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カテゴリー「プライベート」の記事

どうでもいい話、寄り道したいときにおいでやす

2017.07.18

81歳おふくろのスパイス日誌


おふくろが認知症になってどれくらい経ったか思い出せない。あれれ、僕もうつったか?カミさんにニンチキショウというあだ名をつけたのが10年前。僕までボケるとうちの家族はもう終わりである。

ところで、おふくろが僕のスパイス料理なら食べられると、ボケたなりでもそう言ってくれるのがけっこう嬉しい。

おふくろは片道一時間ほどのところに住んでいる。料理のみならず、家事の際はそのつど通っている。

三ヶ月に一回、一ヶ月に一回、二週間に一回とだんだん増えて、今では一週間に多ければ三回行く。

なかなかたいへんになってきたので、最近は色々と頭を凝らして、我が家で寝泊まりさせるパターンも出てきた。

こうすると僕は何かと活動しやすい。

だって、おふくろの家では毎回残り物がお題目となって、アドリブ料理の連続だから。

得意とかそういう次元ではなく、これはなかなかしんどいものである。

でも自分の家なら、勝手が違ってくる。なにせ素材が多いのだから。

以前はいろんなジャンルをやっていたが、我が家ならますますインド系が増える。

そんな中で今のおふくろが最も好むのがダルだ。

これもまた今まで幾度となくやってきたものだが、一つの公約数みたいなものが見えてきた。

それは豆はクセの少ないムングかマスールであること。水分は多めであること。スパイスはとにかくシンプルで控えめであること。なんでもかんでも足さないこと。

今まで本当に色々な料理をしてきたけど、これが一番飽きがこないし、入れ歯を忘れても平気だし、胃はもたれないし(おふくろは背骨がエスの字型に折れていて、小さくなってしまっているので胃が圧迫されている)、程よい塩気とポタージュ感で食べ応えもある。

スパイス使いについては、僕の勝手な願いで、ターメリックのみか、それを中心とした三種程度。

スパジャーで人気だった近大薬学博士が、ターメリックは認知症に効果のある可能性も否めないといってくれたからである。むろん、それは予防段階での話だし、認知症の治癒薬なんぞ世界のどこにもない。だからこのレシピは祈りが調味料。

でも、実はこのシンプルなダルについては、僕も一番好きな料理である。

仕事柄もあって、まぁ大概のものは食べてきたし、飲食道30余年の間で総数3000をゆうに超える創作レシピがあるけど、その中で感じていることである。

ダルはそのままでもいいし、インドの薄焼きパンであるチャパティと食べるとなおうまい。

おふくろの家の冷凍庫には、常にチャパティを5、6枚入れてある。まぁ僕自身がしょっちゅう作るからだが。

もちろん米とも合うが、意外なところで食パンともよく合うのだ。さらにもっと言えばパンのヘタ(ミミ)が最高である。

ちょっとコシの強いパンならなお。

昨日はパンのヘタと合わせた。おふくろは歯が弱いので、ヘタをちぎってダルに染み込ませてから食べてもらった。

すると普段は時間も居場所もわからないおふくろが、この食感いいね、とか、辛くなくて豆の旨味があるのがいい、とか、生のショウガがきいてるね、とか、ちゃんとその場にアクセスが出来て、まるで常人のようにすらすらと話だすのである。

目下、僕にとっては、大物を釣ることと、このおふくろのナウアクセスが最大の生き甲斐である。

認知症の中でも、食は最後に残る認識とされているが、それにしてもおふくろは自分で言うのもなんだが、さすが僕の母親で、美味しいものにはピーンと来るようで。

あとどれくらい、おふくろのために料理ができるかな。




写真はマスールダルと大根の煮物。そしてパンのミミ!

2017.07.14

夏の神戸港が格好いい

また釣りの話だと思わないでくださいな。

そりゃ僕はそっちばっかりだけど、いやはや、もったいないやら、めちゃええ感じやら、僕ならここを選ぶなぁ的な話である。

神戸港ってみなさんご存知だろうか?

ってそんなもん知ってるわい。だね。

違います。もしも僕が、夏の夜に女の人と歩くならここを歩くなって言う場所があるのだ。

それがポートアイランド北公園である。

ここ、実は関西の釣り好きの間では知らぬ者はいない、と言われるほどのメインポイントなのだ。

本土とポートアイランドの間がめちゃ近くて、つまり潮の流れが早いので、まーいろんな魚と出くわす可能性が高いというわけだ。

魚は映画ニモでもわかるように、潮の流れと共に活動する生き物だから。

普通なら沖にいるツバスやサワラなんかもしばしば上がっている模様(ふん、僕は釣ったことないけどね)。

ツバスってブリの出世名の関西弁。大きくなるとハマチ、メジロ、ブリ呼び名が変わる。

ちなみに東京では、ワカシ、イナダ、ワラサ、ブリとなって、少なくとも築地市場の古い仲買たちは、ハマチというと養殖魚のことを指す。おそらく元は蔑視を含んだ隠語と思われる(関西人遺憾!)

黒潮に乗って回遊する太平洋の魚が、日々狭いとこでセコセコ生きている我々の住む都心のど真ん中を、オリャオリャオリャ〜!ってものすごいスピードで泳いでいることを想像するだけで、僕なんかはちびりそうになる。

とまぁ魚の話はおいといて、歩くならの件。

昨日は北摂は暑かった。豊中で35度超え。西宮や神戸も、大阪というより北摂(北大阪)と気候が近くて、やっぱり猛暑だったよう。

でもこの北公園には、めちゃくちゃ気持ちいい風が吹いていた。

風を楽しむのにベストな時間帯ってものがあって、それは夕方6時頃から8時頃と思われる。

むろん、楽しかったら夜が更けるまでいればいい。

またこの時間帯に潮が上っていくようだったら、潮の匂いも満喫できる。満潮に向かうほど海は海くさくなるのだ。

そしてこの場所の最大の魅力は、埋め立てポートアイランド側から、神戸と六甲山を見渡せることだ。

観光客でなくても、多くの人はおそらく本土側から海を眺めていると思う。

でも埋め立て側から見る景色もまた斬新で絶品である。だって手を伸ばせば届きそうなところに、街と自然とうまくいけば夕陽があるのだから。

左手にモザイクやメリケン広場が、中央に赤いブリッジとポートライナーが、そのすぐ両脇がフェリーターミナルで、右手には倉庫街の上を阪神高速がジェットコースターみたいな感じで映し出される。

北公園はひろーい!(と思うのは狭小中毒の大阪人だけかもしれないが)

赤いブリッジ下を中心に海に向かって赤い煉瓦が敷き詰められ、右へ向かうと200メートルほどの波止場がある。左手はもっと長い波止場になっていてぐるっと回りこむような形をしている。

端から端からまで歩くとおそらく30分はかかるだろう。いちゃいちゃしながらだと1時間なんてあっという間だ。

手前には、芝生やベンチ、噴水など整備されたエリアもある。弁当を持って昼間に来てもいいだろう。

で、アクセスなのだが、車の人は駐車場があるからそこに置くべし。

でも出来れば三ノ宮からポートライナーで行くのが面白いんじゃないかと思えてならない。

というのも昨夜も、この巨大な赤いブリッジを歩いている人ジョグしてる人自転車の人がけっこう多くいるのである。

マップで見ると、本土側すぐのところにポートターミナル駅があるのと、さらにポートアイランド側北公園より3、400メートル向こうに中公園駅というのがある。

この間約1キロあまり。ってことは歩いたってしれた距離だ。

帰路、夜10時過ぎ、北公園から2、300メートル行った先のコンビニに立ち寄ったところ、なぜか若い人たちがたくさんいた。

どうやら近くに大学があるらしい。みんな同じ方向へ歩いていくのを見ると、どうも中公園駅か、橋を越えておそらくポートターミナル駅まで行くのだと思われる。

この子らは毎日ロマンチックな通学路だなぁ。

北公園は、土日はさすがに人が多い模様。でも平日は意外にもって感じ。

大阪では考えられない、ゴミが少なく整備された公園と、カラフルで美しい景色、そして澄んだ空気の海岸(大阪はほとんど立ち入り禁止で色はグレイ一色のイメージ)。

潮風と神戸港の夜景を見ながら歩くと気持ちいいだろうな〜



ポートアイランド中公園駅へ向かうポトライナー



僕の竿が写り込んでるね




2017.07.06

イエローな夜の海

いつになく仕事が忙しくてブログが留守になってしまった。

みなさんいかがお過ごしですか?

僕は多忙になるほど?海に行く隙を伺ってしまいます。

目的はもちろん釣り。と言っても、片道1時間半圏内(つまり阪神間の悲しい色やね的港湾)の半夜から深夜までという残業タイミングで、なおかつ既存のおんぼろルアーかエサはせいぜいシラサエビ一杯500円という相変わらずの下町ビンボーフィッシング。

格好いい道具もファッションもまったくなし。船なんてのは取材でしか乗ったことがない。竿と仕掛けだけを手にもって、ガツガツと防波堤や港を突き進む。頼るのは勘と体力のみ。ガキの頃から生々しいストリートファイターそのままなのである。

僕の店の元スタッフであり親友でもある現在魚屋君の執拗な誘惑も海に駆られてしまう大きな原因だ。こやつ昼間は仕事であらゆる魚を捌き、休暇になると海へ行って今度は生きた魚を捕獲しようとする根っからのフイッシャーマン。

ま、僕は僕で仕事の移動中に釣具屋に立ち寄っては、550円の破格ルアーなんかを買って、早く試したくてウズウズしているわけだが。

で、昨夜久しぶりに海へ出かけたのである。

昨日の阪神間の海は夜7時半頃が満潮。だが満ち引きがいまひとつ弱い中潮である。

最初は淀川の阪神電車高架近くへ行く。到着したのは8時頃でちょうどいい感じで海へ向かって水が流れている。こういうときは流れに逆らうようにルアーをぶっ込むと底を探ることが出来る。

が、いつもより風が強くて思うように投げられない。この辺りは平常時は西風が吹くのものだが、昨夜は南西や南に急変してしまうのであった。

そもそも昔は日暮れと共に風がは止んだものである。が、温暖化のせいか最近は夜になっても風が弱まることが少ない。

さらに強弱や風向きが実に不安定。地球温暖化も問題だが、個人的には道具が少な過ぎることが目下の問題。

いつどんな局面でもこんな状況だから、あれこれと工夫を凝らすしか道がないわけだが、ここまで自然が荒れてしまともうどうすることもできない。

というわけでとっとと場所を変える。風の影響を受けにくい場所というものが存在するのだ。西宮方向のとある浜へ。

普段、釣り人がけっこういる浜なのだがこのときはなぜか皆無。潮はまだ引き続けているというのに。

潮は止まると魚の動きも止まってしまうもの。いくらそこにいてもエサを食わなくなってしまうのである。

潮が止まるであろう干潮時間は大阪で22時40分頃(西部はそれよりも少し遅い)だから、それまでの勝負だ。

時刻は9時をまわっていた、と思う。今度は風がなくルアーを投げやすい。さらに魚影が濃い。とは言え狙いのスズキよりも、ボラやその他の雑魚の気配。

他の魚を釣ってしまわないように、巻き上げるスピードや深さを調整しもってチャレンジし続ける。

釣れそうで釣れない。橋の下にいってみたり、ずっと向こうのヨットハーバー付近まで行ってみたり。

時刻は10時をまわっていた。潮がかなり穏やかになっていた。このままではあかん。魚が覚めてしまう。

今度は真っ暗な逆方向へと突き進む。すると対岸200メートル先の浜から、「きゃーこそばいやん!もうマジやめて〜!」などとカフェバーで騒ぐ女の黄色い声が海岸一帯に響いていた。

さらにその100メートル隣の浜ではバーベキュー?しながら「ち◯こー!」などとガキ用語を叫ぶ若者たち。

間に立つ10階建くらいのマンション住人はせっかくのブランド地帯に住みながらも毎晩これを聞かされているのか、などと思っていると、ふとカフェバーから放たれる鋭い光に揺れる水面に気がついた。

おおぅ、そこに光と影があるやないか〜

手前は光が照らされている面。そして向こう側が影となっている。こういう光と影の境目もポイントなのだ。ポイントとは釣れやすそうな場所のこと。ナンパでいうナビオ前や高島屋前やね。古いか。

境目をめがけていろんな角度でルアーを流してみる。

と思ったら竿がブルブルと揺れる。

おお!やっぱりいてる。今の感触はスレ(たまたまぶつかるように引っかかること)じゃなく、アタック(敵と思って攻撃してくる感じ)にちがいない。

何度かやっているうちにあたりがなくなる。特に都会の魚はスレているからすぐに学習してしまうのだ。

あかんか。ほなこれでどうや。

今度は思いっきり真っ暗な方へ投げて、ゆっくりと手前の光の面にめがけて引いてみた。

そしてルアーが光の面にさしかったその瞬間、ググググィッと引っ張られた。

おっしゃ!完全捕獲の感触。

なかなか引きが強く、何度も抵抗してくる。あれれ〜これはスズキの引きじゃないぞ。まさかボラじゃないやろな。それだけは勘弁して(ボラは力が強いし体がでかいし臭いし何よりも気持ち悪い顔をしている。外道の代表魚)、いったい誰やねん⁈

するといきなりジャンプした!
見えた!こいつはなんとチヌではないか。なかなかデカイ‼︎

キリキリと音をってながらようやく取り込むことに成功。大きなキビレチヌであった。ヒレが黄色いからこの名がついた。美味な高級魚である。



これ、スズキ狙いの折にたまに釣れる。というかこだわり派の釣り師の間では本来こちらが本命魚とされる。スズキはタイミングさえ合えば簡単に釣れる魚と思われているが、チヌは繊細で警戒心が強く獰猛なため、駆け引きと技が不可欠とされる。

ま、僕らはどちらもほとんど釣れないが。

記憶ではキビレチヌは10年くらい前に淀川で釣った以来。あの時もこれくらいのデカイやつで、その引きの強さにえらく興奮したものだ。

僕らにとっては本命ではないが、実に嬉しい超久々のヒットであった。あ、嬉しいのは僕だけか。

釣り上げてからふと背後に気配を感じ振り返るとそこにはうじょうじょと数十匹(十数匹ではない!)の猫が座り込んでおり、こちらをギョギョッと凝視しているではないか。

そうか、腹減ってるんやな。ということで、べしっとしばいて失神させてからプレゼント。すると奥の方から体のデカイ黒猫が絶妙なタイミングでビュッと出てきて、ウギャッーと叫びながら口にくわえて奥へと走っていった。

お前ら、普段は群れているくせに、いざとなった時は独り占めかい。こんな人間がいないことを祈る。

結局、この直後に潮は止まり魚影が消えた。おまけに猫の姿も見えなくなった。潮時ってやつだ。友はムキになって投げ続けるも、虚しくも空振りの連続。

夜23時半頃退陣。

ふっふっ、今日は黄色い声と魚でめっちゃ楽しかったわ!また来るからな〜‼︎

2017.06.08

ライターと編集者はドライバーとナビゲーターのようなもの

ロケハンって言葉をご存知だろうか?


本当の意味はしらないけど、我々ライターなどが取材先探し、あるいは下見に行く時に使う言葉である。


最近は、ネットやブログ、SNSを軸に動く旧メディア(テレビや雑誌など)が増えていると聞くが、少なくとも僕がやらせてもらっている仕事先はいまだにアナログ構造だ。


まず、どんな企画かってところから始まって、じゃどんな人や店などがあるのかな、写真にこだわるならいいポイントはどこかいな、などと、実際に現場を皆で渡り歩いて調べていくのである。


僕なんかは日常から頭の中に自然と色んな企画が浮かびまくっているので、暇になると結果的にロケハン作業を延々とやってしまう。これは幼少の頃からの習性。


生まれもってのロケハン体質なのである。


そんなだから、雑誌、広告媒体、なんであれ、実はこれこそが一番楽しい。


しばしば編集者やカメラマンなどと共にロケハンに行くこともある。そして、彼らの中にもたまにロケハン体質な者がいたりする。そうなるとさらに倍楽しい。


今一緒に行動している編集者なんかはかなり楽しい。


この間も、日本海近くのある店の周辺を調査してドライブしていたら、見晴らしのよさそうな公園があったので車を停め、外へでたとたん「うわっ~、なにあれ~!」と言って、どたどたと芝生を駆け下りていった。


僕は目的の店の位置や、その背景を感じ取ろうと見晴らしのいい丘の上から遠くを見ていたのだが、彼女はどうやらアスレチックの遊具に目が行ったようで。


ロープに垂らされた直系30センチくらいのボールにつかまり、端っこから勢いをつけて滑るのである。距離は15メートルくらいあるだろうか。がらがらがらと子供のようにはしゃぐ。


この日はまたどういうわけ?というくらい快晴で、そこらへんに花が咲いており、もうそこはドラマのワンシーンのよう。


つられるようにして僕も一緒に遊び写真を撮りまくっては、いつのまにか顔がヘラ~となっていった。


こんな風にただただ楽しいって何年ぶり、いや何十年ぶりだろう、ととても嬉しかった。


しかしだ!これはあくまで仕事。僕たちはその店と人にまつわる背景を感じ取り、少しでもその人のことを理解することがミッションである。


公園は公園で素敵なのだが、それはさておき本題を忘れてはならない。


実は彼女、めちゃめちゃ豆だし感性が豊かだし面白いやつなのだが、軸が瞬時にぶれるのである。というか消える、というかもしかしたら元々ない?


ライターとはラリー(荒野や山岳を走る冒険レース)のドライバーのようなもの。編集者とはナビゲーターのようなもの、とたかだかこの道25年の僕は思っている。


ナビゲーターとは助手席に座って、地図や方角、ペースを管理し、常にドライバーの隣で、突然の質問に応えたり、現在地を伝えたり、時に注意を与えたりする役割のこと。道を間違ったらすぐさま修正の指示を出さなければならないし、ペースが遅ければ具体的にあと何秒追い上げろと声を上げなければならない。


そうやってドライバーはただただ体力と技術でもってその場の壁をクリアしていくのである。


ラリーにおいてドライバーとナビゲーターは常に一心同体でなければレースにならない。2人セットで茨の道を駆けて行くのである。それでドライバーがミスれば事故をするし、ナビゲーターがそっぽを向いていたらコースから外れてしまって、その瞬間に負けが決まる。


ドライバーとナビゲーターが1台の車に乗って、2人が同じ目的に向かってはじめてレーサーというひとつの生命体になるのだ。


う~ん、彼女はすぐに自分を見失ってしまうところが大きな大きな弱点である。それはまるで道に迷ってしまったナビゲーターのようなもの。糸の切れた凧、帆を失った舟である。はっきりと言って、自分のコントロールができないのだ。


公園のあと、取材したいと思っている人とあった。でも、話を聞くばかりで結局こちらがどうしたいかということを表現することはまったくというほどできなかった。


言葉はそれなりに放っているのだが、何にも見えてこないのである。一応カシコそうなんだけど、実は真っ白?という感じ。


で、その空虚を補うために、彼女は尋常ならぬ人たらし能力を身につけている。これはおそらく天性のレベルと思われる。取材をする上においてはとても強い武器になるのだが、使い方を誤るとただの思わせぶりの男たらしでおわる。吉凶紙一重の武器なのだ。


彼女はこの武器でもって、数々の、おそらく特に男たちを魅了しては味方につけてきたのだろうが、本当にいい男はそんなタヌキに騙されるわけがないし、近寄ってこようともしないはず。


この時の対象者は彼女にしたらお父さんみたいな年頃の人で、その上たまたま自己主張の強い性格だったから、色々と気づかって相手にしてくれて、その場はつながったけども、それはそれで本題とはまったく別の方向である。


わざわざ片道3時間をかけて、交通費を払い、数千円の料理代を支払い、ご挨拶ができたといっても、それだけである。


これは長い原稿である。同様の人・店がほかに2軒ある。


それぞれ遠くはないが近くもない。距離があるので、その後の調整は至難である。さらに締め切りが22日という殺人的スケジュール。僕はほかに大きめの仕事を3本並行している。今回ばかりはそちらに差障りが出そうで怖い。


実は彼女と仕事をするのはこれで3,4回目くらいであるが、今まで同様の繰り返しであった。結局彼女は何も出来ていないので、ぜんぶこちらがケツを持ち、決断も下し、取材を終えてから一人で取材しなおしなどという、とてつもない仕事量となる。


編集者とは名ばかりで、実はめちゃくちゃお守が大変な他力本願っ子なのだ。


しかし彼女は悪い子じゃない。なかなかにいいやつだから放っておけない。


なんとかそういう自分に気付いてもらいたいと思って、先日もずばっと言ってやった。が、どうやら彼女は、僕のことを単なる頑固親父としか思っていない様子。ふむ、わかっていないことは確実だ。


僕は今までたいがいの道は歩いてきたつもりであるし、今もその進行形である。編集者、企画担当として動くこともあるし、何人かを束ねてチーム行動となることもある。クライアントと共に制作していく仕事も多く手がけてきている。その上で思う。とりあえず彼女は手強い。学校の勉強はできるのに、戦場(社会の現場)で学ぶ力があまりにも乏しいのだ。


参ったなぁ、逃げたいけど逃げられない。これはきっと、昔悪さした女性たちの恨みが返ってきてるんだろうな、なんて思ってみたり。


たぶん取材当日はカメラマンのアシスタント状態となって、取材をした気になって帰っていくんだろうな。それではますます最終的に僕がけりをつけてやる役回りになるばかり。前例がすべてをモノ語る。


時間もないらしい。そして企画も揺れている、というかよくわからない、というか本当にちゃんと立っているのか?いや、そもそも本当にナビゲーターをやってくれるのか??? これまた前例からして、撮影ごっこでおわるに違いない。


ロケハンはあんなに楽しいんだけどなぁ。何度言っても彼女はたぶん気付けていない。


これほどに、取材・執筆を憂鬱に感じてしまう仕事もそう多くはない。


彼女が成長できるために僕にいったい何ができるんだろう。う~ん、正直になる以外なんも思いつかないや。俺もまだまだやなぁ。

2017.06.03

よろしくディレイのインド日誌

何度もいうけど、貧乏暇なしは本当、いや真実である。インドから帰ってきて早1ヶ月近くが経ってしまった。

雑用と言ってしまえばそこまでだが、とにかくやらなければならないことが生きるほどに増えていくのだ。これほど非合理で非能率なものはない。

僕の時間当たり単価はいったいいくらなのか。考えたことは一度もないが、大人になるにつれ、そういう考え方があることを知ってしまって以来、なんとか悲しんでみたいが数学が弱いのでいまだに計算ができていない。ま、いいか。

さて今さらであるが、今回のインドの日誌の一部を抜粋してここに公開しようと思う。

ライブでないと日誌の意味はないといわれそうだけど、いかんせんインドは何事も遅れる国なので、そこんとこは「よろしくディレイ」ってことで。

時系列はむちゃくちゃだけど、全13日間のうちの最後の2日の間に書いた日誌である。日誌だからして校正はナシ!そのまま生原稿を貼っちゃおう。

場所は南インドのチェンナイ郊外。ではどうぞ!
 

『急激な発展を遂げるインドがちと心配』

インド11日目。27から28は移動と観光であったが、29日の夜から6日の朝までの8日間ずっとホームステイ。

あとは、ご親戚の家のご飯をいただき続けてきた。しかも10日間100%ベジ料理。乳製品を含むインドで最もポピュラーなベジスタイルである。ま、僕の場合、日本にいるのと感覚がほとんど一緒であるが。

昨夕チェンナイに入り、先ほど今回の旅で初めての一人飯をいただく。ホテルのブレックファーストはこれで二度目。

1度目はデリー29日の朝だ。こちらは中級やや低めといった感覚であったが、今回は中級~高級一歩手前のクラスである。お湯も出るし、トイレの水洗も馬力がある。

チリと油と乳脂肪がきいたラジャスターンとは打ってかわり、何事も控えめのさらりとした南インドの朝ごはん。

チェンナイから30キロほど離れた町のホテルに泊まっている。ここは7年前にも訪れた場所だが、当時の面影はかろうじて残るものの、近代化が著しく、ぱっと見には田舎町とは思えない。

サンバル、ヴァダ、ウプマ、ココナッツチャトニー、そしてスイカ。ぜんぶおいしかった。南インド典型の食事だ。ドーサは昨晩たべたのでパス。どれもおいしい。日本にあったら流行るだろうな(でもないか)。

ただ昨晩のチャイも等しく、今朝のミルクコーヒーもミルクが濃すぎてちょっとしんどい。ムジーブに言わせると生クリームみたいなものを混ぜてるよ、とか。

まーなにわともあれ、まず確実に今回のインド旅で僕は太った。インド人も巨漢デブ肥満が目立つ。貧困からのバブル経済で一気に贅沢が加速中のよう。

昭和10年生まれのうちの親父も同じようなものだったかもしれない。享年44歳。インド人たちよ、みんな気をつけなはれや。

2017.05.30

仕事の合間で整理に励む

インドから帰って来て以来、必死のパッチ生活が続いている。

その上体重が行く前に戻ってしまったからやっぱり割に合わない。まぁ1キロだけだけど。

増えるということは、まさしく原稿ウィークだからだ。パソコンとにらめっこは本当に身体に悪い。

目もますます悪くなる。このままじゃあかん!と思うほどに夜中に抜け出して、川や海まで走って釣りに行きたくなるわけだが、なんというのか、自然のカンってやつ?がめちゃ衰えているのがものすごくわかる。

あかんあかん、仕事は?パソコンは?自然力を失う狂気のマシンだ。

僕は空の色や風の匂い、海の膨らみ、川の音が聞こえなくなると僕で無くなってしまうのである。

でも貧乏暇なしはもう諦めの宿命で、体重が戻ろうとも、肩が凝ろうとも、目の前の現実を受け入れ続けるほか生きる道はない。

お袋のことは、インド前にいろいろ家族会議を繰り返して、今は少し楽になった。

が、合計2300枚の写真と、今回もまた濃厚すぎるルポルタージュをなんとか整理しなくては。

その割にいつも実りが薄いのも悲しい事実。あぁこういう人生がいつまで続くのか。

と言うわけで、ぼやきながらもまた匍匐前進に戻ります。

今回はネチネチと言うだけの回と言うことで。ほな

2017.05.19

インドのスパイス石鹸

もうずっと昔からのことなのだが、僕は海外に出るたびに、その国の石鹸が気になって仕方がない。

カリフォルニア、ハワイ、スペインマヨルカ、カンボジア、タイ…石鹸を手にとってはクンクンと犬みたいになってしまう。

とにかく夢中になってしまうのだ。気持ちがよくて瞬時に我を忘れる(笑)。

今回のラジャスターンとチェンナイの旅でも、いくつかの気に入った石鹸を買ってきた。


これは、いかにもな石鹸、これぞ石鹸という匂いがする。その正体はサンダルウッド。そう、白檀である。

日本でも線香や扇子に使われていて、仏教を通して日本に伝わったのではないかと思う。が、だからと言って仏壇の前にいるみたいってわけじゃない。

めちゃ清らかな気分になる。心の埃がスーッと揮発していくような感覚。白檀はスパイス&ハーブの中では珍しく、加熱をしなくても香りが高いと言われる。

とこれだけなら世界各地にあるし、さほど珍しくはない。僕が今回わざわざ買ってしまったのは、ここにターメリックがブレンドされているものがあったから。

ターメリックが炎症や傷を癒すということは、スパイスジャーナル(カワムラが2010年3月に創刊したスパイス専門誌。愛称スパジャー)やテレビ、ラジオなど、あちこちで語り続けてきたことだが、実は美白効果もあるという。

前々から噂は耳にしていたのだが、ほんまかな、という思いがなくもなかった。が、ターメリック入りの石鹸がちゃんと存在しているのを見ると、あぁやっぱりそうなのかとちょっと感動。美白効果に興味はないが、とりあえずサンダルウッドの香りwithターメリクを全身に塗りたくりたい。

次に目を引いたのがニームの石鹸だ。ニームとは、よくアーユルヴェーダやヒンドゥー教徒の神へのお供えなんかで見る植物である。

これは、人の家の庭や道端、荒野にもわんさかと立っている。けっこう大きい常緑樹で、今回も5メートルくらいのニームをあちこちで見た。

2年前バンガロールのある医師のお宅でも、この葉を内臓のケアに使ったり、お腹の虫下しのひとつとしても使うのだと聞いた。とにかくこれは神が人間に与えた万能薬だと言うのである。

うーん、今回買ってきたこれが使い心地よければ、次回はしこたま買い込もうっと。

次はミントである。実はインドはハッカ属世界トップの生産量を誇る国。これには何種類もあるが、スペア、ペパーはもとより和種ハッカも大量に生産されていると聞く。

和種ハッカはメントール成分が豊富なので、やはりミントオイル(ハッカ油)が目的なのだろう。つまり、加工品だ。薬品をはじめタバコや歯磨き粉、日本ならお菓子にも多用されている。

今回のインド旅は盛夏だったこともあったせいか、やたらとこのクール石鹸が目立った。実際に体温を下げることはないらしいが、冷感を刺激するという。(詳しい話はスパジャー12にも書いた!)

大阪の夏は湿気とスモッグで気怠さ満タン。強力ミントパワーで凌げるのではないかと期待している。


そして最後がレモン石鹸。これはもう美白効果とか抗酸化作用など日本ではアンチエイジングに役立つことですっかり定番選手だが、男の僕としてはそれよりもとにかくあの香りがたまらない。

柑橘の香りの中で眠りたいくらい大好きだ。昔もよくレモンでソースを作ったっけな。

実際に使ってみないとわからないけど、もしこのブランドがいい感じだったら、次回はこっそりと女性向けの土産にしようっと。

今回はこの4種類。今まで数え切れないほど世界の石鹸を買ってきたけど、人に話しても誰も興味がないみたいで、ずっと孤高の趣味になっていた。

誰も聞いてくれへんのやったらブログで書いたるわい。ちゅーことでまた!

2017.05.15

ラジャスターンのアルバム

今回のインドは、インドの中のインド、インドで最もインドらしい、と言われる北西部のラジャスターンを中心に廻ってきた。

帰国後、連日整理に追われていて、昨日でようやく20%ほどクリア。

まだまだ先は長いなぁ。

取り急ぎ、先行してこのブログにお気に入りの何枚かを公開したいと思う。

データがありすぎて目がくらくらするわ~。

 

クリックすると大きな画像を見ることができます!

2017.05.14

いまのうちに雑感メモ

深い旅とは、どれだけ覚醒が起こったか、ということだと僕は思っている。それは自身の気づきであったり、新たな考え方の発見だったり、消えていた何かが蘇生したりと、いわば自身革命だ。

そんなときは、普段当たり前だと思っていた光景があらためて新鮮に感じたり、同じものでも違って見えたりする。

まいど、海外から帰ってきた後は似たような感覚になることが多いが、今回はその感度がいつもよりさらに強い気がする。

でも、この感覚は、弱火の煮込みみたいなもので、少しずつ馴染んでいってしまう。

帰国した直後が一番感度が高く、徐々に慣れていって、その後の生活が慌しいほど慣れるのが早くて、いつのまにか消えてしまう。これが一番もったいない、といつも思う。

僕自身、何度この感覚を忘れないで大切にしておこうと思ったことか。でも、やっぱり消失していくので、そのたびに、人は環境によって生かされていることを痛切に感じるのであった。

今回はブログという文明の利器を使って、人様に顕にすることで、より緊張感を持って、あれこれと鮮明なうちにメモをとっておくとしよう。

 
●変わって見えるもの。変わったもの。

空気・・・・甘い。ほどよい湿度。あと単純な話だが、身体がようやく熱波になれた頃なので妙に寒く感じられる。ジョドプールの最高気温が43℃、最低気温が27℃。チェンナイの最高が44℃、最低が29℃であった。

街並み・・・異様なまでに綺麗に見える。スカスカ。人は少ないのに側が多い。文化がほとんど見えない。

歩いている人・・・ほぼ全員、人を見て歩いていない。下かスマホか、どっか知らん振り。ま、これは元々僕が人の目を見る癖がある上に、スマホが板についていない、というのがあるかも。

いつもの犬の散歩の公園・・・人の歩行スピードがゆっくり

車・・・静か、スピードが速い、綺麗。

台所やガスレンジ・・・・あぁ、また色々やらなきゃ、という、ややだれた感じ。旅の間は、何もかも誰か他の人がやってくれていた。

ゴミ・・・街はきれいだがマンションやコンビニでもゴミが多い。インドは一見汚いが実はゴミが少ない。

パソコン・・・毎朝スイッチをいれているのだが、翌日とその翌日は入れ忘れてた。

カミさん・・・優しくて怖い。見るのが照れ臭い。また、そう思う心情があること。

シャワー・・・入ることそのものを忘れている。4日ほど経ってリズムを取り戻した。

ペットボトル・・・やたらと分厚くて硬い。インドのそれはペラペラで薄い。

自分の顔・・・どうでもいいような顔になっている。緊張感がないという意味で。

身体のデータ・・・帰国した日の体重は1kg減、体脂肪3%減、内臓脂肪1%減、体内年齢5歳若。2日後以降は元に戻ってしまった。なんでやねん?

 
●変わらないと感じるもの。

行き着け歯科女医の美しさ。

アホ柴のクロの図々しさとアホぶり。

犬の散歩の公園の木々の匂い。

チャイを入れて飲む習慣とその味。

ヨーグルトを食べる習慣とその味。

しばしば作るダールの味。

ふぅ、どうせまた忘れるやろなぁ。ほな、仕事しまっさ~
 

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2017.05.13

束の間の旅からさめて

おかげ様で、笑いあり涙あり、美味しいやら暑いやらの超ディープなインド旅ができた。

9日無事に帰国し、翌日から平常通りの生活に戻っている。

仕事プラス片道一時間かけてのお袋のサポートプラス家事、というのが僕の平常パターン。

そして一昨日はお袋の所へ行っていたのだが、まさかの大発見があった。

それは、僕の本当の出生地が判明したことである。

今の今まで、大阪の藤井寺市と思っていたのだが、本当は羽曳野市だったという驚愕の事実。

なぜわかったかというと、昨夜お袋が財布がないと騒ぎ出し、あちこちをひっくり返して探しているうち、僕の母子手帳が出てきたのであった。

おおっ!これは夢にまで見た母子手帳ではないか‼︎

僕は自分の母子手帳を見たのは初めてである。

昔何度か聞いたことはあったが、そのたびに「わからない」と言って一蹴されてきた。

それが昨日はその辺の書類棚にポカーンと、けっこう簡単な所に置いてあったのだ。

ドキドキで中を開くと、妊娠してからの成長記録や健康状態、出産した病院の名まで書いてある。

そして何よりも嬉しかったのは親父の名前も書かれてあったこと。もう37、8年も墓参りへは通うものの名前を見ることはまずないから。

俺もこうして愛されて生まれてきたのだな、と感慨深く見入ってしまった。

宝物が出来た!

いや、それにしても戦前戦後生まれじゃあるまいし、50歳を越して自分の出生地がわかるなんて、バロムワンに仮面ライダー2号世代の中ではたぶん絶滅危惧種ではないか。

その住所を調べると、最寄りの駅が藤井寺だし、ちょうど市の境目あたりなので、お袋の中ではそうなったのだろうと思われるが。

ま、今さらいいけど。

自分の本当の出生地を知れたことは僕的にはかなりの大発見である。

ちなみに財布については昨日、義姉が見つけてくれた、とお袋から電話があった。

もしかしてインドの神様からのプレゼントか⁈ 今回はけっこうあちこちで神事に参加させてもらったからな〜

インドの神様!おおきに‼︎

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