでビュッと出てきて、ウギャッーと叫びながら口にくわえて奥へと走っていった。

お前ら、普段は群れているくせに、いざとなった時は独り占めかい。こんな人間がいないことを祈る。

結局、この直後に潮は止まり魚影が消えた。おまけに猫の姿も見えなくなった。潮時ってやつだ。友はムキになって投げ続けるも、虚しくも空振りの連続。

夜23時半頃退陣。

ふっふっ、今日は黄色い声と魚でめっちゃ楽しかったわ!また来るからな〜‼︎

2017.06.08

ライターと編集者はドライバーとナビゲーターのようなもの

ロケハンって言葉をご存知だろうか?


本当の意味はしらないけど、我々ライターなどが取材先探し、あるいは下見に行く時に使う言葉である。


最近は、ネットやブログ、SNSを軸に動く旧メディア(テレビや雑誌など)が増えていると聞くが、少なくとも僕がやらせてもらっている仕事先はいまだにアナログ構造だ。


まず、どんな企画かってところから始まって、じゃどんな人や店などがあるのかな、写真にこだわるならいいポイントはどこかいな、などと、実際に現場を皆で渡り歩いて調べていくのである。


僕なんかは日常から頭の中に自然と色んな企画が浮かびまくっているので、暇になると結果的にロケハン作業を延々とやってしまう。これは幼少の頃からの習性。


生まれもってのロケハン体質なのである。


そんなだから、雑誌、広告媒体、なんであれ、実はこれこそが一番楽しい。


しばしば編集者やカメラマンなどと共にロケハンに行くこともある。そして、彼らの中にもたまにロケハン体質な者がいたりする。そうなるとさらに倍楽しい。


今一緒に行動している編集者なんかはかなり楽しい。


この間も、日本海近くのある店の周辺を調査してドライブしていたら、見晴らしのよさそうな公園があったので車を停め、外へでたとたん「うわっ~、なにあれ~!」と言って、どたどたと芝生を駆け下りていった。


僕は目的の店の位置や、その背景を感じ取ろうと見晴らしのいい丘の上から遠くを見ていたのだが、彼女はどうやらアスレチックの遊具に目が行ったようで。


ロープに垂らされた直系30センチくらいのボールにつかまり、端っこから勢いをつけて滑るのである。距離は15メートルくらいあるだろうか。がらがらがらと子供のようにはしゃぐ。


この日はまたどういうわけ?というくらい快晴で、そこらへんに花が咲いており、もうそこはドラマのワンシーンのよう。


つられるようにして僕も一緒に遊び写真を撮りまくっては、いつのまにか顔がヘラ~となっていった。


こんな風にただただ楽しいって何年ぶり、いや何十年ぶりだろう、ととても嬉しかった。


しかしだ!これはあくまで仕事。僕たちはその店と人にまつわる背景を感じ取り、少しでもその人のことを理解することがミッションである。


公園は公園で素敵なのだが、それはさておき本題を忘れてはならない。


実は彼女、めちゃめちゃ豆だし感性が豊かだし面白いやつなのだが、軸が瞬時にぶれるのである。というか消える、というかもしかしたら元々ない?


ライターとはラリー(荒野や山岳を走る冒険レース)のドライバーのようなもの。編集者とはナビゲーターのようなもの、とたかだかこの道25年の僕は思っている。


ナビゲーターとは助手席に座って、地図や方角、ペースを管理し、常にドライバーの隣で、突然の質問に応えたり、現在地を伝えたり、時に注意を与えたりする役割のこと。道を間違ったらすぐさま修正の指示を出さなければならないし、ペースが遅ければ具体的にあと何秒追い上げろと声を上げなければならない。


そうやってドライバーはただただ体力と技術でもってその場の壁をクリアしていくのである。


ラリーにおいてドライバーとナビゲーターは常に一心同体でなければレースにならない。2人セットで茨の道を駆けて行くのである。それでドライバーがミスれば事故をするし、ナビゲーターがそっぽを向いていたらコースから外れてしまって、その瞬間に負けが決まる。


ドライバーとナビゲーターが1台の車に乗って、2人が同じ目的に向かってはじめてレーサーというひとつの生命体になるのだ。


う~ん、彼女はすぐに自分を見失ってしまうところが大きな大きな弱点である。それはまるで道に迷ってしまったナビゲーターのようなもの。糸の切れた凧、帆を失った舟である。はっきりと言って、自分のコントロールができないのだ。


公園のあと、取材したいと思っている人とあった。でも、話を聞くばかりで結局こちらがどうしたいかということを表現することはまったくというほどできなかった。


言葉はそれなりに放っているのだが、何にも見えてこないのである。一応カシコそうなんだけど、実は真っ白?という感じ。


で、その空虚を補うために、彼女は尋常ならぬ人たらし能力を身につけている。これはおそらく天性のレベルと思われる。取材をする上においてはとても強い武器になるのだが、使い方を誤るとただの思わせぶりの男たらしでおわる。吉凶紙一重の武器なのだ。


彼女はこの武器でもって、数々の、おそらく特に男たちを魅了しては味方につけてきたのだろうが、本当にいい男はそんなタヌキに騙されるわけがないし、近寄ってこようともしないはず。


この時の対象者は彼女にしたらお父さんみたいな年頃の人で、その上たまたま自己主張の強い性格だったから、色々と気づかって相手にしてくれて、その場はつながったけども、それはそれで本題とはまったく別の方向である。


わざわざ片道3時間をかけて、交通費を払い、数千円の料理代を支払い、ご挨拶ができたといっても、それだけである。


これは長い原稿である。同様の人・店がほかに2軒ある。


それぞれ遠くはないが近くもない。距離があるので、その後の調整は至難である。さらに締め切りが22日という殺人的スケジュール。僕はほかに大きめの仕事を3本並行している。今回ばかりはそちらに差障りが出そうで怖い。


実は彼女と仕事をするのはこれで3,4回目くらいであるが、今まで同様の繰り返しであった。結局彼女は何も出来ていないので、ぜんぶこちらがケツを持ち、決断も下し、取材を終えてから一人で取材しなおしなどという、とてつもない仕事量となる。


編集者とは名ばかりで、実はめちゃくちゃお守が大変な他力本願っ子なのだ。


しかし彼女は悪い子じゃない。なかなかにいいやつだから放っておけない。


なんとかそういう自分に気付いてもらいたいと思って、先日もずばっと言ってやった。が、どうやら彼女は、僕のことを単なる頑固親父としか思っていない様子。ふむ、わかっていないことは確実だ。


僕は今までたいがいの道は歩いてきたつもりであるし、今もその進行形である。編集者、企画担当として動くこともあるし、何人かを束ねてチーム行動となることもある。クライアントと共に制作していく仕事も多く手がけてきている。その上で思う。とりあえず彼女は手強い。学校の勉強はできるのに、戦場(社会の現場)で学ぶ力があまりにも乏しいのだ。


参ったなぁ、逃げたいけど逃げられない。これはきっと、昔悪さした女性たちの恨みが返ってきてるんだろうな、なんて思ってみたり。


たぶん取材当日はカメラマンのアシスタント状態となって、取材をした気になって帰っていくんだろうな。それではますます最終的に僕がけりをつけてやる役回りになるばかり。前例がすべてをモノ語る。


時間もないらしい。そして企画も揺れている、というかよくわからない、というか本当にちゃんと立っているのか?いや、そもそも本当にナビゲーターをやってくれるのか??? これまた前例からして、撮影ごっこでおわるに違いない。


ロケハンはあんなに楽しいんだけどなぁ。何度言っても彼女はたぶん気付けていない。


これほどに、取材・執筆を憂鬱に感じてしまう仕事もそう多くはない。


彼女が成長できるために僕にいったい何ができるんだろう。う~ん、正直になる以外なんも思いつかないや。俺もまだまだやなぁ。

2017.06.03

よろしくディレイのインド日誌

何度もいうけど、貧乏暇なしは本当、いや真実である。インドから帰ってきて早1ヶ月近くが経ってしまった。

雑用と言ってしまえばそこまでだが、とにかくやらなければならないことが生きるほどに増えていくのだ。これほど非合理で非能率なものはない。

僕の時間当たり単価はいったいいくらなのか。考えたことは一度もないが、大人になるにつれ、そういう考え方があることを知ってしまって以来、なんとか悲しんでみたいが数学が弱いのでいまだに計算ができていない。ま、いいか。

さて今さらであるが、今回のインドの日誌の一部を抜粋してここに公開しようと思う。

ライブでないと日誌の意味はないといわれそうだけど、いかんせんインドは何事も遅れる国なので、そこんとこは「よろしくディレイ」ってことで。

時系列はむちゃくちゃだけど、全13日間のうちの最後の2日の間に書いた日誌である。日誌だからして校正はナシ!そのまま生原稿を貼っちゃおう。

場所は南インドのチェンナイ郊外。ではどうぞ!
 

『急激な発展を遂げるインドがちと心配』

インド11日目。27から28は移動と観光であったが、29日の夜から6日の朝までの8日間ずっとホームステイ。

あとは、ご親戚の家のご飯をいただき続けてきた。しかも10日間100%ベジ料理。乳製品を含むインドで最もポピュラーなベジスタイルである。ま、僕の場合、日本にいるのと感覚がほとんど一緒であるが。

昨夕チェンナイに入り、先ほど今回の旅で初めての一人飯をいただく。ホテルのブレックファーストはこれで二度目。

1度目はデリー29日の朝だ。こちらは中級やや低めといった感覚であったが、今回は中級~高級一歩手前のクラスである。お湯も出るし、トイレの水洗も馬力がある。

チリと油と乳脂肪がきいたラジャスターンとは打ってかわり、何事も控えめのさらりとした南インドの朝ごはん。

チェンナイから30キロほど離れた町のホテルに泊まっている。ここは7年前にも訪れた場所だが、当時の面影はかろうじて残るものの、近代化が著しく、ぱっと見には田舎町とは思えない。

サンバル、ヴァダ、ウプマ、ココナッツチャトニー、そしてスイカ。ぜんぶおいしかった。南インド典型の食事だ。ドーサは昨晩たべたのでパス。どれもおいしい。日本にあったら流行るだろうな(でもないか)。

ただ昨晩のチャイも等しく、今朝のミルクコーヒーもミルクが濃すぎてちょっとしんどい。ムジーブに言わせると生クリームみたいなものを混ぜてるよ、とか。

まーなにわともあれ、まず確実に今回のインド旅で僕は太った。インド人も巨漢デブ肥満が目立つ。貧困からのバブル経済で一気に贅沢が加速中のよう。

昭和10年生まれのうちの親父も同じようなものだったかもしれない。享年44歳。インド人たちよ、みんな気をつけなはれや。

2017.05.30

仕事の合間で整理に励む

インドから帰って来て以来、必死のパッチ生活が続いている。

その上体重が行く前に戻ってしまったからやっぱり割に合わない。まぁ1キロだけだけど。

増えるということは、まさしく原稿ウィークだからだ。パソコンとにらめっこは本当に身体に悪い。

目もますます悪くなる。このままじゃあかん!と思うほどに夜中に抜け出して、川や海まで走って釣りに行きたくなるわけだが、なんというのか、自然のカンってやつ?がめちゃ衰えているのがものすごくわかる。

あかんあかん、仕事は?パソコンは?自然力を失う狂気のマシンだ。

僕は空の色や風の匂い、海の膨らみ、川の音が聞こえなくなると僕で無くなってしまうのである。

でも貧乏暇なしはもう諦めの宿命で、体重が戻ろうとも、肩が凝ろうとも、目の前の現実を受け入れ続けるほか生きる道はない。

お袋のことは、インド前にいろいろ家族会議を繰り返して、今は少し楽になった。

が、合計2300枚の写真と、今回もまた濃厚すぎるルポルタージュをなんとか整理しなくては。

その割にいつも実りが薄いのも悲しい事実。あぁこういう人生がいつまで続くのか。

と言うわけで、ぼやきながらもまた匍匐前進に戻ります。

今回はネチネチと言うだけの回と言うことで。ほな

2017.05.19

インドのスパイス石鹸

もうずっと昔からのことなのだが、僕は海外に出るたびに、その国の石鹸が気になって仕方がない。

カリフォルニア、ハワイ、スペインマヨルカ、カンボジア、タイ…石鹸を手にとってはクンクンと犬みたいになってしまう。

とにかく夢中になってしまうのだ。気持ちがよくて瞬時に我を忘れる(笑)。

今回のラジャスターンとチェンナイの旅でも、いくつかの気に入った石鹸を買ってきた。


これは、いかにもな石鹸、これぞ石鹸という匂いがする。その正体はサンダルウッド。そう、白檀である。

日本でも線香や扇子に使われていて、仏教を通して日本に伝わったのではないかと思う。が、だからと言って仏壇の前にいるみたいってわけじゃない。

めちゃ清らかな気分になる。心の埃がスーッと揮発していくような感覚。白檀はスパイス&ハーブの中では珍しく、加熱をしなくても香りが高いと言われる。

とこれだけなら世界各地にあるし、さほど珍しくはない。僕が今回わざわざ買ってしまったのは、ここにターメリックがブレンドされているものがあったから。

ターメリックが炎症や傷を癒すということは、スパイスジャーナル(カワムラが2010年3月に創刊したスパイス専門誌。愛称スパジャー)やテレビ、ラジオなど、あちこちで語り続けてきたことだが、実は美白効果もあるという。

前々から噂は耳にしていたのだが、ほんまかな、という思いがなくもなかった。が、ターメリック入りの石鹸がちゃんと存在しているのを見ると、あぁやっぱりそうなのかとちょっと感動。美白効果に興味はないが、とりあえずサンダルウッドの香りwithターメリクを全身に塗りたくりたい。

次に目を引いたのがニームの石鹸だ。ニームとは、よくアーユルヴェーダやヒンドゥー教徒の神へのお供えなんかで見る植物である。

これは、人の家の庭や道端、荒野にもわんさかと立っている。けっこう大きい常緑樹で、今回も5メートルくらいのニームをあちこちで見た。

2年前バンガロールのある医師のお宅でも、この葉を内臓のケアに使ったり、お腹の虫下しのひとつとしても使うのだと聞いた。とにかくこれは神が人間に与えた万能薬だと言うのである。

うーん、今回買ってきたこれが使い心地よければ、次回はしこたま買い込もうっと。

次はミントである。実はインドはハッカ属世界トップの生産量を誇る国。これには何種類もあるが、スペア、ペパーはもとより和種ハッカも大量に生産されていると聞く。

和種ハッカはメントール成分が豊富なので、やはりミントオイル(ハッカ油)が目的なのだろう。つまり、加工品だ。薬品をはじめタバコや歯磨き粉、日本ならお菓子にも多用されている。

今回のインド旅は盛夏だったこともあったせいか、やたらとこのクール石鹸が目立った。実際に体温を下げることはないらしいが、冷感を刺激するという。(詳しい話はスパジャー12にも書いた!)

大阪の夏は湿気とスモッグで気怠さ満タン。強力ミントパワーで凌げるのではないかと期待している。


そして最後がレモン石鹸。これはもう美白効果とか抗酸化作用など日本ではアンチエイジングに役立つことですっかり定番選手だが、男の僕としてはそれよりもとにかくあの香りがたまらない。

柑橘の香りの中で眠りたいくらい大好きだ。昔もよくレモンでソースを作ったっけな。

実際に使ってみないとわからないけど、もしこのブランドがいい感じだったら、次回はこっそりと女性向けの土産にしようっと。

今回はこの4種類。今まで数え切れないほど世界の石鹸を買ってきたけど、人に話しても誰も興味がないみたいで、ずっと孤高の趣味になっていた。

誰も聞いてくれへんのやったらブログで書いたるわい。ちゅーことでまた!

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