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カテゴリー「プライベート」の記事

どうでもいい話、寄り道したいときにおいでやす

2017.10.17

イベントを終えて

高槻 食の文化祭、無事に終了。たくさんの方々にお越しいただき、誠にありがとうございました!❗️

お会いできてとても楽しかったです。

おまけに隣のネイル屋さんからお茶とサンドイッチいただき倍嬉しい。

今朝起きた時に、あれれ風邪を引いたか、と思ったら、昨日喋りまくりで喉が痛かったようです。

が、2日目は雨天であいにくのディスコンテニュー。
というわけで、片付けてから、コラボのオーガニックファームhara君と喫茶店で今度はひたすら唐辛子談義。実は辛みに弱い二人ですが話は熱く盛り上がりました。

打上げはなんとかして行きたかったけど、カミさんが体調壊していて断念。 でも僕は昨日の1日でじゅうぶん元気をいただきましたから心は晴れやかざんすよ。
明日からまた頑張ります!

2017.10.13

14-15いよいよ高槻イベント

大阪の音楽と食のイベントの草分け的存在「高槻ジャズと食の文化祭」。

今回の僕は企業ブースにて物販のみの参加である。

販売メニューは次の通り。

スパジャー本誌、拙著『絶対おいしいスパイスレシピ』、木楽舎製スパイスキット、
インド人スパイス問屋やインドのデザイナーたちと作ったNEWスパイスキット
(めっちゃ打合せしたのにやっぱり最初と最後が違う!)、同問屋のインド直輸入スパイス約20種の販売(意外にも日本に来ているスパイスはインド産のものはそれほど多くない)、同市内で最近頑張っている若手オーガニックファームharaの世界一辛いスパイスと干ししいたけ、三重県松阪市で僕がやっていた『THALI』オリジナルの1998年ブレンドのガラムマサラ、などなど盛りだくさん。

さらに、90年代~やリ続けてきた、オーダースパイスブレンドも久々に。
これは、その場でお客の要望や相談に乗りながらカレー粉を作る作業で、実に面倒くさいのだが、店時代、お客からあまりに頼まれるもので嫌々やっていた(笑)

このように僕の企画はすべて、客とのかかわり(現場)から生れたものばかりであるのが特徴だ。

初日はファーマー末延君が、2日目はインド人君が手伝いに来る予定だが、いかんせんインド人はスペシャルテキトーなのでどうなることやら。

とにもかくにも、明日は久しぶりに若い人と会えるなー!遠足前みたいな気分でこりゃ寝不足になりそう。

2017.10.01

今日は親父の38回目の命日

まー38年なんて長〜い時間がたって偲ぶこともないわけだけど、今日は親父の命日だ。

わざわざブログに書こうと思ったのは、もうおふくろは親父の名前も忘れてしまったからだ。

自分に旦那がいたことも覚えてない。頭の中は、自分の父親が早くに他界したと掛け違えのイメージ。

これを知ったのは先々週のことだった。静岡に住むおふくろの一番上のお姉さんとの会話の中で発見したことである。

今年ついにおふくろは親父のことを消し去ったのだ。

複雑な気持ちにもなったけど、おふくろのことを思うと、これでいいのだと思った。

つらいことはもう全部忘れてしまえ。

そしていい思い出だけなんとか残しておいてもらいたいと。

毎年お盆に行っているお墓は、親父の墓じゃなく我が家の代々の墓と思い込んでいるようだ。

だから自分の旧姓も忘れることが増えた。

こうやって自分のこと、そして家族のこともいつか忘れてしまうことが多いらしい。

それぞれの時間を噛み締めながら進んでいこう。

2017.09.16

10月はイベントですよ!

気が付けば9月も中旬になっている!

最近の僕はおふくろのサポートに奔走しまくりだ。

ごはんの支度や買い物、掃除、生ゴミ出し、いろんな病院へ連れていき、医師から話を詳しく聞いては、また次の予約を入れたり。

おふくろは歩くときは、家の中では歩行器を使う。ほか、階段、玄関、台所に杖を置き、外出時はカートと杖の二刀流となる。しばしば車椅子も使う。

一歩が約10センチ。少しずつ進むので時間はかかるが、完全に歩けない人に比べるとまだ幸せなほうだ。

僕もようやく慣れてきて、要領というかリズムみたいなものが身体で分かってきたところである。

特に問題があるとすれば、会話がじょじょに崩壊しだしていること。これは説明しづらい。

会話のほとんどは質問攻めである。今日はいつなのか?何時にどこへ行くのか?食事して一時間後に食事はまだか?とか。

この質問ありきはなかなか疲れる。そこで僕が生み出した策が、食卓に曜日と日時が移るデジタル時計を置くことと、一定のカレンダーに書き込ませることだった。

といってもそんな簡単なことではない。まず、書くこと自体を忘れるからだ。電話で予定を確認してきて、今すぐ書くように、なんていったって駄目である。電話を切った瞬間にすべてを忘れているから。

ならば、電話中に書かせればいいではないかとなるが、それが二つ以上あるとどちらか一つしか書けない。

これは薬の服用も同じことで、主治医に相談したら、一日1回に変えていきましょう、となった。が、そういうと今度は同じ薬を1日2回飲むようになってしまった。

結局、できる限りおふくろと食事を共にすることと、それができないときは食事時にいちいち電話するようになった。

もちろんケアマネージャーにも相談しながら。そして幸いなことにお節介の友人もいるようで、その方の存在もとても助かっている。このように、なんとかクリアできている。

この上で、大腿骨の手術以来、杖をつきながら歩くのがやっとのカミさんの送り迎えや、できる限り家の食事の用意もしたりしている。

あんまりこんなことばかり書くと周りを暗い気分にしてしまいそうなので、めったと口外することはない。

が、今回は思い切って本当のことを書いてみた。

このような状況であるけど僕はいたって元気である。節目節目で悲観することもあるが、基本的には以上のような生活リズムで忙しいからあまり考える暇がないのと、これはこれで自分にとっては新たな経験ばかりで、きっと何かの役に立つと信じて生きている。

それに、今まで忙しくてなかなか参加できなかったイベントにも、積極的に参加したいと意欲が高くなってきている。カミさんに相談したら承諾を得ることができた。

10月14・15日は『高槻食の文化祭&高槻ジャズライブ』に。インドのデザイナーによるパッケージと、インド人インポーターによるインド産スパイスのコラボを予定。さらに高槻のオーガニックファーマーが作る世界一辛いレッドペパー「キャロライナリーパ」もコラボ販売することになった。

また10月29日は三重県亀山市の『月の庭』にて、パクチー祭りに参加予定。パクチー料理かパクチー商品を仕込んで、さらにここでもまたインドコラボのスパイスの販売もしようかと考えているぞなもし。

双方とも、そりゃ売れたら助かるけど、断然楽しみが優先である。目下、先述のような生活なので、まったく別の世界の人間と会えると考えるだけでワクワクがとまらない。

もうとにかく楽しみで仕方がない。損得関係なく、このような機会に誘ってくれる人がいること、共に楽しんでくれようとする人がいることが、何よりも幸せだと思う。

というわけで、みなさんとお会いできたらめちゃうれしい。久しぶりの方も、初めての方も、双方ともローカルだけど、ぜひ遊びに来てくださいな!

前者は昔ながらのとことん庶民のための祭りで数万人規模と思われる。後者はいちはやく雑穀や野菜に着目してきた高名な料理研究家(岡田佳織さん)の呼びかけによるワンテーマ祭りで、参加者の縁者が中心なのかな。

それぞれ違った個性が楽しめると思う。いずれも僕は『スパイスジャーナル(Spice Journal)」の幟をあげてまってるからね~!

2017.08.30

久しぶりにイベント!14・15 高槻へ

久しぶりにイベントに参加することになった!

スパジャー創刊と同じ年に始まったイベントで何かとご縁があるんだな、これが。確か、初年と二年目(3年目はどうだったっけ?)に参加させてもらった。

ただ、今回は料理ではなく、スパイスショップ&ブック紹介(販売)として出ることに。

これは、高槻の店、あるいは高槻にゆかりのある店?など、とにかく現場ありきのちゃんとした店たちのお祭。

でも、そこにスパイス料理研究家「カワムラケンジ」として、またブック「スパイスジャーナル」として迎えてくれて、めっちゃ嬉しい。

今回は『Spice Journal』の幟をあげて、みなさんをお迎えしたいと思っている。今までのダンボールに手書きのんちゃうよ。ほんまの幟やで!真っ赤な下地にいつものロゴマークね!

商品の内容は次のとおり。

●スパイス各種(たぶん7~8種)

●本邦初公開・初販売のオリジナルスパイスキット各種

(デザイン:インドのガジ氏、スパイス:インポーター『ヴィスワス』、レシピ:カワムラケンジ)

●オリジナルブレンドスパイス各種(1998年レシピのガラムマサラ)

●インドMDH社製ブレンドスパイス各種(たぶん)

●インドMTR社製レトルトカレー(たぶん4種)

●本=スパイスジャーナル各号、絶対おいしいスパイスレシピ(木楽舎)

*もしかしたら木楽舎製のカワムラケンジ監修スパイスキットも販売するかも。

また、久しぶりに、アドリブ調合スパイスキットもやるかも。

これは1990年代から店やどこかの料理イベント、教室などでよくやっていたもので、お客さんの要望を聞きながら、その場でスパイスをブレンドしたりするものだ。

ま、今の時代は、自分でスパイスを調合する人も多くいるだろうから不要かもしれないけど。14(土)に様子を見てから、15(日)にどうするかを決めるというやり方をするかも。

もし、タイミングが合わなかったらごめんやす。

今回は、インドのスパイス商社も協力してくれるとのことで、少量でもリーズナブルな価格で販売できると思う。

もちろん業務用の交渉もつなぐので、飲食業者の方はお気軽に声をかけてくださいな。

今回のイベントの最たる魅力は、庶民の町で庶民による庶民のためのイベントであるということ。

おじいちゃんもおばあちゃんも、ちっちゃな子供も、細かいことはどうでもいいおねえさんも、もちろんこだわり一杯のお兄さんやおっちゃんも、不特定多数の老若男女が集えるところがいいのだ。

だから、どんな玉が飛んでくるかはまったく読めない。同じ趣味の人だけが集う、身内的イベントとは違い、まさにストリートファイター状態なのである。

恒例のライブも同時開催するようである。彼らは長い間、10万人以上を動員する高槻ジャズストリートをやってきている面々だから、きっと最高にハッピーなステージを組んでくれることだろう。

今年はプロレスもやるのかな?ま、詳しいことはまたサイトを見てください。

とにかく、今言えるのはここまで!みんな、高槻へおいでやす!!

2017.08.24

スパジャーのデザイン的コンセプト

さっきパソコンの中を探しものしていたら、懐かしいものと再会した。

我がスパイス専門ミニマガジン『スパイスジャーナル』の、いくつもの表1デザインである。

表1とは表紙のこと。雑誌(書籍も?)は顔で決まる、と編集業界ではよく言われることで、いい顔をしてなければ手にとってもらえないというわけだ。

本が売れるのは、まず存在を知ってもらうことが何より大事で、その次は手に取ってもらうことが大事、云々。

要するに、極端な話、中身よりも何よりも表1が命というわけだ。

で、この命を共に創ってくれたのが、デザイナーN君であった。創刊時、スパイスなんてニッチ過ぎて誰も興味をもってくれないよ、と周囲から言われまくっていた時代に、おっしゃ俺もスパイス世界に一票や!という心意気をもったナイスガイ。

本のコンセプトやテーマ、その後、万が一継続していけた場合(継続は殆ど不可能と思っていた)のコンテンツや構成案などといった編集的な部分をまずしっかりと受け取ってくれた上で、ならこういう感じでどうだと、サンプルをあれこれと構築してくれたのである。

デザインであれ編集であれライティングであれ、この世界には、造りマニアみたいな性格の人が数多くいて、そういう人は総じて人に頭を下げられない唯我独尊、スーパーインテリタイプであることが多い。

その手のタイプは、いかにして自分が凄いか、あるいは相手を納得させるか、などという、つまり説得力を高めるための画策ばかりをしている。

本物のクリエイターとはそんな口八丁手八丁ではなく、依頼主やリーダーの欲しいものをどこまで汲み取れることができるのか、というコミュニケーション能力が最重要なスキルだ。

デザイナーN君は、技術的かつ経験的な部分だけでもそんじょそこいらのデザイナーとは次元が違うのに、多忙な中、何度も何度も僕の話に耳を傾け続けてくれた。

こういう技を誠意というのだろう。

さて、本そのもののコンセプトは、何度も何度も熟考を重ねてきて、もうこれ以上やることはないだろうと思っていたのだが、各段階でしっかりと造りこんでいくと、やっぱり後からまた磨き直しが出てくるものである。

本そのもののコンセプトは以下の通りである。

●内容、付録、体裁、パッケージ、セールスなどすべて、誰もやっていないこと(すでにあったかもしれないが、少なくとも当時の僕らが知る範囲で)をやる。

●どこにも属さない。群れない。一定の人や店、企業等に執着しない。要するにエンロール方式(人を巻き込み多勢化で攻めるやり方)をとらない。

●全コンテンツがスパイスと直接的、間接的、イズム的に深いかかわりがあること。

●スパイスは主役ではなく鍵である。軸は食文化、旅、人間社会、クッキング、身体。

●静ではなく動を誘う。本を読んで納得する時代は終わった。これを見て、自分もやりたい!となってもらえる本作りに徹すること。

●食文化、クッキングについてはインドに固執せず、幅広く見ていく。国境を意識しない本作り。

●誰の後追いや真似も盗用もしない。カワムラの体験から得た技や人の魅力、疑問をテーマとする。仕掛けツールではなく、とことん現場目線(それこそがキッチンに立つ人の目線と思ったから)であること。

●他者(店や企業も含む)の誹謗中傷やネガティブキャンペーンはもちろん、結果的に、間接的に、誰かを侮辱するような言葉や企画は避ける。(100%は無理までも、ベテランクリエイターが数名組むことで、仮に発行日が遅れようとも全員での校正に務めた。だから毎号スタッフ間での熱いバトルがあった)

とまぁこんな感じであった。そしてグラフィックデザインを考えていく中で、どうなっていったかというと、以下のような感じである。(ちょっと専門的過ぎるかもしれないがそのまま記す)

●スパイスのオタク本ではないといえども、判型がA5サイズとあまりにも小さいので(当時はこの手のサイズの本は殆どなかったしデザイン泣かせでもありタブーとさえ言われていた)、メッセージをわかりやすくするために、やっぱりスパイスを主役とする。

●毎号テーマとなるスパイスを選び出し、それを顔とする。

●スパイスは実際のサイズよりも大きく映す。

●英語バイリンガルを優先して、横組みの左綴じとする。

●動の本なので、上品な見返しは不要。表2に挨拶文を入れ、対向にコンテンツを見せ、その次ページからすぐに本編を始める。

●季節感を出さない、頼らない、考えない。なぜならスパイスがそうだから。

●毎号テーマとなるスパイスの簡単な説明を表2またはコンテンツページに入れる。

●発行していくほど、表紙を並べてみたくなるような統一性を意識する。実はアエラをモデルとした!(06号のみコラージュに) 夢はでっかい。

●コンテンツには人情ストーリーが存在するが、表紙は基本的に人情を入れない。

もっと色々とコンセプトを立てていたはずだが、今ぱっと思い出すだけでもこれだけある。

我ながら、判型は小さいが、中身はぎっしりと詰まっていたのではないかと自負している。

もちろん過ぎてみれば、未熟なところもちょいちょいと見えてくる。が、それは万事がそう。

1最後まで悩んだ表1デザイン候補

少なくとも、当時は前代未聞といわれたスパイスというニッチなものに注目すること、またそれをテーマとした本を作ること、さらに出版社ではなく自分たちが手作りする、ということを実際に挑戦したことがとても意義のあることだったなとつくづく思う。この感覚は、なかなか言葉では表現し難いものである。

ま、本当の壁は本が完成してからやってきたわけだが。それも無限に。

何が言いたいかというと、実践と行動は結果がどうであれ素晴らしい経験ができるということだ。

後追い(物真似やパクリ、捏造、他力本願、追随走行など)ではなく、周囲の誰もが反対しても自分がこう思うというものがあったら、ぜひトライすることを勧める!勝利や数以外の何かが手に入る

2017.08.09

震災前のカトマンドゥの写真集を更新

前にネパールの友人と共にカトマンドゥを旅した際の写真集を再整理。

どかーんと写真を増量したので見ておくんなまし。クリックすると画面が大きくなりまする。

カトマンドゥの旅には何かと特別な思いがある。

僕が帰国してから1週間後に大震災があったこともそうだ。

あの時、すぐに友人に連絡を取ると、無事で何よりだったが、旧市街の建物がかなり倒壊してしまったようだった。

我々が歩き倒した、タメルという最も栄えている地区から少し南にいった旧市街はなかなか酷かったらしい。

路地を練り歩き、迫り出した古い建物を見上げながら二人で言っていたのである。

もし、地震なんかあると、これ全部ぶっ潰れちゃうぞ~、と。

すると、本当にそうなっちゃった。

このあたりには、世界遺産の古い宗教施設が多くあり、中でも地域庶民に最も愛されているヒンディー系のセト・マチェンドラナート寺院は思いで深い。

境内にたくさんの物乞いがいて、肌の黄色い僕を見つけるやいなや、だーっと近寄ってきて、銭か食べ物をくれ。友に聞くと、どうやら彼らは本物の物乞いらしく、寺院に供えられる食べ物をあてにして日々集まっているのだという。

確かに、あちこちに置かれているお金には手を出さない。職業乞食ならあっという間だろう。

ということで僕は、ある老人男性にギャラ3ルピーと持っていたミント系の飴で色々写真を撮らせてもらうことにした。
牛の石像をバックに、手を合わせて祈る人々をバックに、その辺にぼてっとしゃがみこむ様とか。そこには、絶望と脱力に染まりきった覚めた目と、俄かでは生れない、野良人ならではの荒れた肌や乾いてもつれた髪の毛が地面に垂れていた。

たぶんこの旅で最高のカットが撮れたに違いない。そう確信していた。

しかし、帰国後、信じがたいことが起こる。ブログでも書いたが、わが家のアホ犬クロが、その3ルピーのスーパーショットの入ったSDカードをくっしゃくしゃに噛み潰してしまったのである。

現代は、データ復旧屋さんというものがあり、腕に自信のありそうなところ何ヶ所かに送ってみるものの、どこも破損が酷くて復旧は不可能という。これはトライするだけでお金を取られるのだが、結局5万円ほどかかった。もう10万円払うと、もっとトライできる、でも復旧の保証はないという、なんだか嘘みたいな誘い文句で誘惑してくる業者もいたが、さすがに総額15万円はちょっと。

それだけ払うならもう一度行ったほうが安い、ということで諦めたのだった。

するとその3日後にあの地震が起こった。

あの寺院はどうなった?他にも巡ったあちこちの寺院は?友に聞くと詳しいことはわからない。でも、かなりやられているはずだと。

あれ以来、ずっと心の奥底に、カトマンドゥの幻がへばりついたままである。

posted by (C)THALI

2017.07.30

「働く意欲」はどこからくるのか?

先日、めちゃんこおいしい餃子屋(餃子バー?)のご夫婦からある話を聞いて驚いた。

それは「今の子はもう働く意欲そのものがない。うちにバイトに来てる若い子たちはみんな良い子ばかりだけど、こちらからお願いしてきてもらわなきゃいけない立場。まぁ働く理由がないから仕方がないよね」というのだ。

僕を連れて行ってくれた人も飲食店経営者で、大きく相槌をうっている。

「うちは店が何軒もあるから、毎月シフトを組むのが一苦労。ええ子もいるけどそうでない子も隠れていたりするから困る。面接のときはええ感じやってんけど、いざとなったらぜんぜん仕事でけへんとか」

餃子屋のご夫妻の言う「今の子」というのは具体的には大学生らしい。こちらの店では忙しい日だけバイトを雇い、しばしば中国人も雇用するとか。

日本にやってくる中国人といえば、少なくとも僕が知る飲食業界では、その多くが勤勉でよく働くイメージがあるが。

「いやいや、それは昔のことで、この10年で落ちてきたね。だんだん日本人に近づいてる。僕らは一人一人のお客に来てもらってなんぼの小さな餃子屋やから、情熱がないと仕事にならんねん」

決して、蔑んでいるわけではない。つまり「人はアテにできない」という話である。そう、最近あちこちで耳にする「後継者問題」へと話は流れていく。

こちらのお店は開業してから今年で17年目になるという。一時は右腕を育てようとしたこともあったようだが、やはりうまくいかなかった。

蕎麦屋や寿司屋ほどではないが、中華界もかつては厳しい世界だった。が、今はちょっと小技を盗んだらすぐに辞めて独立してしまう(できてしまう?)のが普通みたいで。中には大樹に寄らばと、どこかの企業に転職したり。

この手の話はあちこちで耳にするが、やはり安泰安定を求める人が多いのだなぁ。

みなさんが将来の不安について話し合っている間、僕の頭の中ではずっと「働く意欲がない」と言う言葉が駆け巡っていた。

「働く意欲がない」という言語自体が斬新過ぎるのである。想像もつかない言い回し方だと。

餃子屋の奥さんは話していた。

「今はお金も家もあるからなんの危機感もない。親がもってるのよ。現金でなくとも、土地や資産という形で。だから働く理由がないのよ。その分、趣味が贅沢なわけ。美容室や服、コンサート、食べ歩き、なんだってできる」

ふむ、あちこちの飲食店で同じような話をよく聞かされる。特にこちらのような、世間では有名な店で(食べログの点数もなかなか高いらしい)。

後継者がいない上に、身体を壊したり、思わぬ事故に遭ったりして、閉業を余儀なくされる店も少なくはない。

ましてや、こちらのように支店を出すことなく、ご夫婦の二人三脚で、こだわりの味を貫いている店は年々減少の一途だ。グルメ雑誌が最も尊ぶパターンの店である。

僕もずっと目指していた形だけに、とても他人事とは思えない。

ただ、それにしても「働く意欲」という言葉は凄すぎる。これは言い返せば「なぜ働くのか?」ということである。

今まで目立つことのなかった素直な疑問符だ。

よく考えてみれば、僕らの世代も多くが働く必要性ってそこまであったのか、と思うほど豊かな家の人が多かったように思う。

周囲のほとんどは何の疑いもなく大学を受験し、安定した企業に就職することを目標として生きていたように見える。仮に企業就職せずとも、家が土地を持っていて、そこに自分の店を建てるとか、家業を継ぐとか、そういう人もいたようだが。

僕などは中学と同時に、人のことを羨むことも卒業。高校時代は、いかにして生きていくか、と自分主体でしか考えていなかったので、周囲がどうなのかと考える発想もなかった。

でも、それは人生を諦めているわけではなく、その、いかにして生きていくかという中に、自分の好みをどこまで重ね合わせられるかということがポイントであった。

また「好み」はどんどん進化していくから忙しい。

「好み」とはそもそもが我ままに似ている。いわば自分主義だ。ということは、遅かれ早かれ必ず挫折がやってくる。

で、挫折を何度か繰り返すとやがて絶望の境地に至る。絶望は時によって、また回数が多かったりすると、様々な不信を招く。精神病なんて普通にかかる。

だが、そこを何度でもブレークスルーしていくと、いつしか「好み」は「得意なこと」へと進化する瞬間がある。

そうだ、「得意なこと」と出会うために必要なのは、自分勝手を卒業することなのだ。言い換えれば、人のために役立てることができる、ということ。

ブレークスルーとは、とても痛みが伴うもの。普通に心が壊れる。でも、ぶっ壊れ度数が高いほど、立て直せるチャンスも増える。それはつまり、新たな考えを構築できるわけでもある。だから痛みの伴っていない成長なんてありえないわけで。

自分を振り返ってみると、僕の「働く意欲」の中身は、金を稼ぐことは当然で、この「学び」や「成長」があるからなのだと思った。

「学び」とは「成長」の準備である。

「働く」というのは凄いことで、例えば飲食業で言うならば、こちらは客を選べない。誰が来て、どんな注文をして、どんな態度で、どんな過ごし方をするかなんてさっぱりわからない。

同じ趣味でつながるなど似たような者としかコミュニケーションしないのとは正反対の世界である。初めての人と、無条件で、目を合わせてやりとりをするのである。

ましてやカウンター商売だったら、その人が過ごす間、ずっと正面で立ち続けるわけだ。先述のようにお絞りで鼻をかむ人もいれば、すぐに常連客ぶる人もいるし、メニューにないものをオーダーしたがる人も昔から数多い。大阪なら他の客を邪魔するかのように、大声で話してくる人も山ほどいる。

僕は裏町の下町育ちだから、泥酔している者、荒くれ者、流れ着いてきた者、ネガティブ中毒者、不倫中毒者、ばくち打ち、どう見てもヤク中、カタギじゃない者など、そういうダーティな人たちが周囲にたくさんいた。

働いてきた食堂や飲み屋などが僕にとっては教室みたいなもので、まぁたいがいのヤバイ世界や本物の筋?筋違い?の人たちを見て育った。本当に危ないモノ・人は都心よりも、少し離れた場所をうろつくものである。

でも、こうして人のゴミをもらうことで、少しずつ強くなっていくこともできた。そのしんどさを知れば知るほど、人は何とかして這い上がろうとするものである。

おいしいトマトは苛めなければ育たない(あえて厳しい環境におくことで自らが成長しようとしていいトマトが成るという話)、というがそれと同じように。

じゃあ成長して何かいいことがあるのか、と問われれば、それは大有りだ。一言で言うと、幸せになれるのである。

幸せとは形や目に見えるものではなく、感じるものである。これが意外にも、50歳60歳を越している大人でもわかってない人が多い。

そういう人の特徴は、次から次へとあらゆるものを身につけていかないと生きていけないことである。モノや人、最近では情報とか、自己承認欲求とやらの「いいね」とかも同じ類だろう。

人脈や技を、アクセサリーや武器のように扱ってしまうのだ。

でも、自らが成長すると、自分以外のものに依存する必要が減っていく。それを誘うのが成長というやつである。これらはどれも目には見えない、計れないものばかり。

このように、ちゃんと自分がほしいものを心に決めた上で、しっかりと働くということは、もうめっちゃくちゃいいことだらけである。それさえあれば自分が何者などと考える必要もない。

ふむ、働く意欲は、お金はもちろん、学び、成長、そして幸せになりたいという欲求から生れてくるのだ。だから紆余曲折して当たり前だし、それは旅と同じで終りがない。

若者よ、躊躇せず、がんがん働こうぜ!俺も頑張るし~

2017.07.18

81歳おふくろのスパイス日誌


おふくろが認知症になってどれくらい経ったか思い出せない。あれれ、僕もうつったか?カミさんにニンチキショウというあだ名をつけたのが10年前。僕までボケるとうちの家族はもう終わりである。

ところで、おふくろが僕のスパイス料理なら食べられると、ボケたなりでもそう言ってくれるのがけっこう嬉しい。

おふくろは片道一時間ほどのところに住んでいる。料理のみならず、家事の際はそのつど通っている。

三ヶ月に一回、一ヶ月に一回、二週間に一回とだんだん増えて、今では一週間に多ければ三回行く。

なかなかたいへんになってきたので、最近は色々と頭を凝らして、我が家で寝泊まりさせるパターンも出てきた。

こうすると僕は何かと活動しやすい。

だって、おふくろの家では毎回残り物がお題目となって、アドリブ料理の連続だから。

得意とかそういう次元ではなく、これはなかなかしんどいものである。

でも自分の家なら、勝手が違ってくる。なにせ素材が多いのだから。

以前はいろんなジャンルをやっていたが、我が家ならますますインド系が増える。

そんな中で今のおふくろが最も好むのがダルだ。

これもまた今まで幾度となくやってきたものだが、一つの公約数みたいなものが見えてきた。

それは豆はクセの少ないムングかマスールであること。水分は多めであること。スパイスはとにかくシンプルで控えめであること。なんでもかんでも足さないこと。

今まで本当に色々な料理をしてきたけど、これが一番飽きがこないし、入れ歯を忘れても平気だし、胃はもたれないし(おふくろは背骨がエスの字型に折れていて、小さくなってしまっているので胃が圧迫されている)、程よい塩気とポタージュ感で食べ応えもある。

スパイス使いについては、僕の勝手な願いで、ターメリックのみか、それを中心とした三種程度。

スパジャーで人気だった近大薬学博士が、ターメリックは認知症に効果のある可能性も否めないといってくれたからである。むろん、それは予防段階での話だし、認知症の治癒薬なんぞ世界のどこにもない。だからこのレシピは祈りが調味料。

でも、実はこのシンプルなダルについては、僕も一番好きな料理である。

仕事柄もあって、まぁ大概のものは食べてきたし、飲食道30余年の間で総数3000をゆうに超える創作レシピがあるけど、その中で感じていることである。

ダルはそのままでもいいし、インドの薄焼きパンであるチャパティと食べるとなおうまい。

おふくろの家の冷凍庫には、常にチャパティを5、6枚入れてある。まぁ僕自身がしょっちゅう作るからだが。

もちろん米とも合うが、意外なところで食パンともよく合うのだ。さらにもっと言えばパンのヘタ(ミミ)が最高である。

ちょっとコシの強いパンならなお。

昨日はパンのヘタと合わせた。おふくろは歯が弱いので、ヘタをちぎってダルに染み込ませてから食べてもらった。

すると普段は時間も居場所もわからないおふくろが、この食感いいね、とか、辛くなくて豆の旨味があるのがいい、とか、生のショウガがきいてるね、とか、ちゃんとその場にアクセスが出来て、まるで常人のようにすらすらと話だすのである。

目下、僕にとっては、大物を釣ることと、このおふくろのナウアクセスが最大の生き甲斐である。

認知症の中でも、食は最後に残る認識とされているが、それにしてもおふくろは自分で言うのもなんだが、さすが僕の母親で、美味しいものにはピーンと来るようで。

あとどれくらい、おふくろのために料理ができるかな。




写真はマスールダルと大根の煮物。そしてパンのミミ!

2017.07.14

夏の神戸港が格好いい

また釣りの話だと思わないでくださいな。

そりゃ僕はそっちばっかりだけど、いやはや、もったいないやら、めちゃええ感じやら、僕ならここを選ぶなぁ的な話である。

神戸港ってみなさんご存知だろうか?

ってそんなもん知ってるわい。だね。

違います。もしも僕が、夏の夜に女の人と歩くならここを歩くなって言う場所があるのだ。

それがポートアイランド北公園である。

ここ、実は関西の釣り好きの間では知らぬ者はいない、と言われるほどのメインポイントなのだ。

本土とポートアイランドの間がめちゃ近くて、つまり潮の流れが早いので、まーいろんな魚と出くわす可能性が高いというわけだ。

魚は映画ニモでもわかるように、潮の流れと共に活動する生き物だから。

普通なら沖にいるツバスやサワラなんかもしばしば上がっている模様(ふん、僕は釣ったことないけどね)。

ツバスってブリの出世名の関西弁。大きくなるとハマチ、メジロ、ブリ呼び名が変わる。

ちなみに東京では、ワカシ、イナダ、ワラサ、ブリとなって、少なくとも築地市場の古い仲買たちは、ハマチというと養殖魚のことを指す。おそらく元は蔑視を含んだ隠語と思われる(関西人遺憾!)

黒潮に乗って回遊する太平洋の魚が、日々狭いとこでセコセコ生きている我々の住む都心のど真ん中を、オリャオリャオリャ〜!ってものすごいスピードで泳いでいることを想像するだけで、僕なんかはちびりそうになる。

とまぁ魚の話はおいといて、歩くならの件。

昨日は北摂は暑かった。豊中で35度超え。西宮や神戸も、大阪というより北摂(北大阪)と気候が近くて、やっぱり猛暑だったよう。

でもこの北公園には、めちゃくちゃ気持ちいい風が吹いていた。

風を楽しむのにベストな時間帯ってものがあって、それは夕方6時頃から8時頃と思われる。

むろん、楽しかったら夜が更けるまでいればいい。

またこの時間帯に潮が上っていくようだったら、潮の匂いも満喫できる。満潮に向かうほど海は海くさくなるのだ。

そしてこの場所の最大の魅力は、埋め立てポートアイランド側から、神戸と六甲山を見渡せることだ。

観光客でなくても、多くの人はおそらく本土側から海を眺めていると思う。

でも埋め立て側から見る景色もまた斬新で絶品である。だって手を伸ばせば届きそうなところに、街と自然とうまくいけば夕陽があるのだから。

左手にモザイクやメリケン広場が、中央に赤いブリッジとポートライナーが、そのすぐ両脇がフェリーターミナルで、右手には倉庫街の上を阪神高速がジェットコースターみたいな感じで映し出される。

北公園はひろーい!(と思うのは狭小中毒の大阪人だけかもしれないが)

赤いブリッジ下を中心に海に向かって赤い煉瓦が敷き詰められ、右へ向かうと200メートルほどの波止場がある。左手はもっと長い波止場になっていてぐるっと回りこむような形をしている。

端から端からまで歩くとおそらく30分はかかるだろう。いちゃいちゃしながらだと1時間なんてあっという間だ。

手前には、芝生やベンチ、噴水など整備されたエリアもある。弁当を持って昼間に来てもいいだろう。

で、アクセスなのだが、車の人は駐車場があるからそこに置くべし。

でも出来れば三ノ宮からポートライナーで行くのが面白いんじゃないかと思えてならない。

というのも昨夜も、この巨大な赤いブリッジを歩いている人ジョグしてる人自転車の人がけっこう多くいるのである。

マップで見ると、本土側すぐのところにポートターミナル駅があるのと、さらにポートアイランド側北公園より3、400メートル向こうに中公園駅というのがある。

この間約1キロあまり。ってことは歩いたってしれた距離だ。

帰路、夜10時過ぎ、北公園から2、300メートル行った先のコンビニに立ち寄ったところ、なぜか若い人たちがたくさんいた。

どうやら近くに大学があるらしい。みんな同じ方向へ歩いていくのを見ると、どうも中公園駅か、橋を越えておそらくポートターミナル駅まで行くのだと思われる。

この子らは毎日ロマンチックな通学路だなぁ。

北公園は、土日はさすがに人が多い模様。でも平日は意外にもって感じ。

大阪では考えられない、ゴミが少なく整備された公園と、カラフルで美しい景色、そして澄んだ空気の海岸(大阪はほとんど立ち入り禁止で色はグレイ一色のイメージ)。

潮風と神戸港の夜景を見ながら歩くと気持ちいいだろうな〜



ポートアイランド中公園駅へ向かうポトライナー



僕の竿が写り込んでるね




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