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どうでもいい話、寄り道したいときにおいでやす

ハイもう完全に年末進行で

もう完全に年末進行ロックオン状態に入りました。

何十年繰り返してもこればかりは慣れません。゚(゚´Д`゚)゚。

元々大阪のライター業はギャラが安価なことで有名?ですが、不景気と叫ばれるようになってから仕事数もギャラも半減しているのに仕事量は三倍増しになっているという事実。

増していいのはチャーシューかシナチクやって!おっと尾道ラーメン山長ですね。なんのこっちゃ。

ま、ぼやきはこの辺にして、今からまた打合せが。と言っても電話でですが。

時刻は現在夜の9時半。先方も多忙なのであります。

今日は道もやたらと混んでたし。やっぱりみなさんも年末進行ロックオンなんでしょうね。僕も頑張ります。



今日届いた、お米のサンプル。松阪の農家さんのよるものです。ジャポニカ米とインディカ米の掛け合わせです。日本人好みと本場っぽさが半々入ってるわけです。昔よくお米の研究におつきあいさせてもらったことがありまして、その後も専門書で書いたりも。いくらスパイスがどうこう言っても日本人はやっぱりお米なんだと思います。

たまには?与太話

いやはや、9月のイベント以来、東奔西走の日々を送っております。

忙しいということは本来おかげさまなはずですが、僕の場合は不器用さが大半の理由。伝票は何千回書いても3回は間違えるし、包装はぐちゃぐちゃだし、3つ以上用事が入ると必ず3つ目が綺麗さっぱり亡失する。

店をやっているときは5人目までのオーダーは絶対忘れなかったのになぁ。

でも基本的に生まれつきのものなので、もうどうしようもないのですが、それでもまだなんとか出来るんじゃないかと信じている自分がいる。そこが未熟の元凶なんですね。

ただ不器用な自分と今日までなんとか付き合ってこれたのは、ごくごく一部にだけ水が流れる道といいますか、知らぬ間にすいーっと進んでいく筋があったからです。

それが料理のレシピを作ったり、人を取材したりすること。

幼少期は誰よりもすぐに泣き出すような弱虫で気が弱い子だったくせに、気がつけば毎日のように誰かの家に上がり込んで一緒に食事をとっている。時に見知らぬ人からも声をかけられて、そのお宅に上がり込んで食事をいただく。

で、これが面白くてしょうがない、と自分が感じるのは他の人とはちと違う感覚だったことに気づいたのは、30歳になってからのことでした。

そういう大人になってからこの体質はちょっと違うのだなと気づくことがめちゃ多く、それはつまり個性であることを知るわけです。

こういった、自分の好みとは関係のない、自分の気づかないような普通のことで今まで生きてこれたことに今更ながら驚きます。

いや、こういうとなんの努力もない奴と思われそうですが、それなりに頑張って来たつもりです。というか何度もボロボロになりました。

身体を壊して入院したのは3回ほど。数千万円の借金地獄が15年くらい続きました。自分の身柄以外すべてを捨て去ったこともあります。家もテレビもコタツも、おまけにガスコンロも。他にもまだまだ、失ったものは数え切れません。

それをよくよく知ってくれている旧友たちがいるからこそ僕は今も健康で生きていられることは間違いないです。

でも、それこそいろんな人を取材させていただいて思うのは、僕なんて小僧だということです。凄い人が世の中にはたくさんいるもので。

これは有名無名は一切関係ないです。隣のおっちゃんだってそうかもしれない。本当に凄い人というのは見た目じゃわからないものなんですね。

さて今日も原稿が待っている。物を書くということは昔から最も苦手な作業で、毎回寿命が縮むような思いになります。

でもこればかりは何としてでもクリアしなければならない。でないとただの炊事野郎か流浪人になっちゃうから。

生まれつき持っているものは、そのままでは活かせないということですね。やはり社会とのチューナーを磨いていかないと。

それが僕にとっては書くということです。僕の執筆はいつも地味。自分を売り込むために書くのではなく、出来るだけ忠実にどこかにある事実あるいは物語を伝えたいと思っているから。

僕は言葉を発するということが最も苦手なことでした。こういうと誰もがネタだと思って笑います。

でも本当なんです。人前で喋るなんてのはもってのほか。書くのも同じことで、できれば一生洞窟の中で暮らしていきたいくらい。

でもそこには美味しい料理や素敵な人はいないから。

書く、という作業にまで落とし混んで、初めて人様の役に立てるわけですね。

あー書くのが辛い。ブログならだらだらでいいから気が楽だけど、仕事となると方向性や文字数、表現方法、事実の裏取り、構成、取材先との付き合わせ、編集者チェック、校正などがあり、また違う世界だから。

あ、中にはチェックや校正なんてしない編集社もありますけど、僕のクライアントはどこもそういった厳しい会社ばかり。

あーいつまでもスマホいじってる場合じゃない。いい加減に机に向かわないと。ほな今からシャワー浴びて頑張るとしますcrying

打倒認知症スパイス介護


たまに有名人なんかの介護トークをネットニュースなどで見受けますけど、こればかりは杓子定規にはいかないな〜と痛感する毎日です。

人それぞれ顔も生き様も全然違うように、その人の老い方も全員違うということが痛いほどわかってきました。

おふくろの症状はますます加速しています。もうこれは説明が不可能。それくらい突拍子がない。

会話が通じ合わない、同じ話をし続ける、同じ質問をし続ける(それも何日も何ヶ月も)くらいならまだ序の口。

突発的に睨んで来たり暴言を吐いたり、誰かを疑ったり、悪口を言ったり、の程度も酷くなる一方で、でも方向性は同じ繰り返し。

例えばそれが僕のことだったら、基本は僕のことがこんな風に嫌というのは決まっていて、その深みやエピソードが増えていくのです。

もちろんエピソードは幻。疑心についてもおそらく全てが幻。

不思議なものでまともな解説をすると一切頭に入らないのに、憎悪、疑い、恐怖などネガティブなものはしっかりと刻印されて、そこばかりが勝手に進化していく。

100パーセント崩壊じゃなく、そう言った部分だけは繋がっていたりするものだから、どうしてもこちらは正気をみった人間だと思って接してしまう。

本当は脳みその中で全部繋がってるんじゃないかという疑心のスパイラルですね。

これを僕や身内だけにぶつけてくるならまだしも、最近は他人にもばら撒きつつあります。銀行や郵便局、牛乳配達、コープ、各種の医者、家電屋、いつもお節介してくれてるお友達、その他近所の人々。

悪ガキを持った親みたいなもんで、あちこちから電話がかかってきます。今朝もそれでした。もうどこからとか言いたくないほど恥ずかしい。

僕がガキの頃に社会に迷惑をかけるたび、おふくろが頭を下げた数をすでに通り越してるんじゃないか?と思うほど。おふくろよ、もう元は取ったでしょ?勘弁してくださいよ。そんな気分です。

でも、そんな中でもふと感じることがあります。それは想像以上に社会は親切だということです。

ほとんどの皆さんは仕事中なわけで、あくまで事務的と言いますか、だいたいはいちいち感情的にならずルーティンワークをこなしていると思うんです。

でも、そんなドライな状況の中でも、おふくろの失態に真正面から向き合ってくれて、電話で何度も同じ説明をしてくれたり、カードがない印鑑がない、などという個人的なことまで付き合ってくれて。

それらは総じて幻であることはすでにみなさん推測の範疇にあるようで。それがわかるから、あぁこのボケタイムに付き合ってくれてるんだなと思うのです。

むしろ心配してくれてる、世話をやいてくれてると言ったほうがいいですね。これが実に有難い。

もう僕なんか個人的にも年々頭を下げることが増えていて、しかも単に下げるんじゃなくて、ちゃんと真心で持って、言葉も尽くしての話。

そこに加えておふくろのことですから。そろそろ腰を痛める頃じゃないか、なんて思うわけですが。

そう感じている今日この頃の中で、あぁいざとなったら日本人は温かいな〜って感じることが増えて来たのです。

介護のあり方って人それぞれ違うと思います。介護を描いた評判の漫画があるようですが、これは施設に預けているお母さんにたまに会いにいくという物語でした。これは介護じゃなく単なるお見舞い。

介護とは生活そのもの。当の僕も行ける時だけというやつです。多ければ週に4日くらい、少ないと1日か、2週に1日になってしまうこともあります。

実際にやっていることは、うちの場合は食事や買い物、掃除、車椅子などが多くて。最近はシモ関係も徐々に。

カミさん曰く「まだまだ可愛い方」らしいです。絶対に自分から言わない人なんですが、恐る恐る聞いてみると、あーやっぱり聞かなきゃよかった、ってことばかり。

この生活がいつまで続くのか、という思い方と、こうしていられる時間を大事にしようという相反した思いが常にあります。

この状況で僕にできること。とにかく、打倒認知症、おふくろのためのスパイス料理をとことん作り倒します。

9/28松阪『八千代』スパイスの会に向けて

いよいよ今週となった、松阪城下町の老舗割烹旅館『八千代』さんでの『THALI』イベント。

『THALI』とは、かつてカワムラケンジが松阪でやっていたインド日替わり定食の小さな店の屋号です。

クローズした2001年以降、カフェハンキードゥリーでは何度かイベントを開催してもらっているけど、それ以外では木工作家の阪口君の工房と森林公園でアウトドアイベントをやったくらい。

しかも今回は三重県で名高い、料亭でのイベントときています。まさか我が『THALI』が『八千代』さんで料理会をするとは夢にも思っていませんでした。

これまでイベントに来れなかった方々に来ていただけるチャンスでもあります。とは言え、『THALI』常連大人層の多くの方はSNSなんてやってないか、一応アカウントを持っているだけで使ったことがないような方々ばかり。

僕もすっかりSNSに犯されていて?それ以外の連絡方法に頭が行ってませんでした。で、今回あれこれと昔のアドレスを掘り探り、ようやく見つけ出した何人かの方々に電話を。

やっぱりいいですね電話は。ドキドキして出るかな出るかな(*゚▽゚*)と思ったら出たっー!

うわー声変わってない!お久しぶりです。あれからあーでこーでこうなって…へぇーそうだったんですか!嘘でしょ???

みたいな、もう何から話していいかわからなくて、中学時代に彼女の家に電話した時みたいに不整脈寸前のドキドキまくり。

店を閉めて大阪に戻ってきてからあっという間の17年。長い長い、でも早い早い。

でも、さすがこれだけの時間が経つと、あの当時でじゅうぶん大先輩だった方々はもういいお歳であるわけで。

いいことよりも、悪いこと?つらいこと?寂しこと?の方が圧倒的に多くて、なんだか泣きそうになりました。

あー僕も必死に生きてきたけど、皆さんもめっちゃ必死やったんやろな〜なんて。

大病を患う方が多く、中には再起が難しい方、他界した方も。そんなこんなで両手放しに喜べることばかりじゃないけど、でもね!こうして再会ができる方もいるわけで!

なんだか再会って奇跡のようなもんですね〜
若い時は思ったことないし、会えて当たり前だったし、時には煩わしく思ったりも。

そう言う意味で今回のイベントは、単なる料理会ではないです。もちろんはじめてお会いする方々には、かつての松阪『THALI』のご挨拶となりますし、シンプルに料理を楽しみに来られる方もいらっしゃいます。

それに加えて、僕個人にとってはとても大きな意味を持った会でもあるというわけです。

あの時があったから今がある。これはあの時には思いもつかないことでした。

僕は狙ってスパイス料理研究家になったわけじゃなく、すべてお客さんや友達、料理人、インド人!編集者‼︎ 職種関係なく親愛なる全ての方々によって育てられた1つの結果です。

だから役割として与えられた今ということになります。ちょっと興奮し過ぎて何を書いているのかわからなくなっちゃった。すみません(*゚▽゚*)

とにかく、とにかく、数日前から準備仕込みを始めているのですが、胸が熱くなって仕方がないです。なんだろう?この熱い想いは。

人生はずっと繋がって今があるんですね、としか言いようがない。

今回は変化球なしの、オーソドックスなインド料理ばかり。まかない、家庭料理がコンセプトだった『THALI』から進化した部分も提供する予定です。

ロードサイドのレストランで出てくるような料理も2、3品作ります。

気合いが入り過ぎて、当日はボロボロになるかも💦

不安と喜びがめちゃくちゃ入り交ざってます。



ペパーチキンマサラのベース完了!これはロードサイドレストラン的な一品。



今回はカシミリーチリを使います。色鮮やかさが特徴。日本には入ってきていない希少なスパイスです。インドの仲良し料理人からの頂き物です。



イベントのフライヤー



今回はバスマティライスと日本米の2種を用意します

『姫路の地魚 食彩図鑑』にゾクゾク




本を見てゾクゾクするのは何年?いや何十年ぶりでしょうか。

先日お仕事でお世話になった方から、自社制作の本ということでいただいたんです。表題の本。

僕は小学校時代は兄貴の読書感想文を6年間加工し続け、中学時代は国語は慢性赤点、高校時代は教科書を持って登校したことが殆どないほどの本嫌いなのですが、この手の本だけは大好きで、築地魚河岸時代は長老から魚辞典を授かり、バーテン時代には海の釣魚ポケット図鑑を何よりもの宝とし、我が書棚の最長在庫本となっております。







ついでに魚かるたもあるよ〜

スパイスジャーナルの次はサカナジャーナルをやろうと思っていたくらいの魚好き。

そんなだから『姫路の地魚』なんて言葉の響きだけでも、今日の約束事も仕入れのリストも吹っ飛ぶくらいの衝撃波があります。



ドキドキしながら紙面をめくると、まずグッときたのが播磨灘(淡路島から小豆島を含む兵庫県沖周辺)の名産ともいうべく魚の1つにスズキが入っていること。

おいおい、スズキは大阪や東京の有機物質にまみれた真っ黒ぬるめの湯加減を好むんじゃなかったのか、と。

全国でもトップクラスの水揚げなんですって。つまり食用に向いているということです。

昔は言われてました。梅雨明けのスズキの洗いは最高と。真水の影響を強く受ける魚がゆえにそう言われるわけですが、公害汚染末期の現代はこれほど不味くて危ないものもない、というのが釣り師の間で常識となりつつある考えであり、実際食べてみると色は悪いし不味くて仕方がない。

でも稀に美味しいスズキと出会うんです。本書にも出てきました。この魚は居着き。つまりその地域で生まれ育つ魚。



だから地域性がもろに出るわけで。美味ということは、それだけ育った場所が美しいということなんですね。

海で言う美しいとは透明度ではなく栄養度というべきでしょうか。要するに生き物にとって好環境かどうかです。

こんな状況から水揚げ量がトップクラスということは、播磨灘の栄養度もトップクラスというわけで、それは海が健康的という意味でもあるのではないかと浅知恵の僕はそう思ってしまいます。

あと感激なのがサワラ。瀬戸内海の名魚といってもいいくらいの魚ですが、結局この本来は外海の回遊魚がなぜ瀬戸内海の名産なのかというと、タイやブリなどと同じく、最適な産卵場になっているからなのですね。

これは昔から聞いていることですし、同様に富山や常磐もそう言われるのですが、瀬戸内海は通年の海水温度と潮の干満の差が激しいことが強みのようです。

魚はデリケートに反応しますから、温度や潮の流れには実に敏感です。1300万人を擁する京阪神にとってこれほど好都合な海というわけですね。

ですが基本的に海の資源は全て激減の流れにあります。今時の子供達が好きなサーモンやマグロはすべて遠方の外洋系。早い話が輸入品。

日本の歴史が詰め込まれてきた寿司は基本的に目の前の海で上がる魚種ですから、とっくに寿司は日本文化出なくなっていると言えますね。

中でも穴子はすでに幻、と魚河岸の仲買も瀬戸内海の釣り師や漁師の口癖ですが、東は羽田、西は明石ということで、地元のプロはどう考えるのかと思いきや本書に載っていました。

昭和の終わりに数百トン〜800トンあったものが、平成10年で200トン、20年には100トンを切り、24年には50トン以下で増える可能性はなしだと。シャコやアサリも時間の問題のようです。

が、一方で増加傾向にある魚もありました。それがハモとサワラ。またまた登場ですねサワラ。サワラはスパイス料理にしても美味しいですから個人的にはかなり嬉しい話です。



ただ悲しいのは、いまだサワラを釣ったことがないこと。神戸あたりでルアーでゲットできるはずなんですが(涙)

ほか、播磨灘の平均水深は約25メートルと想像以上に浅いことにも驚きます。特に本土側が20メートル程度の砂泥底。明石海峡西部や淡路島南部で60〜100メートルなんですって。

ちなみに日本最大の魚種量を誇る富山湾は1000メートル以上と言われますから、これがいかに浅いかということです。浅い=魚にとってはあまりいい環境ではない、はずですが、先述のように温度差と潮の流れ道であり、干満差が大きいことから回遊魚も入り込むし、河川が多くて栄養が豊かなことから産卵場所に最適だという奇跡の海なんですね。

まー自然は全て奇跡なんでしょうけど、これほど人類にとって好都合というのは奇跡の中の奇跡なわけで。いい加減な遊び人フィッシャーマンである僕はやっぱり日々自然に畏敬と感謝を感じてしまいます。

いただきます&ごちそうさまです、瀬戸内海!
そして今度こそ釣ってやる!

260キロ+280キロ+280キロ

表題は2日間で走った合計距離です。

先日、ようやくの夏休みということでカミさんを連れて淡路島へ日帰りドライブに。

その翌日は親戚の所用で静岡県まで日帰りで行ってきました。

以前ワンボックスカーをレンタルして、名古屋経由で富士山往復した時と同じくらい疲れました。とにかく肩が痛い。

でもできるもんですね、2日で800キロオーバー。僕の車はフィットのガソリン車1300ccです。

昔は単気筒バイク400ccで大阪から地べた走って北海道まで2週間で4400キロ走ったことがありますが、あの時以来の1日あたりの長距離記録かも。ま、当時は僕個人の趣味ツーリングですけどね。

今回なぜこんなことになっているかと言うと、まず鬼瓦への奉仕活動が第一で、第二に
95歳になる親戚が転倒して背骨を骨折してしまったこと、第三に認知症が酷くなる一方でますます塞ぎ込んで行くおふくろが自ら会いに行きたいと言い出したことで、ちょっと頑張ってみた次第です。

おふくろは日中でも遮光カーテンさえ開けることがなくなり、言葉のみならず時間の感覚もなくなりつつある状況。その中での、行きたい発言はとんでもなく嬉しい一言だったのです。

また親戚本人を含め、あれこれとお世話になっている方々へのご挨拶と今後の話し合いも必要な状況でした。

これは仕事が多忙な兄貴の代理という宿命的な役割でもあります。

実は僕の誕生日でもあったのですが、例に漏れず「おめでとう」と言われるだけで、当日はひたすら運転手&車椅子要員&テレビAD顔負けのパシリ職人。

今日は今日で普段通り、買い物&食事の支度&犬の散歩云々の使用人状態。

これ、好き嫌いの次元じゃなく、仕方なしにやってます。というか、やる他に選択肢はないから。

まーそんなことで本当なら日頃から肩くらい凝っててもおかしくないはずなのに、800キロ以上走ってようやく肩が痛いというのはきっと幸せなんでしょうね。




元手打ち蕎麦屋の創作ワールド

昨日は久し振りに京都亀岡の無国籍蕎麦料理『拓朗亭』へ。

ようやく平年通り?これまた異常?な気候となって、ドライブに行きたいというので。

片道1時間半ほどの山越えの道がちょうどいいんですよね。この山の近さが大阪北部(北摂)のいいところ。

今回は予約不要の「かすみあげセット」なるカジュアルランチが目当てです。

通常こちらは菊(3000円代)から各種コースが揃う予約制レストランなのですが、もっと気軽に、しかも生蕎麦も食べられるものを、ということでこのセットができたようです。

元は関西に初めて、打ちたて、碾きたて、湯がきたて、のいわゆる三たて蕎麦を、予約なしで日常的に食べられる店として名を馳せたお店です。

それまで予約制の蕎麦屋はあったものの、ぶらっと暖簾をくぐって蕎麦一枚と言える生蕎麦(十割、生粉打ちとも言う)屋は僕が知る限りありませんでした。

また1990年代半ばまでは江戸式の酒肴や酒も取り揃えていました。が、郊外だからか、いや京阪神都市部でも、酒と蕎麦というスタイルは数軒の老舗がやっている程度の時代。まったくニーズがなかったようで、おのずと食い気の方へ向かって行きました。

僕がこちらのお店を知ったのは90年代半ば。取材とプライベートの区別がなくなるほどハマり、ひどい時は新幹線で大阪から京都まで行って嵯峨野線に乗り換えタクシーで向かったこともあります。

ライター駆け出しの頃は、経費が出なくても仕事を削ってでも、このように無茶して魅力的だなと思った店には通ったものです。あの頃はサラ金から借金してでも各地を食べ歩いてました(笑)

だからこちらのお店については、20年あまりの付き合いとなります。

詳しいことは、柴田書店「そばうどん2018」に書いてありますので、ぜひそちらを読んでいただければと思います。

今時の単なるトピックやスピード勝負の記事とは違い、信頼関係あればこその深いタッチで、長い時間をかけ校正を重ねた記事となっております。

ちなみに他にも関西の大御所数軒の密着取材をしております。

とにかく現在の『拓朗亭』は蕎麦も含めた創作料理レストラン。

今まで築き上げてきた地位を自ら脱ぎ捨て、新たな世界への挑戦というわけです。

そんな中で、かすみあげセットなるものを今回は食べてみたかったのです。

ランチからゴージャスなコースもいいのですが、お気軽セットはどんな感じだろうって。

最初に前菜3品。



次がそのかすみあげという天ぷら。メイン素材を網で囲ったものです。僕はプロのライターなのに食事に行くとどうしても写真を撮り忘れてしまいます。特に一番肝心なところを(笑)

そして三つ目が生蕎麦。久しぶりにご主人の打たれるたおやかな蕎麦をいただきました。


その後はコーヒーも。


蕎麦はおろしのオプションができるようです。僕はストレートにざるを頼みましたが。デザートもリーズナブルで追加注文が可能。

これでも十分なボリューム感がありました。もしかしたらシニアなどはここがストライクなのかなと思いつつ。

セット価格は2400円(税込)だったかな。まずはこちらで入ってみて、行けそうと思ったら次回各種コースの予約を入れる、というパターンもありかと思いました。

この後、大満足のカミさんと共に車で10分ほどの出雲大神宮へお参りに。店主のいう通り、めちゃんこ気持ちのいいところでした。

何人かがペットボトルに水を汲み入れてました。なにやら霊験あらたかな気配。よし、今度は僕もペットボトルを持って。

今月は誕生日月なのでおみくじを引いてみたりなんかして。やっぱり中吉だ。僕は常に良くてこの辺。末吉が最も多くて大吉は人生2、3回しか記憶がない。

大吉が出るまで通いそう。
ほなまた




これはセットとは無関係の、そばと松茸のすいとん風。走りも走りでご馳走様です。いい香りと上品なおだしがたまりません!こういったものがまたどこかのコースに出てきたりして‼︎

お盆は墓参りと原稿と倉庫と

みなさんはどんなお盆休みを送られましたか?

僕はやっぱり宿命通り?今年も仕事。これは昔からずっとです。

でも今年はまだ少なくてよかったです(いいのか悪いのかよくわからんけど)。

今夏は本が出たりプロモーションに奔走していて、あまりおふくろサポートに行けませんでしたし。

14日まではドタバタで15日は嫌がるおふくろをなんとかうまく引っ張り出して片道1時間の山寺へ。

小雨がちらついて気温が低かったのでちょうどよかったです。

帰り今年2度目のホームセンターへ。おまけにスーパーへも。今はだいたいのところ車椅子を備えてくれているので助かります。

色々買えて楽しそうでした。ボケてトラブルだらけでも、こうして笑える時間を作れるというのは幸せですね。

家に戻りいつものように食事の支度。このところ2、3日に一回のペースで通っていたのですが、恐ろしいくらいに食べ物がなくなるのが早くて。

あちこちをチェックするんですけど、どうも本当に食べているようなんです。ま、腐ったものを食べちゃうよりはいいんですけど。

こういうことをしつつ、足が悪いカミさんの日々の送り迎え、自分ちの食事の支度や買い物をしつつ、仕事も、という状態にボケてもんちょっと前くらいに戻りました。

あれほどの酷暑はどこへやら。ここ数日は涼しくて過ごしやすいし言うことなしですね。

あとは我が家の台所の番犬が、近くの公園の花火でおしっこチビらなくなればもう大万歳。

こいつ先週の間で僕の部屋で2回もちびりました。一回は雷で。

車の中でも一回漏らしてます。これは理由不明。

このちびり事件が続いたことで、掃除するうち今年の目標であった倉庫の片付けを思い出したわけでもありますが。

そうそう、8年前に創刊したスパイスジャーナルの倉庫をついに出ることに。ようやく底が見えてきたからです。

今年の正月に在庫確認して、あー今年中に出られそうだなと思っていたんです。

ほんとたくさんの読者のおかげです。ありがとうございます!

最初は事務所に保管してました。それがやがて保管庫として別の事務所へ移り、この本を完売しても赤字であることが発覚して以来、慌てて今の倉庫へ。

安価でしたがちゃんと火災保険やセキュリティがあって、なおかつ湿度管理もされていて完璧な倉庫でした。


解体した棚のキャスターを見たら8個全部ひしゃげてました。一個はこの通り割れちゃってるし。長い間ご苦労様でした(//∇//)

こういうことをやりながら?というと変ですが、合間合間を見て原稿を書いていくんです。

取材期間じゃなくて助かりました。お盆は道も空いていて動きやすかったし仕事がはかどりました。

さて、今から家の洗い物をしなきゃ。
ほな!

つぶやきウィークリー

さっきちらっとツイッターにも書いたのですが、ポルトガルやスペイン南西部でも異常熱波らしく、ここ数日は気温45℃を超えているとか。

地中海のマヨルカ島は僕にとって料理のイマジネーションの巣窟のような場所。

油や漬物、スパイス、酒、カフェなど影響を受けたものは数え切れませんが、特に惚れ込んだオリーブがどうなってしまうのかと心配。

マヨルカ島のオリーブが世界に誇る超一級品に育つのは、アフリカからの乾いた風が理由だと島民は口を揃えます。

でも最近は熱風なのだとか。多くの植物は発育に適温というものがありますね。オリーブは大丈夫なんでしょうか。

いまだスペイン産にオリーブとオイルしか使わない僕としては心配でしょうがないです。

さてそろそろ本題へ。

6月の新刊売り出し以来、プロモーションと仕事が重なって時間が超特急で走り去ってしまいました(涙)

というわけで恒例の写メつぶやき方式でもってここ最近を振り返ってみたいと思います。


7/13 那覇から船で約20分。近場の穴場の沖縄離島にやってきました。最高に美しい空と海と風で一切の邪気が浄化された気分です(*゚▽゚*)


7/15 書店トークショーを終え、夕刻発の飛行機で大阪へ。台風や豪雨など自然が厳しいところだけど、このように穏やかに晴れると本当引っ越しちゃいそうになります(๑˃̵ᴗ˂̵)


7月下旬。新刊のプロモーションが一段落したところで、次の仕事へ。大阪で本当に愛されているカレーとはどんなものか?やっぱりインディアンカレーは偉大だなぁ。


ネットもSNSも情報誌もぜーんぶ無視してひたすら自分の足で歩き続けるのが僕のスタイルですε-(´∀`; )


知ったつもりの店ほどわかってないもの。あらためて距離をもって頭を空っぽにして体験していきます。


自分に嘘はつけないな〜と思い、素直にその店のその国に日常食。まったくメディアもブロガーも騒いでないけど、これが僕にはしっくりくるな〜

他にももっといろいろ食べました〜
10日以上をかけて食べたカレーは15食。閉まっていた店は4軒(涙)

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食べ疲れて知人のスパイス問屋でインド製クルフィとチャイをご馳走になる。あ、新刊でもいろいろ協力してくれた「サルタージ」のシャーム社長です。

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再び大阪カレーを食べに行きます。

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ラジオ出演のため神戸へ。打合せはインド料理店。よく年間何百食カレーなんて自慢してる人がいるらしいけど、僕は20年以上前から数え切れない状態になってます(OvO)。僕みたいな人は日本に五万とは言わないけど、5000...500人はいると思います。どうってことないです。

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新刊プロモーションを忘れ、ついつい脱線してしまいます。これ高槻で作られている世界トップクラスの辛さを誇るキャロライナーリーパーというレッドペパー。カップ焼きそばに半端なくあいますねん‼︎ (グッドフォーヘルス?!)

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お世話になっている柴田書店から本が届きました。あらためての蕎麦の薀蓄本。この本のせいで1日だけランチをカレーじゃなく蕎麦になっちゃった。

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あてにしていた今時のヤングいカレー屋が閉まっていて呆然と灼熱の中を歩いていると、まさかな場所にカレーの看板。これがとてつもないオリジナリティとクォリティに感動!

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僕が監修した姫路信用金庫発行「ひめしんSmile」が届く。想像を絶する写真&デザインのクォリティにこれまた感動(*゚▽゚*)

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周囲の人々は「あ、あそこは…」とありきたりの枠を言いたがるけど、僕にはカテゴリーを吹き飛ばすパワーを感じました。日本橋の「黒岩伽哩」さん。スパイスの引き算をわかっていらっしゃる。

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神戸でFM那覇の収録!ラピス和尚さんという方は本物の和尚さんでした。文化は何よりもの癒しであり供養なのかもと気付かされました。

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またナニワへカレー…今日はいつやろ?(-。-;

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ようやく取材始まりました。カメラマン氏と共に炎天下を行脚。撮影後のごっつあん会。

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一週間あいてしまいました。おふくろサポート。猛暑の中、腐ったご飯を食べちゃってました。もう気づかないんですよね。とりあえず何回分かのニューご飯を炊きまして、おかずもあれこれ作りました。もちろんスパイス尽くし。

ざっとこんな感じの今日この頃です(*゚▽゚*)

いまだまっすぐにしか泳げない

テレビを週に一度10分くらいしか見ない僕だが、日大と関学のアメフト問題はカミさんから教えられて以来ずっと気になっている。

というのも中学の時からアメフトには格別の興味があったから。しかし当時はアメフト部がある高校が少なく、僕が住む校区では一校のみ。

ちょいワルのちょいチープだった僕は進路を決める3年のとき、駄目元で担任教師にその高校の名を言ったら「お前に行けるわけがないやろ!」と大笑いされたことをよく覚えている。

その高校は、北大阪では知らないものはいないであろう、山手のおぼっちゃま私学である。

正直な教師の言葉に覚醒した。頭も金も足るわけがなく、それは淡い憧れで終わった。

アメフトの何がいいのかというと、一つは身体そのものが武器であること。

ガキの浅はかな目線で恐縮だが、その肉弾戦ともいうべく全身でぶつかる姿を見て、これだと思ったのだ。しょうもない駆け引きも小技も不要に見えたのである。

僕は昔からややこしいことが考えられない。特に人の裏とか嘘とか操作とかそういうやつは脳内のギヤが錆び付く感覚になってしまう。

得意なのはなんというか、風や雨、海の様子、気温と湿気、人の気迫や軸みたいなものに対してはとてもわかりやすい。

ラグビーではあかんのか?と教師に突っ込まれたが、ラグビーはなんだか賢そうだ。アメフトは頭より身体そのものというイメージがあった。ごめんアメフト選手。

あとはチアガールのイメージもあって…

中学の3年間、僕は水泳に明け暮れた。朝も夕方も日が暮れるまでクラブ活動一色だった。くそまじめなものではなく、部員が家族のようなものだった。練習もイタズラも、辛い話も楽しい話も全部分かち合えた。

もしかしたらそう思っていたのは僕だけかもしれない。でもそれは大した問題じゃない。中学2年の時の親父の急逝によるショックを救ってくれた場所だった。

どんなスポーツでもそうだろうが、肉体だけではなく精神も同じだけ重要な武器である。

その質はスポーツによって様々だと思うが、水泳はまず孤独との付き合い方がものを言う。味方も敵もない。

そして次に余所見や寄り道はあり得ないということ。サッカーのようなフェイントもなければ、野球のようなチームプレイもなければ、マラソンにように景色が変わることもない。

ただひたすら耳を劈く水の中で、全力を振り絞り、でも距離やその日のレースによってペースを考えつつ、ただただブレずにまっすぐ泳ぎ続けるだけなのだ。

たまに考えることがあるとすれば、弱点や悪い癖を克服できているかということくらい。入水ポイントはより遠くでできているかとか、バタ足は膝を曲げずに波打てているかとか。

水泳ってそういう意味では、かなり職人世界なのかもしれない。

アメフトに憧れた中学3年当時。僕は真っ黒に日焼けしていて胸囲は1メートルのマッチョ体。趣味はレッドツェッペリンのギターコピー(超下手くそ)と音楽テープの編集だった。

国語の授業では本が読めないし、音楽の授業では泣き出してしまうほど人前に出るのがなによりも苦手で引っ込み思案。

なのに水泳部では部長というアンバランスさ。2年の時から受賞役や選手宣誓もやらされてきたし、水泳部新聞も書かされた。新入生およそ500人を前にして水泳部の話もさせられた。そのたびに心臓と精神が壊れそうになったものだ。

良くも悪くも神の仕業に違いない。

そんな中で、宣誓はやりすぎて今でもはっきりと覚えている。

宣誓!
我々は、スポーツマンシップに則り、最初から最後まで正々堂々と戦いぬくことをここに誓います!
ナンガツナンニチ!茨木西中水泳部カワムラケンジ!

三つ子の魂百までか。頭の中がいまだにこのままで困っている\(//∇//)\

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