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カテゴリー「プライベート」の記事

どうでもいい話、寄り道したいときにおいでやす

2018.02.17

は〜るよ来い

先日久しぶりに赤ちゃんを間近で見てちょードキドキした。

おふくろん家のお向かいさんの娘さんが産んだばかりの赤ちゃんを抱いて散歩していたのだ。

不思議なもので、今日も明日もわからないおふくろが、ベロベロバー!とやると赤ちゃんも負けじとウッへ〜と笑みを見せてしっかりとコミュニケーションが取れている。

人は最終的に食欲だけが残るなんて言うけれど、新生児に触れる喜びもずっと残るんじゃないのかな。

それにしても赤ちゃんはやっぱ可愛い。ほっぺたがぷくぷくで、大人の指をぎゅっと握りしめて、足をばたつかせ、近づくだけで熱くなってくる、生命パワーの塊だ。

どんな福祉や介護サポートよりもこうやっていろんなジェネレーションが無欲に混じり合っている方が絶対にボケに効くと思った。

治癒することは永久になく、発症すると長くても10年生きられない、と言われるアルツハイマー。

最近はようやく家族の態勢が整いつつあって、僕個人の動きはかなり楽になった。この一年でまた何が大切で何がどうでもいいかがより振り分けられた。

昨日の朝いつもの公園へ行くと紙芝居をめくったようになんかいつもと風景が違う。

毎度の朝ヨーガでふと上を見ると、おおっと空が入れ替わっとるやないか〜

空気はまだまだ冷たいけど、この空はもう春にスイッチオンやなぁ。

ということは海ももう変わってるはず。うわぁ昨秋から一回も行けてない。魚釣りに行きたーい!


2018.02.13

タイムトンネルから抜けて2

なんでか知らんけど、前回の日誌で後半写真が掲載できなくなったので、別ページで続きを。




26日。うちにある食器を並べていくと、椀タイプが25種、プレートタイプが30種ほどあった。




27日。大阪でも初雪。キュッキュとなる雪は珍しい!掃除機みたいに食べ歩くクロ。




2月2日。沖縄2日目の朝。一人で抜け出して北谷の海を見に行く。この美しさから有事はとても思いつかない。




インスタにもアップしたけど日曜からの七日間で全54種類のカレーを作る。わかる人にはわかってもらえると思うのだけどこの日数でまったくベクトルの違うカレーを54種類はなかなかトライアスロンじゃないかと。
口癖は「料理はスポーツ」。久しぶりに筋肉痛になった。いやほんま。

ほなまた!

タイムトンネルから抜けて

気がつけば2月も半ば。いやはや、今年ももう終わりやねー( ;∀;)

みなさん大変大変ご無沙汰しておりました。いかがお過ごしですか?

僕は完全にスタートレックか宇宙戦艦ヤマトかの時間の概念がよくわからない世界にいました。

人は計画を立てるほどに時間が早くなる、みたいなことを聞きますが確かにそうかも。あー時間が年々マッハになる。いやだいやだ。

僕は有名人でもなんでもないけど、あいつどーしてんねん?とちょっとくらい思い出してくれる人もいるかもしれないので、そういう人に向けて、今年一年の?今年一ヶ月半のダイアリーを写メで一気に上げてみようっと。



1月2日の日の出。というか普通に朝。ええお天道さん拝ませてもらいました。おふくろん家の近所にて。



6日。京都のとあるお店の厨房で鯖寿司をいただく。こういうつまみ食いがまたご馳走感山盛りで。



12日。血圧上昇&精神テンバリ状態が続く忙殺真っ只中(ありがたいことだけど)、ふと隣を見ると日向ぼっこの番犬クロを見て血圧低下。




13日。原稿など宿題満載だった正月地獄を駆け抜け、ようやく今年初の休息日。カミさんを連れて淡路島をドライブ。練り天食べて地酒と魚の干物買って。おばはんは飲むことしか考えていない。



20日。静岡の法事に10年ぶり?に参加。おじさんから親父が寄稿しているという広告業界誌ブレーンを手渡される。親父がどんな人だったのかをちょっとだけ知れて嬉しかった。本は昭和54年11月1日発行。この一ヶ月前に親父は他界している。



24日。取材先でレアな酒をご馳走になる。いまは本当飲まなくなったが、この時はなぜだかシツコクなってしまった。

2018.01.01

謹賀新年2018

みなさま、2018年もよろしくお願いします!

どのような年末年始をお過ごしですか?!
僕は相変わらず出来が悪いので、やっぱり今年も宿題だらけ。もうほとんどのことは諦めモードだけど。
こんな時代のせいか、同じ書くのでも重責が伴うことがどんどん増えていく。
売れりゃそれでいい、というクライアントではないことがほとんどなので、その分、暇さえあれば裏とりか確認作業に追われる。
場所が近いと当然、遠くたって、現場でないと理解出来ないと判断したら、経費がでなくても飛んで行ってしまう。
あれ!また来たの!?なんて驚かれるのは日常茶飯事。数歩歩くと、あ、そうだ、もうひとつお聞きしたいのですが、とやっぱり刑事コロンボだとしょっちゅう言われる。若い人は知らん?
年々遠慮知らずの体質になってきているので、ずけずけとどこまでも聞いてしまう。相手は犯人でもないのに疲れるだろうな~。逆に元気になっていく人のほうが多いかな。
でも、さすがに年末年始はみなさん帰郷したり、家族と過ごしたりしているので、ちょっと、とはいかない。
だから今度はレコーダーを聞き続けるのだ。今年はどうだろう。今回の取材では、長い人で4,5時間。短い人で1時間半くらいだろうか。
それが8人分あるから、あー計算するのが嫌になった!
僕のレコーダーは10%刻みで200%までスピードを変換することができるもの。でも、早けりゃいいわけじゃなく、大半は要所を3,4回聞き直すことになる。
そうやってメモを書き起こしてから、さてどのような文体と構成にするのかという流れになり、ある程度まとまったら今度はレイアウトとの戦いだ。
レイアウトは血も涙もない。もともと、かも&だったりの200Wくらいのチャラ文だと、えーそれってなんのこと!?とチョーお気楽なわけだが、人様の人生がのっかった取材を、何千もの文字数でもって書く仕事の場合は、レイアウトの関門はちょっとした博打である。
必死のパッチで書き起こして文章を組み立てたというのに10000Wあったとしたら実際の白場は2000Wなんてことは普通だ。
もっと酷いと歩留まり5%なんてのもざらにある。
デミグラスソースでいえば、ここまで手に豆ができるほどじっくり煮込み続けてきたのに、実際にソースとして使えるのはその半分とか、へたすると1割、いや5分という感じである。
この作業が最もストレスフルなのだ。この歩留まりでは、言葉の差し替えなど小手先では話にならない。
早い話が、ほとんどを捨てるのである。どこまで斬れるか、という断腸の決断を何度も繰り返すのだ。
素人ほど、言い聞かせようとして文章が長くなるもの。だらだら書くのは愚の骨頂、というのは僕が初めてコラムを書き出したときの、とある雑誌の編集長の言葉。
たくさん書いてしまう僕はまだまだひよっこだ。
だから、深い取材をすればするほど、いろんなことを知れば知るほど、行間に託すことが増えていく。
時代は行間とかけ離れていくばかり、らしいけど。
今年も間違いなくマイペースになってしまうと思われますが、みなさん、今後ともよろしくお願いします!
Img_0017


2017.12.29

まいったな〜今年ももう終わり!

なんということだろう。今年は今まで以上に時間が駆け足で過ぎて行く。

テレビも見なくなったし(見る暇もないけど)、年越しの雰囲気もほとんどない。

ただいつもの月末のようにさっさと過ぎて行くだけである。

そんなだから達成感も何もない。ほんと、ただいつもの月末って感じ。

でも、かと言って季節感のないくらしをしているわけではない。

僕にとっては冬は歩きの季節。昨年もそうだったが12月は8月の3倍くらい歩く。

スマホのおかげで歩数や距離、毎月の平均値まで楽に計測できる。いい時代になったな〜。

自身の恒常力が低下したせいか、年々バイクに乗る時間も減ってきて(バイクは再起不能になるほど体の芯から冷える)ますます歩くようになった。

するとこれが、バイクに乗っててもそうだが、存分に季節感が味わえるのだ。

一本筋が違うだけで空気の匂いも変わる。大通りはもちろん排気ガスがメイン。住宅街に入るとおでんらしき大根を炊くような匂い。公園付近は枯れ葉の匂い。川近くは冷凍庫を開けた時のような匂い。

夏の淀川なんて草で覆われた池の匂いと生っぽい潮の匂いが入り混ざる。風は西からだし。冬の淀川は北や南やところころ変わる。

寒いほど、いや貧乏なほど?必死のパッチで歩き倒すもんだから、日中気温が10度以下でもやがて汗ばんでくる。

止まるとすぐに冷えるので、メモを見ながらとか資料に目をやりながらストレッチやヨーガをする癖までついてしまった。

そうなるとこれまた止まると死ぬんじゃ体質が深まってしまい、もっと歩きたくなる。

で、この歩きたい症候群を邪魔するのが執筆作業なのだ。

取材はいい。なんだかんだと動きが多いし、人の話を聞くというのは静かなようでけっこう体力を使うものである。

でも書くという作業は、ひたすら椅子に座ってパチパチ指パンチして、疑問や迷いにぶつかると、本棚を睨んだり資料を弄ったり、取材先に電話やメールしたりと、とにかく血管が狭まりそうな状況に陥る。

血管が開きそうな取材と狭まりそうな執筆を僕は延々繰り返しているわけだ。

これをやるだけの毎日で1年という、言わばたまたまの区切りが過ぎて行くのである。いったい誰が作った365日周期説。

僕は仕事が嫌になると、ぜんぶボイコットして、料理をしたり、知人の店に行ったりするなどして色んな話で盛り上がる。そう、仕事と全く同じことをしているのだ。

だから救いようがないっす。

さすがに、そういうメビウスの輪的な人生であることはもう気付いている。野望も何もあったもんじゃない。

12月は、以前に比べて少しずつ自分の生活を取り戻しつつある。おふくろのサポート態勢が以前に比べてかなり進展したからだ。

認知症や介護というものが、人の数だけ、家族の数だけ各々違うことを肌身で痛感するほど、あれこれと手を尽くすわけで。

そういう意味では今年は、毎日が新しかったとも言える。不思議だな〜老いと向き合うほど新しいのだから。

あ、そうそう。松阪で僕がやっていた店「ターリー」でも「スパジャー」でも大変お世話になってきた宮川アキラ氏が、12月くも膜下出血で倒れた。この人は7年前にも一度やっている。

今ずっと昏睡状態で、今月は見舞いもあって2度上京した。

ほんと、人はいつどうなるかなんて全くわからない。だから区切りも人それぞれなのだ。

何を言いたいのかよくわからない支離滅裂な日誌になってしまったが、とにかく僕はただただ、今の自分にやれることを存分にやらせていただくだけだ。

人は思ったほど人のためにできることはない。だから、やれることをただやり続ける他ないし、言い換えればそれが唯一のできることかと。

深い昏睡の中にる宮川アキラさん、霞み行くおふくろのために。

明日も明後日も、明々後日も、歩き続けよう、書き続けよう。

ちなみに「ささって」って標準語は存在セーへんで三重県人。三重県では明後日と明々後日の間に「ささって」が存在する。理由は三番目のサ。

あかん、物の書きすぎで頭おかしなってるわ。
ほなええ年を!

2017.12.17

師走だから歩こう

やばいやばい。気がつけばもう12月の下旬にさしかかっている。あーいやだ。

貧乏暇なし、は宿命としてすでに諦めている。どうしたって諦めがつかないのは冷えゆく身体だT^T

歳を食うとはこのことか⁉︎
いやはや、すぐに身体が冷えてしまうし、一度冷えたらなかなか熱が戻ってこないし、食いしばって歯は痛くなるし、苦手なコーヒーを飲む機会が増えしょんべんが近くなるし(^_^;)

昨夜もカミさんを迎えに行き、まずは近くのスーパーのトイレへ。

でもって「あんた何でこんなに冷えてんだ⁉︎いい加減にもういい歳だってことわからなきゃダメだよ。ちょっとは動き方を考えな!」と口撃を受ける。

昨日はなんだか温かい日だと思ってしまったのである。だからついつい調子に乗ってスクーターで出かけてしまった。

いや、それだけならどうってことないのである。僕はどうしても考える前に行動してしまう致命的な体質なのだ。

ここんところ何かと多忙で、久しぶりに行きつけのインド料理店へランチに。
「今日はまだマシだけどバイクは寒いでしょ」と食後に温かいコーヒーをご馳走になる。

いやいやこれくらいどうってことないよ。ご馳走様!いつもありがとう‼︎

と言ってトイレへ行ってからスクーターにまたがる。

今日は温かいわけじゃないけど最近の極寒の中ではかなりまし。久しぶりの人の顔を見たいと思い、ウキウキ気分で今度は約20キロ南の懇意にしているアジア料理店へ。

が、梅田を超えたあたりで、身体の痛みがなくなり、やばいかなと思ったが、すぐにまた、いやいや久しぶりだから!と思い直してずんずん前進。

何十年も生きてきて、身体は寒さで最初は痛みが出て、それを通り越すと麻痺して感覚がなくなり、さらにそれを越えると意識が薄くなり、それを繰り返していると内臓に悪影響が出る、ということが、最近ようやく情報として頭に叩き入れてきたはずなのに。

アジア料理店の彼らは休憩中だった。今年の僕が家の事と仕事でけっこうたいへんなことを知っているので、ちゃんと元気な顔を見せておきたかったのだ。

「なんだかえらく痩せましたね。ほんまに大丈夫ですか?」
大丈夫大丈夫。かえって体調ええくらいや。

そんな感じで楽しく雑談して、今度は北上し尊敬するあるお店へ。

「今年は太刀魚の当たり年でしたね。もちろんカワムラさんやりまくりでしょ?」

いやいや、それが釣りにも行けない状況で、仲間が釣果の写真を送りつけてくるものだから悔しくて。時刻はおそらく6時過ぎ。

店のお弟子さんが温かいコーヒーを入れてくれた。これがまた濃厚で香り高くて。

が、今の僕は酒もコーヒーもすっかり弱くなってしまい、美味しいのになかなか進まない。気がつけばすっかり冷めきったところでカミさんから「今終わった」コールが鳴る。

ごめんね、せっかく入れてくれたのにもう帰りますわ!

と言ってトイレを借りる。ここで初めて身体が冷えていることに気付く。手をさすりながらスクーターにまたがり、ほなまた!

ここからカミさんの職場まで約10キロ。淀川大橋上で冷蔵庫を開けた時のような冷風にビビり、千里に入ったあたりで晴海埠頭のマグロの冷凍庫みたいな匂いの空気に飲み込まれ、なんとか到着したわけだ。

家に着き、命の危機を感じた僕はめったと入らない風呂に湯を入れる。我が家は万年シャワー族なのだ。

裸となりふと鏡を見ると、全身から艶がなくなり、顔は真っ白。というか頬もこけて目の下にはクマができてて青白い。ア、こりゃヤバい。

お風呂を出て、仕込んでおいたおでんを平らげる。締めは沖縄そばをつけてズルズル。急速暖房により鼻水もズルズル。

ここでまた釘を刺される。
「あんたフォルツァ買った時もそうだった。もうちょっと加減を知らないと。いい歳なんだから」

歳なんて関係あらへんで。

「そういう意味じゃなくて、覚えろってこと。何度も同じこと繰り返してたんじゃダメだよ」

フォルツァとは十数年前に買ったホンダの250ccスクーターの名前である。シート下にたくさんの荷物が入って、フワフワとした乗り心地で疲れ知らず。燃費もいいしギアもないので快適この上ない乗り物だった。同様のスクーターが各社からでていて、若い人たちの間で大人気だったのだ。

当時の僕は車を買うほどの蓄えはまだなくて、コツコツとようやく貯めた金でこのスクーターを買ったのであった。

念願が叶ったことと、想定以上の乗り心地の良さに感動し、嬉しすぎて買った翌日にカミさんを乗せて三重県まで行ってしまったのである。

あの時も真冬だった。カミさんは東京の都心のど真ん中で生まれ育った人だから、バイクの感覚も、三重県がどこにあるかもわかってない。

進むだけ進んで、日が暮れて、亀山あたりでみぞれが降ってきて、「ヤバい、ただちに帰ろう」となって名阪国道を逆戻り。

すると奈良に入る手前で大雪となり、サービスエリアも見当たらず、避難エリアにバイクを止めて、お互いの身体をさすりあったりして、少しずつ前進。

やがて奈良にはいってから、今度は僕のヘルメットにカミさんのヘルネットがゴツゴツとぶつかり出し、その度に僕は呼び起こしたり、ちょっと乱暴に走ってみたりして、寝るな!寝るな!の八甲田山状態に。

最終的には奈良を出るあたりで、ついにカミさんは昏睡状態?気絶状態?で起きなくなってしまい、ようやくのサービスエリアで九死に一生を得たというわけである。

この難航の原因は、僕の嬉しすぎと決定付けられた。

以来、感動を燃料にどこまでも動く生き物だというレッテルを貼られ、NHK大河ドラマで秀吉が「愚者は経験からしか学べない」と言ってたなどと、ことあるたびにカミさんからゲキが飛ぶようになってしまったのである。

というわけで、僕はそろそろ学ぶ時が来た。今日からできるだけ歩行にかえる。スピードは比較にならないほど遅くなるが、身体を温めることができる。

今日は今から西天満で打合せ。家から現地までググってみると約15キロ。いま11時15分だけど約束の13時半に間に合うか?

2017.11.10

カレーと音楽

昨夜、ゴスペラーズの黒沢薫氏からお誘いいただき、『Spice for Lovers』なるイベントに行ってきた!これはカレーマニアでもある黒沢薫さん主宰のカレーと音楽のコラボイベントである。

何組かの若手ミュージシャンも共演していたのだが、僕の脳にはひたすら、めちゃ可愛い女性ソロシンガー2人と、これまためちゃんこおもろいデュオの女性シンガーの声がこびりついてはなれない。(男性陣ゴメ~ン)

カレーは『デッカオ』と『サッチェズ』という人気の2軒(もちろん大阪の店)が出店。両店共、人をいたわるような味わいで、とてもいい気持ちになれた。さすが黒沢さんお勧めの2店である。

僕たちはゲストなので椅子は女性客にお譲りして、3時間半ずっと立ったままカレー食べのビール飲みの。大丈夫、大丈夫。立たされるのは小学生からの得意技だから。

大阪は老舗ライブハウスのバナナホールでの開催。他の地域でも開催するらしいが、とりあえずこちらは200人はいるかどうかのややこじんまりサイズ(以前の堂山から東通り寄りに移転)。

その上、自由にカレーを食べながらのスタイルだから、実に和やかな雰囲気に包まれていたのが印象的だった。

人と人の距離が近いのは大阪の特徴。お客のほとんどが女性だったこともあってか、僕は周囲の人々とすっかり顔見知りみたいな感じになってしまい、実に安心感があるというか、なんだか懐かしいような。

はて、なんでこんなに懐かしんだろう? そうだ、かつて僕がやっていた音楽と酒と無国籍料理の店『P・AGE・BAR』だ。

それは1991年の創業。毎週末はレコードやライブ、たまに隠し芸オンパレードの『P・AGE劇場』など、とにかくイベントやりまくりで、警察からしょっちゅうお叱りを受けたが、退屈な郊外の住人たちからは大受けだった。

その中で、当時大阪が誇る名シンガーであり、ジャパニーズレゲエの草分けの一人として名高いKAJAさんの日は特に熱く盛り上がった。

14坪の狭い店に多い時は4,50人動員。椅子は25個しかなかったので、立ち見は当たり前。

そしてよく考えてみたらKAJAさんの日は、『ラスタカレー』なる3色のカレーもセットにしていたのだった。

カレーには、本当はブラックオリーブを入れたかったのだが、当時は今のように輸入食料品なんて簡単に入手できるわけがないので3色とした。

赤はトマトのカレー、緑はホウレンソウのカレー、黄色はターメリックライスを。

僕は当時からカレーと音楽は同じハーモニーの世界だと強く感じていて(黒沢氏も今回のステージで同じようなことを話していたっけ)、特にライブとカレーはしばしば組み合わせていた。

そもそもライターとしてのデビュー作は『カレーと憂歌団』というエッセイ。80年代から90年代にかけて、レゲエがKAJAさんならブルースは憂歌団というのが大阪ミュージックシーンの巨頭。

高級デパートでもスパイスは数種類、レシピブックも見当たらない時代だった。いろんな空想に耽りながら、ひたすら各国料理店や先輩料理人を尋ね歩いている時に、ウォークマンに入れていたのが憂歌団の『Taste of UKADAN』(1998年)というアルバムであった。

特にその中の「夢の印度」という曲は、まだ見ぬスパイスの夢を存分に見せてくれた、僕にとってはまさに迷曲中の瞑曲である。

この話は前に、大阪のFMココロ、ばんばひろふみさんの番組にゲストで出させてもらった時にも話したことがある。

だから僕にとって音楽とカレーは、人生の扉を開けた鍵でもあるし、幸せを呼ぶ優しい芸術でもある。

いやはや、昨夜は黒沢さんに誘われ単純に遊びに行ったつもりが、昔のいろんなことを思い出してじ~んとなったり、あらためて頑張ろうとパワーが漲ってきたりで、すっかり心が新陳代謝。

おおきに!愛たっぷりのハードコアカレーシンガー黒沢薫!デッカオとサッチェズカレーにも癒されたで~ほんま!

2017.11.06

結局、1日病院で終わる

今日は同じ病院でも整形での待ち時間だ。最初にカードを出してからすでに3時間が経っている。もちろん主役はおふくろだ。

それにしても郊外駅前の個人経営にしては大げさなクリニックで疲れる。

11時頃に行って「2時間ほどお待ちください、空いたら電話します」と言われたので、いったん昼食を取りに家に戻って、約束の1時頃をめがけてやってきたのだ。

なぜ、電話がないのにのこのことやってきたかというと、以前にもこちらのクリニックで同様「◯時間後に電話しますから」と言われたことがって、いったん家に戻って昼食を取り終えたところで電話がなり、そこから出かけると、向かう車中で「まだですか?今どこにいらっしゃいますか⁈」と強い語気で言われ、着いたら「ちゃんと側にいていただかないと困ります!」と注意を受ける。

それがトラウマとなって今日は頃合いの時間を狙ってクリニックが入るビルまでやってきたのである。ちなみに家からクリニックまでは5分ほどの距離。

だのに先ほど顔を出したら、ええ!なんで来てしまうの⁉︎的な冷ややかな表情で、「あのぅさっき電話するって言ったんですけど?来てしまったんですか?まだまだ1時間以上かかりますけど?」とハテナアクセント攻撃連発。

定例で行ってるのは歯科と内科と眼科。こちらへは一時期定期的に通院していたけど、なかなか体調が良くならないのと受付の女性が怖いので行かなくなってしまったらしいのだ。

近所の住人たちも同じように「こちらのクリニックは女の人が怖くて無愛想だから行かない。行くなら隣駅の大きな病院へ行くことにしてる」と口を揃えて言うからそうなのだろう。

それにしても、まぁたかがクリニックで、オーナードクターだし大した設備もないわけで、まぁ怖い女の人がいても可愛かったらええやん、と男丸出しの発想で余裕なことを思っていたわけだが、さっき行った時に、顔は綺麗なのに目が怒っているのがわかったものだからこりゃまじで怖そうだと認識してしまった次第。

でも今日は朝10時から歯科医院だったのと、何より、今朝転倒してしまい肩が痛くて動かせないというので、とりあえず手取り早いところでってことで、この整形クリニックへ。

ドクターは打って変わって人の良さそうなオッちゃんで、近所ではヤブ評が高いが、まぁそれでも自営してるくらいだからそれなりに凄いと思うのだが。

いやはや、それにしても整形クリニックの女性は確かに怖そうである。先から年寄りどもを弾くようにきつい語気で片付けていく。

高齢者の転倒は、なんでここで⁈といった想定外で普通に起こり、いとも簡単に骨折してしまうのだとベテラン看護師のカミさんは言う。

おふくろに聞けば、お掃除ロボットを避けようとして転んだと言う。向こうが勝手に避けてくれることはさすがのおふくろでもわかっている。

想定外の年寄りが行けるクリニックが近所にあるだけでもラッキーと思うのがたぶん健康的だ。

おっともう4時間になろうとしてるのにまだ呼ばれないぞー

あーイライラしてきた。あの女性もこんなの毎日じゃ疲れてしまうね。実はぜんぜん怖い人じゃなかったりして。

ふむ、わかったぞ!彼女、遊びが足らないんだ!どうよ、俺といっぺん食事でも、と言いたくてしょうがなくなってきた。

2017.10.31

パクチー祭りと三重の虹

おふくろが通う眼科のウェイティングが長いので今のうちにブログを書いちゃOh!

去る29日の日曜日、三重県亀山であったパクチー祭りは実に楽しかった。

一時は台風直撃で開催が危ぶまれたが、主宰の岡田佳織さんが「台風でもゴー。午後3時までに変更!」と鶴の一声で決行。

僕は今は店を持ってないので、仕込みは丸々100パーイベント仕様。何が何でもやるのだ精神でドキドキのワクワク状態だった。

何を作ったかと言うと…もしかしたら今参加者の中で最も普通?かもしれない、サモサとサラダ。

でもパクチー祭りというのだから、そこんとこはこっそりととことん意識を持ってのアーレンジ。

まずサモサだがそのソースにおいて、多くの場合、特にイベントではケチャップかせいぜいそこに辛いもんをちびっと入れたもの出すものだ。もちろんグリーンチャトニがあったとしても、それはミントや輸入物だったり。

いや、それはそれでバッチリ美味しいわけであるが、早い話がコリアンダーチャトニ(パクチーソース)はコストも高けりゃ仕入れも不安定で、おまけに日持ちしないといった、日本ではなかなか商業ベースに乗せにくいものなのである。

というわけで色々策を講じた。

まず、直前日にフレッシュコリアンダーをどう入手するのか?これはフレッシュ命なので頼りないヘナヘナではもったいない。かといって1キロの元気なコリアンダーはないわけじゃないだろうけど、店をやってないとそのルートにありつきにくい。

そこで大阪のパクチー専門レストランGoGoパクチーに相談してみると、なんと在庫をわけていただけるというのでラッキーだった!

オーナーシェフたぶち氏と久々の再会。お忙しいのにパクチー談義で山盛り開花。心身共に香りが滲みたところで家に帰り一気に仕込みへ。

そしてコリアンダーチャトニを通常の倍量、器に入れて準備万端。サラダについても前夜に仕込んで、当日の早朝に器にセット。こちらも鮮度が命なのでへなちょこコリアンダーではもったいない。

今回のサラダは自家栽培と常食の都ヨナグニ風である。鰹節とポン酢、ダシ代わりのツナが決め手だ。これさえあれば与那国島民の如し丼でパクパクいける。なのでそんじょそこいらのデパートに出しても恥ずかしくないくらいの爽やかグリーン感と量である。

こうしてガッツリと球を込めて、車に乗って三重県へ。

台風と聞いていたが、雨にはあわないし、ちょっと風が強い程度でどうってことないズラ^ ^

が、僕が会場に着いたのは10時過ぎ。多くはすでに準備万端で、お客の姿もちらほらと。

で、必死のパッチで準備していたら、昔の常連客は来てくれちゃうし、キラキラ笑顔で目の前に座ってくれる女性はいるし、最近は80オーバーの超熟シニアまみれでしんなり状態だった僕はもう最高峰の絶好調になってしまって。

何を話しているのか何をやっているのか、挙げ句の果てに何を売ろうとしていたのか、おまけにいくらだったかも思う暇さえないというか、まー頭の中がヘラヘラ一色の空っぽカラカラ。

どうやらお客さんたちも3時までってので急いで来ている模様。が、それにしてもこの賑やかさはスゴイ!

気がつけば、催眠術にかけられたように、スパイスの薬効や使い方を延々と話し続けていて、完全にもう一人の自分が僕を占拠してしまった。

だって、いろんな人がこれでもか!ってくらいグイグイと聞きたいこと聞いてくるものだから。そんなの料理教室でも話すことあらへんレベル。

で、これが不思議なことに、喉は強い方じゃないのに、スパイスの話になると声が枯れることはないから困る。こんだけ質問にこたえて自分一個も買わへんかったら怒るでしかし。

と思ったら、目の前のスパイスをごっそりと買ってくれたり。

でもね、今回の商品はサモサとサラダだけが僕の売り上げで、本やスパイスキット、スパイス各種はどれも他社の委託品。言わば僕はアンテナなのである。

夕刻、どうやら後片付けも僕がビリだった模様。岡田佳織さんや他の面々と外に出たら、なんとなんと虹がばこーっでてるやないの。

こんなに色の濃い鮮明な虹を見るのは初めてだ。さらにぼーっと見ていたら、信じ難いことに今度は虹が3つになった。ほんまかいな⁈

これこそほんまの三重の虹やんか。

それにしてもこの天候の中、決して便利な場所じゃなく、広大な会場でもないのに、あれだけの大勢の人がやってくるのには驚いた。

そりゃどこかの広場でやる巨大イベントとは桁が違う。しかし、その人口密度の高さ、屈託のない笑顔の率は限りなく10割に近い。

また、そこには写真や情報に忙しい人や、我こそは的なオラオラ人種も皆無。地位も名声も徒党も不要。実に安心感があって居心地がいいのである。

その空気感と集まる人々の質に、ただただ岡田佳織さんの人柄がうかがえるのであった。

有難い一日だった。

さて、夢から覚めて現実に戻る。
おいおい、病院についてもう3時間半になるのに、まだ検査しかしてないぞ!診察はまだかいな。

1時を過ぎて腹が鳴く。これが終わっても、次は買い物、その後家へ送ってご飯の支度と掃除。そして今日も方程式のない認知症。

三重の虹を胸に。

2017.10.17

イベントを終えて

高槻 食の文化祭、無事に終了。たくさんの方々にお越しいただき、誠にありがとうございました!❗️

お会いできてとても楽しかったです。

おまけに隣のネイル屋さんからお茶とサンドイッチいただき倍嬉しい。

今朝起きた時に、あれれ風邪を引いたか、と思ったら、昨日喋りまくりで喉が痛かったようです。

が、2日目は雨天であいにくのディスコンテニュー。
というわけで、片付けてから、コラボのオーガニックファームhara君と喫茶店で今度はひたすら唐辛子談義。実は辛みに弱い二人ですが話は熱く盛り上がりました。

打上げはなんとかして行きたかったけど、カミさんが体調壊していて断念。 でも僕は昨日の1日でじゅうぶん元気をいただきましたから心は晴れやかざんすよ。
明日からまた頑張ります!

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